サンタクロースに執着されました

霧内杳@めがじょ

第1話

イブの前日、金曜日。

仕事帰り、私は駅前広場でやっているクリスマスマーケットに同僚と一緒に寄っていた。


「私も聖花みかも明日は彼氏とデートだしね。

ま、クリスマスイブイブってことで」


「そうですね」


立ち飲みテーブルで、ホットワインのカップを小さくあわせる。

彼女にも私にも、付き合っている彼氏がいた。


「しっかし聖花も、あんなヤツの仕事なんて引き受けなきゃいいのに」


「あー……」


同僚の苦言に、曖昧に笑って返す。

今日は年上女性社員から頼まれて、彼女の仕事を引き受けていた。

忙しいと言っていたわりに若い男性社員とのおしゃべりに花を咲かせていたし、自分がいいように利用されているのは知っている。

しかし、断れないのが私なのだ。


「……でも、夏目なつめ課長が手伝ってくれたので」


課長のおかげで、残業は三十分ほどで済んだ。

もう、感謝しかない。


「それより、彼氏とはどうなんですか?」


これ以上仕事の話はしたくなくて、話題を変える。


「なんかさー、初めてのクリスマスだからか

『僕に全部任せておいてください!』

って張り切ってるのが、微笑ましくって」


笑いながら同期がカップを口に運ぶ。

彼女が今の彼氏と付き合いはじめたのはほんの一ヶ月ほど前。

しかも三つ年下の、二十三歳となれば可愛いだろう。


「そっちはどうなのよ?」


「あー、どうなんでしょう?」


適当に笑ってカップの水面を見る。

私のほうは付き合ってもうすぐ二年になる。

最近は当初ほど可愛いだの好きだの言ってくれなくなったが、それは言わなくてもわかるほど私たちの信頼度が上がったからだと思っていた。


「なぁに、もう。

プロポーズの準備しているのでも見つけちゃった?」


「あ、いや。

それはない、かな?」


とぼけてみせながらワインを飲む。

イブは私の誕生日でもあるし、その日にプロポーズとか最高にロマンチックだよね、とほのめかしてはいた。

彼も私のアクセサリーの好みとかさりげなくリサーチしていたし、もしかするかも。


「ふーん。

サプライズするつもりなんじゃない?」


「だったらいいんですけどねー」


カップをテーブルに戻しながら、視界の隅によく見知った人がいた気がした。

改めてそちらを見ると、彼氏がいた。


――若い女性と、腕を絡ませて。


「ごめん」


「え、ちょっと、聖花!」


戸惑う同僚を無視して、つかつかとそちらへ向かう。


「……ねぇ。

これってどういうこと?」


私の声は恐ろしく低かったが、仕方ない。

私の姿を認めた途端、彼は顔色を失って棒立ちになった。


「あっ、えっと、これは」


意味をなさない言葉を発しながら、彼の目が忙しなく動く。


「そ、その。

彼女は会社の、後輩、で」


いまさら気づいたのか、彼は女性の腕を振りほどいた。


「えー、けんくん、なにするのー?」


不服そうに女性が頬を膨らませる。

化粧も薄く、控えめな私とは正反対の、いかにも可愛いを作っている派手目な女性。

そうか、彼は地味な私よりも彼女を選んだのか。


「ちょ、リサ、離せよ」


再び腕を絡ませてきた彼女を邪険に振り払うフリをしながら、彼の顔はまんざらでもない様子だった。


「そうね、きっと後輩なんだろうね」


「わかってくれたか!」


なにかを期待するように彼の顔がぱっと上がる。


「うん。

タダの後輩じゃないっていうのがね。

サヨウナラ」


にっこりと笑って言い渡し、勢いよく踵を返してその場を去った。


「聖花、待てよ!」


すぐに彼の声は背中から追ってきたが、彼自身は追ってきてくれない。

一緒にいた彼女が引き留める声も聞こえていたし、きっとあちらを選んだんだろう。


「……最悪」


駅構内を歩きながら、出てきた涙を気づかれないように拭う。

きっと今、ひとりだったら大泣きしていた。

人前なのが救いかもしれない。


ホームに出て、ちょうど来た電車に乗る。

なにも言わずに残してきた同僚には悪いことをしたので、謝ろうと携帯を出したら彼からいくつもメッセージが届いていた。


【本当に彼女はタダの後輩で、誤解だ】


【明日!

明日のデート、待ってるから。

聖花の好きなあの店、予約してあるんだ。

他にもいろいろ考えてるし。

な、これで機嫌直してくれ】


【じゃあ明日、待ってる】


一方的に彼の話は終わっていて、重いため息が出る。

タダの後輩は先輩に腕を絡ませたりしないのだ。

誤解もへったくれもない。

彼のメッセージは既読スルーして、同僚に謝罪の言葉を送る。

彼女も状況を把握していたみたいで、気にしないでいいと返ってきてありがたかった。

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