こんな世界になっても試験官は人力です。~幼女連れのプロ試験官の憂鬱~

卯月二一

第1話 美幼女大精霊降臨!

 2XXX年。急速に発展を遂げた人類文明。そんな科学文明を嘲笑うかのように突如世界に出現したダンジョンと異形の魔物たち、そして魔法という摩訶不思議な現象。世界は科学と魔法の融合した新たな文明をこれから築こうとしていた。そんな12月の早朝午前10時。


「ふあーっ」


 やっべ、つい欠伸がでちまった。【これだから脳の酷使は辛えんだよな……】。


 俺の前で問題用紙と解答用紙を前に必死に格闘する受験生たちの刺すような視線が俺に集中する。ああ、ごめんね、君たち……。俺は心の中で謝罪すると、キリッとしたお仕事用の顔に戻る。俺は試験官だ。試験の問題用紙を運んだり、時間を伝えたり、落とした筆記用具を拾ったり、まあ、いろいろしなきゃなんない人だ。ああ、終わったら採点の手伝いにも呼ばれてるんだったわ……。くっ、まだまだ先は長えぜ。


 ここは学校でも、塾でも予備校でもない。


 冒険者ギルドの大会議室だ。


 いま行われているのは、Bランク冒険者資格認定試験。俺の前に居並ぶのは、可愛らしい女子高生でも、いまだ厨二病を患う男子高校生でもない。大半が厳ついおっさん、まあ、女性もちらほらいたはずだ。


 ダンジョンで発生する魔物からは現代社会を支える貴重なエネルギー源となる魔石なんかがドロップする。ドロップってのも変な話だが現実的に魔物を倒したあとに落ちる。この魔石はダンジョンの下層に行けば行くほど高品質になり、今じゃかつて使われていた原子力発電なんて必要ないってことになっている。そのお陰で莫大な電力供給が可能となり、えらく電気を食う人工知能まわりの発展にも大きく貢献した。


 本来ならこんな前時代の紙と鉛筆を使ったペーパー試験なんてやっているのが、おかしな話なのである。


 実際のところふつうの人々、まあ、学生だが、学校なんかでの試験はVRデバイスを頭からすっぽり被って、仮想空間の中での完全監視の中試験が行われる。その生徒の能力に合わせた適切な問題が次々と出題されてその場で採点されていく。このあと俺に控えている採点作業なんてありはしないのである。それにもう誰かと競うような試験形式などは過去のもので、すべての生徒の成績、成長データは中央の『大学入試センター』に蓄積され続け、高校卒業と同時に国家の決めた大学や学部・学科に進むことになる。


 職業選択の自由ってものも昔はあったが、そんなものはない。皆、決められたルートをまっすぐに進めばいいだけである。教育はすべて国が運営し、大学まですべて無償。国の用意した教育カリキュラムに乗っかってさえすれば、皆が皆、大学まで進学できてしまうのである。これもすべて人工知能さまのお陰だ。ほとんどの国民は文句をいうことはない。


 ほとんどは。


 その例外が目の前のこいつらであり、俺でもある。


 簡単に言えば、冒険者ってのは約束された墓場までの完璧な幸せを捨てて、『自由』と『刺激』、そして『夢』を求めた生物としては大いに問題のある連中なのである。


 いまや一般的な国民の平均寿命は100歳を超えた。医学、生物学、その他いろいろな科学の発展のお陰で生物としての人間の寿命の限界まで伸ばそうとしている。それに引き換え『駆け出し』冒険者の多くが三年以内に半分が死ぬ。まあ、ハイリスク・ハイリターンってやつだ。リスクのほうは説明するまでもないだろうが、リターン。寿命におけるリターンはデカい。ダンジョンに籠もる限り老化することはない。それどころか若返ったりする。ダンジョンで稀に出現するアイテムって奴で不老不死まで手に入れた奴がいるっていう都市伝説があるくらいだ。


 まあ、駆け出しの死亡率が高いことは当然だが、問題は目の前のこいつらだ。Bクラスの筆記試験は、実技試験でBクラス相当と認められた者たちだけが受験できる。つまり、このペーパーテストをクリアしさえすれば次のステージに上がることができる。このBクラスってのは、実は探索できる階層の上限がすべて取っ払われる。つまり、大儲けのチャンスであり、希少なアイテムを得られる可能性も格段に上がる。だが、それと引き換えに魔物は強力となり、罠もエグいくらい巧妙になってくる。Bクラス昇格者の一年以内の生存率は三割だといわれている。いわれているというのは、すべての冒険者ギルドを統括する本部がそれを明かさないからである。まあ、分からんこともないな。


 

 で、これでだいたい人間のことは分かったか? お嬢さん?


『理解した。だが、その【試験】とやらが、そのなんとかいう【でばいす】とやらを使わぬ理由が分からぬのだが?』


 あっ、そうだったな。ううっ、試験監督に呼んだ精霊と一緒に仕事をするのはいいんだが、いつもいつもこうやって脳内でひとりごとのように意識を送り込むのは、なんとかならないもんかね……。


『その主の愚痴も我が把握しておくべきことなのかえ?』


 いや、忘れてくれ。


 ふつうの人間と違って、ダンジョンに籠もる冒険者は人間の作った機械を狂わせるんだそうだ。なんだっけか? DVD? DMM? DDT? なんかDで始まるやつだ。体から何かが常に放出されてるんだってさ。


『それは単純に魔力ということじゃないのかえ?』


 知らんがな。


 偉い学者さまの仰ることは俺には良くは分からん。


『人間というのは厄介なものなのだな……』


 まあな。で、俺とお前、人間と精霊の相互理解は少しは深まったのかな?


『仕事をする上では差し支えないのお』


 よし、じゃ、まずは一発かましてやってくれ!


『23番と57番、それと129番じゃな』


 ふーん。前の二つは怪しいかもと思ったが、129番は全くわからなかったな。


『ふむ。その二つが感知できるだけでも主は異常だと思うがの』


 おっ、精霊に褒められた!


『いくぞ!』


 どうぞどうぞ。


 俺は立ち上がって咳払いを一つしてから声を出す。


「えー、ただいま不正行為を三件確認いたしました。受験生の皆さんは筆記用具を置いて、動かないようにお願いいたします。ああ、試験時間は問題ありません。こちらでタイマーを止めています。では、23番、57番、129番。両手を頭の後ろで組んで頭は机の上に。抵抗する場合は我が国の法律及びギルド法が適用されますのでご注意を。ああ、簡単に言うと処刑しますので、そこんとこヨロシク!」


 まあ、どのみち言うことをきくはずもなく。


 該当する三人は立ち上がり逃走を図ろうとする。


 まあ、いつものことだ。俺は右手に銀色に輝く魔剣を呼び出す。そしてゆっくりと歩き出す。


「ああ、その出口は『あぶない』ですよー」


 23番と57番が蒸発した。


 おおっ、人間って蒸発するんだ……。なんか俺けっこうヤバい精霊を呼び出してしまったのかも……。精霊ってのは気まぐれで、呼び出しても当たり外れが大きいんだが、今回は大当たりってとこだな。


 ん? 129番の横に現れたのは『サラマンダー』なのか? おいおい、なんでCクラス風情が……。気配的にまだそんなに年数は重ねてない幼体か、でも、実体化してるぞ。


 それを見た受験生たちが慌てて俺のいる前へと殺到する。まあ、そうなるわな。こんなとこで焼け死にたくはないよな。俺もだけど。


『何をトカゲ程度に慌てておるのだ?』


 声が。ああ、こいつも実体化しやがった。おいおい、人型って……。あんた何千年生きてんだよ?


『おなごの年を推測するのは人間でも失礼にあたるのではないかえ?』


 青髪で目も碧眼、着ている高級そうなドレスは水色っぽい、不思議な色だ。うん、間違いない水系の大精霊さまだわ、これ……。


「すいませんでしたー!」


 俺は直角に腰を降り頭を下げる。顔を上げたときには129番と火トカゲの下位精霊の姿は無かった。さっすが、俺の出番無かったじゃん。


「ああ、みなさーん! 引き続き試験を行いますので、席に着いてくださいねー」


 ぞろぞろと自分の席に戻る受験生たち。人がいま一瞬で三人も死んだってのに、こいつら何事もなかった顔してやがる。まあ、そんなもんか。


「はい、それでは試験再開です」


 俺の声で再び鉛筆のカツカツ言う音が聴こえだした。


『冒険者というものの命というのは軽い扱いであるのだな』


 げっ、まだ実体化してる。


「まあ、そうっすね」


 大精霊様は、パイプ椅子に座った俺の膝に上にちょこんと乗っかる。そう、彼女は幼女。幼女の大精霊さまなのである。ううっ……。


 時折、顔を上げて俺の方を見る受験生の視線が痛い。お願いだからこの試験のあと通報しないでくださいね。まだ、仕事が残ってるんで。


『なにゆえ、そんな困りきったエルダートレントのような顔をしておる。このような美少女が膝の上であれば、オスならば喜ぶものであろう?』


 いやいや、もちっと見た目年齢が上なら……、美少女ならまだ嬉しいけども。美幼女って、ある? そんなの? 需要……。


『むぅ』


 やべっ、俺の心の声筒抜けだったわ。


『決めた!』


 はあ、何をでしょうか?


『主と正式に契約して、人間のことをもっとよく知ろうと思うぞ』


 いやいや、契約には相互の……。げっ、この感覚は! なんかガッチリ魂にぶっとい鎖が巻きついたようなそれって。


『大精霊と呼ばれるほどになると、一方的な契約も可能であるからの』


 はあ? そんなの知らんし! く、クーリングオフ! クーリングオフの適用を申請したいと思います!


『却下。人の法に縛られる大精霊がどこにおるというのかえ?』


 おぅ……。


 この日を境に、俺は幼女を連れたプロ試験官として全国、いや世界の冒険者ギルドの昇格試験を監督することになるのであった。



 了

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