第5話 アレスVSオーキッド④-決着-
「僕はこれでターンエンド」
「バトルはしないのか?」
オーキッドのターンエンド宣言にアレスは訝しんだ。
しかし、このオーキッドの判断は極めて冷静なものだった。
「アレスのモンスターを破壊すれば、ダメージを与えられる可能性はある。でも、モンスターを破壊すればアレスに余計なリソースを与えることになるよね?」
エンゲージにおいて、スモークゾーンの充実具合は勝敗をわける。
アレスはたしかにこれ以上ダメージを伸ばされるは苦しいが、それよりもアレスは逆転のためのリソースが欲しかった。
カードのリソースとは選択肢。選択肢が多ければ多いほど突破される確率が上がってしまう。
オーキッドのこのなにもしない一手は確実にアレスの敗北への道を舗装している。
アレスはそのことに気づいた時にオーキッドの戦術のいやらしさに気づいた。
オーキッドはダメージを与えてアレスを追い詰めて自分が優勢になるよりも、アレスが望むことはしないことでアレスを劣勢に立たせることにしたのだ。
ことカードゲームにおいては自分がしたいことをやるよりも相手が嫌がることをする方が勝率というものが高くなる傾向はある。
オーキッドのこの戦い方はまさにそれである。
「くっ……! 俺のターンだ! ダイスロール!」
アレスの現在のスモークゾーンのカードは5枚。数値次第では、追加ドローはできない。
アレスのダイスは3を出した。
アレス手札2枚。スモークゾーンのカード7枚。絶体絶命のピンチである。
数値的にはダイスロールの追加は可能である。しかし、ここで1の目が出た場合、アレスのスモークゾーンのカードは0枚になり、行動がかなり縛られる。
つまり新規のカードを出せずに確実に敗北するのである。
「でも……やらねえわけにはいかないだろ! 俺はスモークゾーンのカード6枚消費してダイスを振る!」
アレスは決死の覚悟でダイスを振った。ここで高い目が出ればまだ逆転の可能性はある。
だが、アレスが出した目は「2」だった。
「う、ぐぅう……」
アレスはデッキからカードを2枚めくった。そして、肩を落とした。
手持ちのカードではどうあがいても勝ち目はなかった。
一見、パワー1000の村娘エルフが付け入る穴のように見える。しかし、村娘エルフの持っている効果が問題だった。
村娘エルフ/カテゴリー:ハンター/種族:エルフ種/性別:女性
レベル:1(コスト:0)/パワー:1000
効果1(分類:永続/発動場所:フィールド/適応コスト:なし):このカードの戦闘によって、このカードの持ち主がダメージを受けない。
この効果により、村娘エルフをパワー10000で殴ろうともダメージは0になってしまう。
アレスの盤面ではオーキッドに勝てるダメージを叩きだすのは不可能である。
オーキッドは次のターン。全てのモンスターを退却させることでデッキの枚数を0にできてゲームが終了する。
「オーキッド。俺の負けだ。投了する」
アレスは素直に負けを認めた。これ以上戦っても無意味であることがわかってしまった。
「わかった。降参を受け入れる。アレス。対戦ありがとう」
「ああ、こちらこそありがとう」
オーキッドとアレスはお互いに握手をかわした。
エンゲージが終了したことでモンスターたちは消えてなくなった。
「いやー。オーキッド。お前相変わらず強いな」
アレスは負けたのにどこか爽やかな笑みを浮かべてオーキッドの肩をポンポンと叩いた。
「な、なんなの。アレス。ちょっと不気味。負けたのになんでそんな笑顔なの」
「うーん。今までお前の霧深き森を突破できなかったからな。それをモンスター同士の連携で乗り越えられたんだ。嬉しいに決まってる」
アレスは拳をぐっと握った。
「俺は確実に強くなっているよ。いつかオーキッド。お前にも勝ち越してみせる!」
アレスは決して負けて悔しくないわけではなかった。
しかし、それ以上に前向きな性格でくよくよとしない明るくさっぱりとしているのだ。
「俺はもっともっと強くなる。そして、この世界の誰よりも強くなって……そして、あの煙の向こう側に行くんだ」
アレスは真剣な眼差しで空を見上げた。
しかし、オーキッドは呆れたように口をぽかんと開けた。
「アレス。まだそんなことを言っているの? あの煙はこの世界の果て。煙の向こう側なんて存在しないんだよ」
「なんだよ。なんでそんなことが言い切れるんだよ。だって、誰もあの煙の向こう側の景色を見たことがないんだろ?」
アレスたちがいるこの世界。陸地を中心に海があり、その海をずっと進んでいくと煙が見える。
その煙は陸地からでも目視できる位置にあり、その煙は世界の終わりを表していると言われている。
なぜならば、その煙の先を目指して帰ってきた者は誰もいないからである。
「アレス。いくらエンゲージが強くても煙の向こうの世界になんていけないよ。僕たちはこの狭い世界で生きていくしかないんだ」
「わかんないだろ! オーキッド。行ったこともないくせに適当なことを言うな」
「あのねえ。行った人全員が帰ってこないからあそこは地獄だって言われているの」
アレスは小さい頃からずっと煙の向こう側に行くと言っていた。
オーキッドは最初はそれを冗談半分で聞いていたが、お互いに成長していく内にアレスが段々と本気になってきていることに気づいた。
オーキッドは現実を見ている。だから、夢見がちなアレスのことをどこか冷めた目で見ていた。
「俺の予想ではな! あの煙の向こうにはエンゲージが強い化け物がいるんだ。だから、エンゲージでそいつをぶっ倒せば煙の向こう側に行けると思うんだ」
「なにそれ。根拠は?」
「ない! 俺がそう思っただけ!」
「呆れた」
そんないつものアレスとオーキッドの会話が始まる。この話の終着点はない。アレスのバカ話をオーキッドが聞いて終わる。
特に生産性のない話であるが、この2人のお約束のようなものである。
アレスが夢を語っている内に夕方になった。
「日が暮れたな。そろそろ帰ろうか」
「そうだね」
アレスとオーキッドは日が暮れたのでそれぞれの家に帰ることにした。
オーキッドは家族が待つ家へ。そしてアレスは……
◇
「ただいま」
真っ暗で誰もいない家。そこにアレスは帰った。
アレスには家族はいない。
父親は小さい頃に行方不明になり、母親は病気で亡くなった。
アレスは父親が使っていた部屋へと向かった。
そこにある日誌。それを手に取り、表紙をなぞった。
アレスはその日誌をパラパラとめくる。
この日誌はアレスの父親がエンゲージをしていた記録が残されていた。
アレスの父親はエンゲージを強くなることに執心していたようだった。
日々鍛えられていくアレスの父親。ぱらぱらと日誌をめくっていたアレスはあるページで止めた。
それはアレスの父親が煙の向こう側へと挑もうと決意した日のことだった。
この日を境にアレスの父親は煙の向こう側へと行く準備を着々と進めていた。
そして、日誌が書かれている最後のページ。アレスの父親は煙の向こう側へ行くと書き残して日誌は終わっている。
「父さんは……煙の向こう側にいるんだ。だから、俺はそこに行かなければならない」
アレスは日誌を閉じてそれを胸の位置で抱きしめた。
「俺は父さんに会いに行く。母さんが死んだ今となっては、唯一の肉親の父さんだ……」
アレスは日誌を父親の机の上に置く。そしてため息をついた。
「母さんは煙の向こう側に行くんじゃないと最後まで言っていた。でも、俺には人生を賭けてでも行かなきゃいけない」
幼い頃にあるわずかな父親の記憶。アレスはどうしても父親に会いたかった。
「きっと父さんがエンゲージを極めようとしていたのには意味があるんだ。煙の向こう側に行くのに関係しているはず……」
アレスにはやらなければならないことがある。エンゲージを極めて、煙の向こう側に行き、そして父親に会う。
そのためには、へこたれている時間はないのだ。
この世界はカードゲームで暴力ができちまうんだ! 下垣 @vasita
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