第6話



「月宮、お前はすごい奴だって先生も気付いてたんだよ。間違いなく将来有望なのはお前だってな。」

「…はあ、」

「先生はお前が誇らしいよ、その調子で東雲蓮と仲良くな?」

「…はい、」


"首輪"になって2ヶ月。

もちろん2ヶ月なんて最長記録、誰も予想してなくて。校内では、快挙とまで言われていた。


毎日毎日、先生からは褒め称えられ、学園長からはお茶菓子を出され。

逆に気遣って死にそうだ。


その反面、私をよく思わない人もいて。


上履きに画鋲が入ってたり、机に落書きされてたり、小学生かよって思うぐらい低レベルないじめが続いてた。


別に気にしないけど…


今日は呼び出しあるかな

そんな事を思いながら本を読んでた時…


"キャーーー!"


教室の外から、女の子達の悲鳴が聞こえた。


明らかに近づいてくる悲鳴と一緒に現れたのは、


「あ、みゆ!」


…主人だった。

何で…主人が何でこんなとこに…


呼び出されてたかな、不安になって呼び出し用のスマホを確認するけど、何もなく。


滅多に私達の校舎に来ることがない主人は、

みんなの注目を浴びている。

まさしく動物園のパンダ状態だ。

目が合うと、私の方へ近づく。


「蓮様、お呼びでしたでしょうか。」

「んーん、みゆの顔見に来た」


"ッキャーーー!"


主人の言葉になぜか周りが叫ぶ。

うるさくて仕方ない。


「呼び出してもらえれば、私が行ったのに…」


というか、あまり来てほしくなかった…。

こんな騒ぎになることはわかってたし。


「ま、たまにはこうゆうのもいいじゃん、」

ポン、と私の頭に手を置く。



「ねえ、席代わってくれない?」

「…は、はいっ、どうぞ…///// 」

主人が私の前の席にいた子に声をかけると、その子は顔を真っ赤にして去っていった。


やっぱりすごいな、主人に見慣れてる私が、おかしいんだ。こんな美しい顔から声かけられたらきっとああなるのが普通だ。


いつの間にか、私の教室の周りには、

見物に来た生徒でいっぱいになっていた。


前の席に、主人が座ったと同時に、私も自分の席に座る。


綺麗な主人には、教室の椅子じゃなく、豪華なソファが似合う。

体を私の方に向けて、私を見る主人。


普段こんな真正面から、見ることはなかったから、変に緊張した。


「本読んでたの?…あ、これ」

「…あ、ごめんなさい。この前蓮様が読んでた本が気になって…」

暇な時、主人が読んでいた小説を横目で私も読んでいたら続きが気になって買ってしまった。


「ふっ、何で謝るの」

主人は、私の手をギュッと握る。

その大きい手は、暖かい。


「知ってる?そうゆうとこすっごい可愛い」

他の人に聞こえないぐらいの小さい声で言われたその言葉に、私は主人から目を逸らした。


「今度、もっと面白いやつ貸してあげる。」

「…ありがとうございます」

「あ、これみゆのノート?」

「…あ、それはだめ…っ、」


咄嗟に、ノートを取ろうとしたけど主人はもうそれを見ていて。

…見られたくなかった。


だってそれには…

「ねえ、何これ」


"クソビッチ"

"蓮様から離れろ"

"死ね"


誰かに書かれた悪口で、埋め尽くされてるから。


「…何でもないです、」

「そんな訳ねーじゃん。」

「……私、大丈夫なので…」

「俺が大丈夫じゃない」


椅子から立ち上がった主人は、見物に来た生徒達に声をかける。


「ねえ、これ書いたの誰?」

いつもより何倍も低い殺気のある声に、震えた。


ザワザワするギャラリーから、名乗りを上げる人はいない。そりゃそうだ。

怒ってる主人の前でそんなことするなんて自殺行為だから。


はぁ、と一息ついた主人は、私の手を引っ張って、そのまま、私を後ろから抱きしめた。


"キャーーー!"


私たちに向けられる悲鳴。

ふわっと、主人の石鹸のような爽やかな香りが私を支配する。


「今度から、みゆに対する嫌がらせは、俺に対するものとみなすから。」

「…れ、ん様…」


教室が一気に静まり返る。

きっと、主人の低い声と、

…殺気のせいだ。


「今度、俺の子にこんなことしたらわかってるよね?」


ニヤ、と笑う主人は、色っぽくて、

すごく恐ろしい。


どうなるか、生徒達は言わずとも理解したようで、ここにいる全員が、息を飲んだ。


「みゆ、またこんなことされたら絶対俺に言うこと。命令だから。」

「…ッ…わかりました、」

「えらいえらい、」


優しく微笑んで私の頭を撫でる主人は、さっきとは全くの別人に見える。


「蓮様、ありがとうございました」

「お礼なんかいいよ、じゃ俺行くね」

「部屋までお送りしましょうか?」

「ふは、心配しすぎ。みゆは勉強しなきゃでしょ?」

「…はい、」


「じゃあね、みゆ」

私のおでこに、一つキスを落とした主人は、周りの視線を独り占めして、去っていった。


その日の夜。東雲低にて


「お帰り、父さん」

「おお、蓮ただいま。」


家に帰ると、仕事で滅多に帰ってこない父さんが、久しぶりに帰ってきた。


俺がこの世で一番尊敬する人。


「最近どうだ?学校と仕事で大変だろ?」

「いや、これぐらい余裕です。」

「おお、さすがだな。この前の会社のプロジェクトも全部お前が1人でやったんだってな。南雲に聞いたよ。」

「はい、父さんの息子ですから。」

「はは、父さんも嬉しいよ、こんな出来のいい息子がいて。」


ああ、頑張った甲斐があった。

父さんに褒められるためなら、何でも頑張れる。


「最近、学校でも楽しそうなんだってな。」

「え?」

「聞いたぞ、いい子見つけたって。もう2ヶ月は同じ子なんだろ?」

「ああ、そこまで知ってるんですね」

「まあな、父さんも息子が心配なんだよ。でも、そんなにいい子なのか?」

「…はい、純粋なんです、心が。」


出て行った母さんと同じで。

そう言った俺を数秒見つめた父さんは大声で笑う。


「お前も男になったな、」

「……ッ、」

「でもな、女に深入りしすぎるなよ。俺と同じ風になってほしくないからな、お前には。」

「…わかってます」


俺が女の話をすると、父さんは悲しそうな顔を見せる。

出て行った母さんが忘れられないんだろう。

俺も、忘れられない。


母さんほど全てが綺麗な人はいないから。

外見も、心も。


父さんと母さんは、あれほど愛し合ってたのに。一生一緒にいるって言ってたのに、


母さんが他に男を作って出て行った時、絶望に暮れた父さんは俺に言った。


「愛情なんて目に見えないものを信じるな」


ああ、ほんとにその通りだ。


「俺も彼女も、愛なんか信じてないです。」

「そうか、ならいいけどな。」


俺にはできない。

そんな不確かなものを信じることも、


求めることも。

母さんが出て行った時の、後ろ姿がトラウマのように、頭から離れない。


俺は、人を愛せないんだ。


愛する人を、また失うのが怖いから。




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恋と首輪 山猫 @ribon6495

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