山陰号トリックツアー ~2・朝の食堂車編
与方藤士朗
いざ、出雲号へ!
第1話 さあ、出雲号に乗ろうではないか!
前作の第1話はこちらです(乗換案内を除き全11話)。
是非こちらもお楽しみください。
山陰号トリックツアー ~1・福知山駅編
福知山駅・深夜の出会い
第1話 福知山駅0時40分・普通列車「山陰」号
https://kakuyomu.jp/works/16818093089835476965/episodes/16818093089836371327
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1983(昭和58)年4月8日・金曜日の昼前。
入学式を終えた岡山大学の学生会館では、新入生の勧誘にいそしむ大学生と早くも所属サークルを決めたであろう新入生で活気にあふれている。そんな中、鉄道研究会という表示を出した一群の中には、学生服の中学生が一人混じっている。彼は近くの私立津島中学校に通う米河清治少年。今年中2になったばかり。この日は入学式のため、特に生徒会などの用のない上級生は休みである。
彼は小学5年生の大学祭で言うなら「スカウト」されてこの団体に毎週の如く顔を出している。大学生でも教職員でもない、言うなら部外者というべきレベルを超えたような人物も、何だかんだで大学構内には出入があるものである。
彼の先輩の一人で現在会長を務める加東敏青年は、米河少年がビラを撒いていたときにであった新入生の女性とかれこれ話をしている。何も彼女がこの回に入りたいというのではなく、彼女より1歳下の交際相手で来年入学を目指している青年のために情報を得ておきたいという思いから来たという。
会長でもある先輩とともに話をしている米河少年のもとに、今度はこの大学を四半世紀前に卒業した男性の妻となる人物がやって来た。
「マニア君、ちょっといいですか」
「はい」
彼女の用件は、夫と夫の仕事仲間との出張の旅程のことであった。
「内山さんは今もう東京ですよね」
彼女は作家である内山定義氏の妻・信子女史。彼女は以前岡山県内の下津井電鉄で車掌として10年近く勤めていたこともあり、鉄道にはそれなりに詳しい。
彼女は2日前の6日の昼過ぎにも夫とともにこの学生会館に来ており、そのときにもかの少年と打合せをしている。今日は夫ではなく自分自身の旅程の確認。
実を言うと、夫が明日「出雲1号」に乗車して山陰入りすること以外の日程は、すべてこの少年が組立てている。彼は小学生の頃より国鉄監修の交通公社が発酵する時刻表を読み慣れており、このくらいのプランを作ることは他者の助けなしで十分可能なレベルに達している。
信子女史は、夫にはあえて伝えていない旅程の詰めを行うべく、この地にいる少年を訪ねてきているのである。
ええ、主人は明日の特急「出雲1号」で出雲市入りね。
陽子さんは別建ての日程で出雲市入りするっておっしゃっているわよ。問題は、私の件。明日はまず福岡までこの赤い青春18きっぷで普通列車を乗継して行くのね。博多駅でで山陰ワイド周遊券を買って夜行の急行「さんべ」の自由席に乗って米子まで行って、そこから東京からくる「出雲」に乗って食堂車に行く。
あの列車は米子から寝台料金なしで乗車できるでしょ。そうすれば、出雲市までの間に食堂車に行って朝食を食べられるって言ってたよね。そこで、うちの旦那と国鉄の青木さんにお会いするように仕掛ける。
このコンセプトで、良かったかしら。
彼女は夫にはここまで詳しいことは述べていない。この日は15時までに2カ月前に宿泊した旅館に着くようにすればいいからということで話はついている。しかしどこで彼女が現れるか、そこまでどのようなルートを使って動いているかは一切夫にも夫と共通の知人で仕事仲間でもある女性には伝えていない。それは、あとでのお楽しみというわけだ。実は彼女がいったん九州に行くということは夫には伝えているが、そこまでとその後どういう動きをする窯では、伝えていない。それでは楽しみがなくなってしまうだろうということ。
このツアー、2月もそうだったのだが、一種のミステリー性を持たせたものであるとともに、夫の作家としての仕事の一環を成す「取材」でもあるのだ。
内山夫人の話を聞き、米河少年は答える。
「そうです。それで行ってください。特別料金が発生するのは、米子から出雲市までの出雲1号の立席特急券のみです。ついでに食堂車にも行って少し豪勢に朝食と行けばよろしいのではないでしょうか。上手くいけばお二人ともお会いできます。あと、陽子さんの方には6日の夕方に窓ガラス(本田陽子女史の経営する喫茶店)に行って、予定を伝えていますから」
「あのおねえさんはうちの主人と一緒に昨日から東京に向かったって?」
「ええ。今日は東京で内山さんと編集者の人らとの打合せに同席されているはずですよ。ただ明日は、少し別行動をとるそうです。内山さんには本田(陽子)さんの旅程はお話ししていませんよ」
「まさか、その案を作ったのはマニア君?」
「はい。ところで、今度使われるその18きっぷは、本田さんから譲受したものですよね。その残りの有効活用、ってことで」
「そうよ。残してももったいないでしょうが」
当時の青春18きっぷは、2日間有効の青い県が1枚、1日間有効の赤意見が4枚の合計5枚で6日間有効で、1枚ずつ切離して使うことができた。原則として切符は使用開始後は他者に譲ってはいけないものだが、この青春18きっぷはそのような使用法も可能なため、その券が使用開始になる前は他者と分けて利用することも可能であったし、それをむしろ奨励さえされていた。
「それじゃあ、私はこれで。マニア君、またよろしくね」
「わかりました」
かくして彼女は、自宅へと戻っていった。
「米河君は、あちこちで「マニア君」と呼ばれているようですね」
北海道の函館からきた新入生の海野たまきサン、一連のやり取りを傍で聞いていてびっくりするのを通り越して感心さえしている。
「このくらいやから、小5のときにうちに「スカウト」された程や。確かに鉄道の知識やらなにやらすごいものを持ってはいるが、しょせんは、中学生や。海野さんには悪いけど、この少年の面倒、鉄研とは別に見てやってくれへんかな」
「どんなことをすればよろしいので?」
「いやいや、あんたの彼とやらの太郎君もいずれこちらに来られるのやったら、地位とあんたも彼の面倒見るの、手を貸してほしいんや。ぼくら鉄研関係者ばかりと付合うのではなく、もっと広い範囲で人とのつながり、作って欲しいものでな」
かくしてマニア君こと米河少年は、この女子大生と後に彼女の夫となる大宮太郎氏との接点ができることとなった。
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山陰号トリックツアー ~2・朝の食堂車編 与方藤士朗 @tohshiroy
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