山陰号トリックツアー

与方藤士朗

福知山駅・深夜の出会い

第1話 福知山駅0時40分・普通列車「山陰」号

「サダ君! なんでここに?」

 暗い車内で、本田陽子女史は仕事仲間でもある2歳年上の男性を見つけた。

「あれ? ノブちゃんも? 陽子ちゃんまで?!]

 驚いたのは彼女だけではない。彼の妻でもある内山信子女史もまた、ほぼ同時にこの列車に乗換してついさっき来たばかりだという。

「陽子ちゃん、夕方まで岡山にいたはずじゃあ?」

 当然、信子女史もびっくりしないはずがない。

「仕事の後、新幹線と急行を乗継してきたンよ。(岡大の)鉄研(鉄道研究会)におるあの中学生のマニア君が教えてくれて。それで仕事を終らせてから来たんよ。明日と明後日はお休みにしているからちょうどいいわ。まさかノブちゃんも?」

「うん。あのマニア君の鉄研の先輩で、京都から来ている経済学部の河東君って人からアドバイスを受けてね、青春18きっぷを有効に使うなら岡山から普通列車と新快速に乗って大阪か尼崎あたりまで出て、それから最終の普通列車に乗れば福知山で山陰号に乗れると聞いたから、そうさせてもらったのよ」

「ぼくは水曜日に鉄研が学生会館でやっている例会に行って、そこで河東君とマニア君に教えてもらって、東京を土曜日のうちに出て普通列車を乗り継いでいけばあまり早くない時間からでも京都22時6分発の山陰号に乗れば翌朝には出雲市に行けるってね。それで、出雲大社に3人そろって行けるプランをそれぞれ考えてくれたみたいね。しかしあの二人は大したものだわ」

 どうやらこの出会いの演出には、鉄道研究会にいる大学生となぜか小学生でスカウトされてきている中学生の少年の二人が絡んでおり、内山氏はそのカラクリをすべて知ったうえでこの列車に京都から乗込んできたようである。

「それぞれ別ルートで来て、ここでピッタリ会えるようにするなんて・・・」

 本田陽子女史は喫茶店経営の傍ら小説家である内山定義氏をサポートする会社を立上げ、彼の執筆活動を陰に陽に支え続けている。内山氏の妻の信子女史とは学生時代に知合っているが、公認の仲でこれまで25年にわたって交流がある。

 しかも本田女史は、内山陽子というペンネームで自らも執筆活動をしている。


 彼らは陽子女史が駅で買ってきていた缶ビールをそれぞれ開け、軽く乾杯。

 これからいよいよ、山陰への度の本格的なスタートである。

 とはいえ今は真夜中。他の乗客の迷惑にならないよう小声で話す。まだ冬の寒さの去らぬ中、デッキの扉も車内の窓もすべて閉まっている。


 1983年2月27日・日曜日。午前0時40分。


 わずか1分前、大阪から来た大社行急行「だいせん5号」は、先頭のDD51型機関車の汽笛とともに、一足早く神の国へと旅立ったばかり。 

 山陰本線福知山駅には現在、その急行列車より幾分遅れて到着した福知山線の大阪発の列車がつい7分前にも到着し、客扱を終えている。

 そしてまだこれから走り続ける列車が、下りホームに1本。これが京都発出雲市行普通列車の「山陰」号である。こちらはたった3分前に京都からやってきて、あと16分後に出雲市に向けて走り始めることとなっている。


 山陰号は普通列車であるが、B寝台車を1両だけ連結している。オハネフ12型と言われる3段式の寝台。かつては浴衣のサービスはなかったが、寝台車の利用客がかつてほどでもなくなっていることから、このような算段式のB寝台でも浴衣の貸出が行われている。すでに浴衣に着替えて寝入っている客も多い。

 とはいえ今日は2月の末である。行楽シーズンからは少しずれている。

 それでも、先週より使えるようになった青春18きっぷを使ってこの普通列車で移動中の青年も少なからずいる。早めに休みとなった学生たちが、春休みや土日を利用して旅をする。

 周遊券を使って先に発車した「だいせん5号」の座席車を利用している若者もいないではないが、こちらは全車指定席なので、どうしても急行料金と指定席料金が必要となるため、安く上げるためにこちらの山陰号を使う者も多い。

 現に、大阪方面から急行ではなく最終の普通列車でやってきて下りの山陰号に乗換える若者もいれば、もうしばらく待って上りの山陰号に乗って朝早く京都に出るという若者もいる模様である。

 当時はこのような夜行列車があったので、宿を取らない若者にとっては宿泊代わりの足という側面も少なからずあった。特に長期休暇の時期はなおのこと。


 さて、こちらは寝台車の後ろの普通車。旧型客車のオハフ46型である。スハフ42型客車の台車を交換して軽量化した客車。かつては急行などにも利用されていたのだが、急行列車の相次ぐ削減や電車化・気動車化のあおりを受け、現在は普通列車に主として利用されている。


 ちょうど車掌が回ってきた。内山氏は陽子女史に赤い切符を渡す。信子女史は既に別の赤い切符にこの日の日付を車掌に書いてもらっている。それには、

58.-2.27 829レ ヨナカレチ

つまり、米子車掌区の車掌によって検札を終えているという印とともに、この日1日使える切符ですよという表示がなされているのである。

 陽子女史の赤い切符にも、同じようにボールペンで記載された。福知山まで彼女は普通乗車券と急行券でやってきているが、そちらについては特に何も指摘されないまま終った。一応彼女は車掌に提示はしたが、特にそれで回収されることもないまま、この日の切符が赤い少し大きめの企画乗車券であることが確認された。

 もっとも、内山氏だけは昨日から今日にかけて有効の青い切符であるため、この日は特に何も記載されない。車掌には、すでに提示済である。


 到着と同時に駅の改札に走ってスタンプを押したり入場券を買ったり、あるいは何やら買い物をする若者も何人かいたようであるが、すでに車内に戻っている。

 先頭の赤いディーゼル機関車が、物悲し気な汽笛を上げる。

 上り列車を待つ客らを駅に残し、山陰号は定刻の0時56分に福知山駅を出発。先に発車した急行の後を追って出雲市へと再び走り始めた。すでに深夜の時間帯で寝台車も連結していることもあり、車内はとっくに減光されて暗くなっている。

 車内放送も、朝6時前の倉吉到着まで緊急時を除き停止されている。

 しかし列車は、この前後いくらか通過駅もあるものの、普通列車だけあって一駅一駅ていねいに停車しては発車していく。


 ビールを飲み終えた中年男女3人組は、それまでの疲れもあってかテーブルに空き缶を置いて、それぞれ目を閉じた。

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