クリスマスに向けて“よいこ試験”を行います
ぴのこ
クリスマスに向けて“よいこ試験”を行います
「サンタさんはね、良い子にだけプレゼントをくれるのよ」
そう言うお母さんがクリスマスプレゼントをくれたことなんて一度も無い。私ももう12歳だから、サンタクロースの存在なんて信じてない。小さい頃はクリスマスの朝、枕元にプレゼントが置いてないと泣いたものだ。ちゃんと良い子にしてたのにどうしてって。
「まだ足りなかったんだねえ。好き嫌いとか無くしてもっとアピールすれば、来年はサンタさん来てくれるよ」
お母さんはそう言って、サンタクロースへの不満を言い募る私の頭を撫でるのがお決まりだった。けど毎年毎年、どんなに頑張ってもプレゼントは貰えなかった。流石に気づく。サンタクロースなんて居ないのだと。「まだサンタさん信じてるの?」と無垢な子を笑うクラスメイトのように、私もまたサンタクロースの存在を信じない、可愛げの無い子どもになってしまった。
単に、お母さんはプレゼントを買う余裕が無いだけなのだ。女手ひとつで働き、パートの少ない収入から生活費や私の養育費を出すだけで精一杯で、クリスマスプレゼントなんてもってのほかなのだ。いや、それにしても安い物ひとつ買ってくれないのはどうだろうか。つまるところ、お母さんは私にプレゼントをあげる気さえ無いのだろう。毎年プレゼントを貰えなければやがて諦めると思って、一度も枕元に物を置かなかったのだろう。その方が安く済むから。お母さんが私にくれるプレゼントといえば、誕生日にスーパーの2個入りケーキを買ってきてくれるくらいのものだった。
「今日テストだよね?頑張ったら今年はサンタさん来るかもだねえ」
「サンタさんなんか居ないよ」
クリスマスが間近に迫った16日の朝。私のやる気を出すために言うこの時期のお母さんのお決まりの文句に、私は冷たく言い放って家を出た。どうせプレゼントなんか渡す気も無いくせに希望を持たせるお母さんが腹立たしかった。私は月曜の朝から嫌な気分になりつつ通学路を歩いて学校に辿り着き、教室に入った。
「おはよう!きょう日直だよね?朝の黒板消しの掃除、私やっといたから!」
私がランドセルを席に置くと、ひとりの友達が私に駆け寄って来た。確かに今日は私が日直の日で、黒板消しの粉を落とすことと粉受の掃除をすることは日直の仕事だ。しかしどうして彼女がやってくれたのだろうか。
「あ…ありがとう。でもどうしてやってくれたの?」
「よいこにしてたら、サンタさんになんでも好きなクリスマスプレゼントを貰えるの」
私は面食らった。だって、彼女はサンタクロースを信じていないと言っていた子だったのだ。それが急に“サンタさん”という名を出した。いったい何があったのかと、私は彼女に質問した。
「サンタさんが夢に出てきて、そう言ってくれたんだよ」
なんだ、夢の話かと私は納得した。彼女は6年生らしく現実的であったが、どこか子どもらしい点もあった。夢に影響されて良い子らしく振舞おうと思ったのだろう。
その日の間、それからも彼女は他の子にも甲斐甲斐しく世話を焼いていた。まあクリスマスが過ぎて冬休みが明ければ元に戻るだろうと、私はあまり気に留めなかった。
その日の晩、私は夢を見た。夢の中で私は、夜の雪原に立っていた。辺り一面に広がる雪景色には雪と星空の他には何も無く、雪は月の光を反射して柔らかな光を放っていた。夢だからか、雪原の中だというのに寒さは感じなかった。
「よいこにはね、ご褒美をあげなければなりません」
男がいた。白いワイシャツに、上下ともに真紅のスーツを着た男だ。男はまだ20代に見えたが、その髪に黒色は全く無かった。雪と同じ色の長髪を腰まで垂らし、大きな白い袋を右手で掴んでいた。
「ですが、よいこでなければご褒美ではなく罰を与えなければならない。あなたが本当にご褒美に足るのか…慈愛を持ち、命を慈しみ、正しい行いをする。そんなよいこかであるのかは、私にはまだわかりません。示していただかなければならない」
私は学校での友達の言葉を思い出した。彼女は、「サンタさんが夢に出てきた」と言っていた。じゃあこの男が。男はサンタ帽を被ってもいなければ口ひげも生やしていないが、この男がそのサンタクロースなのだろうか。
「そこで試験をするのです。“よいこ試験”を」
よいこ試験?と私は聞き返したつもりだった。だが私の唇は動いていなかった。唇だけではない。全身を動かすことができなくなっていると、その時気づいた。
「クリスマスまであと一週間ほど。その間、どこかで“よいこ試験”を行います。私はあなたを見ています。試験でよいこであることを示していただければ、望むものをなんでもひとつ差し上げましょう。どんな願いでも構いません」
望むものをなんでも。その言葉の魅惑的な響きは私を高揚させた。欲しい物ならいくつもある。物に限らずどんな願いでも叶えてくれるっていうのなら、それこそ願い事はいくつあっても足りない。ひとつになんて絞れない。
「あなたがよいこであることを、願っていますよ」
目が覚めても、夢の記憶は鮮明に残っていた。私にはあの夢がただの夢ではないのだと、なぜか確信できた。よいこであることを示せば、望みをなんでも叶えてもらえるのだ。私は生まれて初めてのクリスマスプレゼントに何を願おうかと、浮き立つような気持ちだった。
ふと、思い出した。よいこでなければ罰を与えなければならない。あの男はそう言っていた。罰?罰とはなんだろう。私は少し恐ろしい気持ちになったが、すぐに首を振った。
関係ない。よいこでいれば良いんだ。お母さんとは違い、あの男は本当にプレゼントをくれる気がある。夢の中でそれは伝わってきた。だから、よいこでいればちゃんと見てくれる。よいこであることを心がけよう。私はそう決心し、ベッドから体を起こした。
「おはよう。ちょっと朝ごはん待ってね。今お茶碗洗っちゃうから」
キッチンに行くと、ちょうどお母さんが食器を洗い始めるところだった。昨日の夜に使った食器をシンクに放置したままだったらしい。二人分だから量は少ないとはいえ、忙しい朝に食器を洗うのは手間だろう。
「いいよお母さん、私洗う」
私はお母さんの手からスポンジを取り、食器を洗い始めた。よいこであることをアピールするならば、親の手伝いをしたほうがいいと思っての行動だった。ふと、あの男は私の内心までお見通しなのではないかと不安になったが、褒められる行動なのは変わらないのだから大丈夫だろうと思い直した。
「あら…どうしたの?嬉しいけど、急にどういう風の吹き回し?」
お母さんは微笑みながら問いかけた。私は茶碗をスポンジでこする手を止めないまま、お母さんに視線を向けて言った。
「やっぱサンタさんって、いると思うんだ」
学校でも、私はあの友達と同様に、クラスメイトに優しくするよう心掛けた。隣の席の内気な男子が教科書を忘れた様子だったので見せてやり、図工の時間に彫刻刀でケガをした子に絆創膏をあげた。友達の輪の中でも、その場に居ないぼっちの子の悪口は言わないように気を付けた。あの男が、サンタさんが見ているからだ。
「クリスマスさー、去年ってみんな何貰った?」
ひとりの友達が、ふと問いかけた。去年、クリスマスプレゼントと称して英語のテキストを渡された愚痴から派生した質問だった。みんなが口々にゲーム機やバッグや洋服と答え、私の番になった。
プレゼントなんて貰ったことない。去年も貰えなかった。正直に答えるのならそうなるのだが、私は気恥ずかしくてつい見栄を張ってしまった。
「腕時計を買ってもらったよ。かわいいやつ」
嘘だ。そんなもの買ってもらえるわけがない。腕時計は家にあるにはあるが、あれはお母さんのものだ。
「え~!いいな!かわいい腕時計見てみたい!今度持ってきてよ」
そう言った友達は、どこか意地汚い笑みを浮かべているように見えた。私の言葉が嘘だと見抜いたのだろうか。だが私は腕時計を貰ったと口にしてしまった以上、もう引き返せなかった。つい首を縦に振ってしまった。
翌朝、私は学校に行く前にお母さんの腕時計をこっそりとランドセルに入れた。お母さんがパートに行く時につけるのは耐衝撃性のある頑丈な腕時計で、この腕時計はオシャレ用のものだ。この腕時計は普段は化粧台の引き出しに入れられている。お母さんはパート用の腕時計も化粧道具も台の上に置いているから、パート前に引き出しを開けることはない。少し借りて戻すならバレないはずだと思った。
こんな行動がよいこであるはずがない。だが、他に方法は無い。クリスマスまでに一生懸命よいこの行動をすれば挽回できるはずだと信じるしかなかった。
「この腕時計お母さんのでしょ。ぶっかぶかだよ」
私の嘘はあっけなくバレた。腕時計のベルトを調節するのを忘れていたのだ。お母さんの太い腕にちょうど合うベルトは、小学生の細い腕には到底合わなかった。みんなに笑われ、私は顔を真っ赤にしながらトイレに駆け込んだ。
個室に入って鍵を閉め、ふと気づいた。荷物置き台に、ピンク色の小銭入れが置いてあるのが目に入った。
ひどく軽い。小銭入れの中を開けると、千円札が一枚入っているだけだった。先生の忘れ物か、それとも千円を持ってきた子がいたのか。
私はそこではっと気づいた。そうか、これは“よいこ試験”なんだ。サンタさんは私を見ていると言っていた。私が欲を出してこのお金を盗まないかどうか、試しているんだ。
私は小銭入れを元通りに戻し、個室を出た。これが“よいこ試験”なら、腕時計のことも悔い改めないといけない。私は友達に嘘をついたことを正直に謝り、家に帰った後で勝手に腕時計を持ちだしたことをお母さんにも謝った。
悪いことをしてしまったとはいえ、罪に向き合ったことで清々しい気分になった。良いことをすると気分が良いんだなと、私はぼんやり思った。もしかするとこれが、“よいこ試験”の目的なのかもしれない。試験を通してよいこになれば、ご褒美が待っている。そういうものなのかもしれないと気づいた。
私はそれから、出来る限りお母さんの手伝いをした。食器を洗い、お風呂の掃除をして、料理の手伝いも簡単なものならやった。最初は面倒で仕方なかったが、慣れれば簡単にこなせるようになった。これなら“よいこ試験”が終わっても手伝いを続けてもいいかもしれない。段々と、そう思うようになった。
「嫌!!クモが出た!!」
それはクリスマスイブの晩だった。私が机に向かって宿題をやっていると、お母さんの叫び声が聞こえた。リビングに駆け付けると、床に巨大なクモの姿が見えた。あまりの不気味さに私まで叫び声を上げてしまった。
お母さんはクモを恐れて、壁に背中を張り付けていた。お母さんは虫が大の苦手だった。私も虫は嫌いなのだが、ここでお母さんのためにクモを退治すれば“よいこ試験”に合格できるかもしれない。私は意を決して、殺虫スプレーを持ってクモに立ち向かった。
殺虫スプレーをクモに噴射すると、クモは狂ったように暴れ回った。私はその動きも恐ろしくて思わず後ずさってしまったが、勇気を出してクモに殺虫スプレーを浴びせ続けた。30秒ほどそうしていると、クモはその場でぴくぴくと足を動かすだけとなり、やがて完全に動きを止めた。死んだらしい。
私はほっと息をつき、ティッシュを何枚も重ねてクモの死骸を掴んだ。死骸をビニール袋に入れた後で、お母さんはようやく安心した顔を浮かべた。お母さんは目に涙を浮かべながら、私に何度も感謝を告げた。私はそんなお母さんの姿に、勇気を出してよかったと心から思った。これも“よいこ試験”のおかげだ。サンタさんが見ているからと背中を押されていなければ、私はクモから逃げていたに違いない。私は心の中でサンタさんに感謝を告げるとともに、これなら“よいこ試験”は合格じゃないかとほくそ笑んだ。
「こんばんは。“よいこ試験”お疲れ様でした」
その晩の夢で、私はあの雪原の中に立っていた。目の前にはあのサンタさんがいる。前回と同じく、私の体は少しも動かなかった。
サンタさんは私に向かい、にこにこと微笑んでいた。この反応は、“よいこ試験”に合格したという意味に違いない。私は腕こそ動かせないものの、ガッツポーズを取りたい気分だった。
「さて、“よいこ試験”の結果ですが…残念ながら不合格でした」
私の頭は驚愕に染まった。なんでと叫び出したい気分だった。何がいけなかったんだ。最初の日に、嘘をついたことか。腕時計を盗んだことか。でもあれは謝って、反省した。それからはずっとお母さんの手伝いをしていたのに。
「嘘?腕時計?そんなことはどうでもいいのですよ」
サンタさんは私の心を読んだかのように言った。私の口は動かせないが、私の考えていることはサンタさんに伝わるのだと気づいた。
でも、そんなことはどうでもいいって。じゃああれが減点要素じゃないなら何が。“よいこ試験”の小銭入れだって、私は盗まなかったのに。
「小銭入れが“よいこ試験”?勘違いをしていますね。あれは試験などではありませんよ。そもそも、人のお金を盗まないなど当たり前でしょう」
私はいよいよ意味がわからなかった。じゃあ“よいこ試験”っていったいなんだったんだ。
「クモを殺しましたね」
サンタさんは目を細め、私を射抜くような視線を向けた。クモ?私が夜に殺したクモのことか。でもあれは、お母さんを助けるために。
「私は言いました。あなたが慈愛を持ち、命を慈しみ、正しい行いをするよいこであるかどうか見ていると。“よいこ試験”はクリスマスまでのどこかで行うと言いましたね。あのクモこそが“よいこ試験”だったのですよ。クモの命を慈しみ、見逃すかどうか」
は?と思考が浮かび、固まった。混乱する私をよそに、サンタさんは手に持った袋の口を開けて何かを取り出した。それは私が殺したクモの形の、黄金の像だった。サンタさんがクモの黄金像を手のひらに乗せると、像はぱきりと砕け散り金の粒子となってさらさらと風に溶けていった。
「命を奪う者が、よいこのはずがないでしょう」
サンタさんの声色は、ぞっとするほど低く冷酷な響きを放っていた。私は叫び出して、泣き出したくてたまらなかった。だってそんなの、わかるわけない。ずるい。私はよかれと思って。頑張って、勇気を出したのに。
「命の対価は、命でしか払えません。クモも人も同じ。命は命」
サンタさんはゆっくりと私に歩み寄って来た。私は必死に、動け動けと足に命じた。駄目だった。足は石のように固まって、少しも動かせなかった。
「ご安心ください。人格としての“あなた”は消え去りますが、社会での“あなた”は生き続けます。お母さまはお悲しみになりません」
私の目の前で立ち止まったサンタさんは、袋の中からふたつの塊を取り出した。ひとつはぼんやりとした光を放つ金の塊。もうひとつは真っ黒な炭のような塊。
「よいこがいるのです。あなたよりずっとよいこだったのに、命を落としてしまった子が」
サンタさんは、右手に持った黒い塊を私の頭に近づけてきた。逃げたい気持ちでいっぱいだったが私にできることは何も無く、恐怖で頭がどうにかなりそうだった。
「あなたは、よいこが引き継ぎます。ですから安心して、不合格の結果を受け入れてください」
嫌だ。消えたくない。助けて。お願い。次は、次はちゃんとするから。
「残念ですが」
「追試はありませんよ」
助けて。
お母さん。
「あっ、リビングの掃除してくれたの~?ピッカピカ!ありがとね~!」
パートから帰ってきた母は嬉しそうに声を上げた。母が喜んでくれて、リビングを綺麗にした甲斐があったというものだ。
一仕事終えた“私”に、母は笑顔で言った。
「なんだか近頃、すっごくお手伝いするようになってくれて」
「ほんと、良い子になったわねえ」
クリスマスに向けて“よいこ試験”を行います ぴのこ @sinsekai0219
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