ある平凡な男の一生

仲津麻子

ある平凡な男の一生

 能力に合った教育を、能力に見合った環境で無理のない人生を。はじめはそんなスローガンのシステムだった。


 人間は頭脳も身体能力も個々で違う。それを一緒にして平均値で育てるのは無理がある。無理をさせると苦痛が伴う。能力の高い者は物足りなさを感じるし、低い者は理解が及ばない。能力に合わせてそれぞれにあった環境を用意することが平等というものだ。


 そう提言したのは誰だったのか。今から半世紀以上前、21世紀末のこと。それを是とした国際組織がはじめたシステムがやがて世界に定着した。


 生まれた直後の能力判定試験は、各病院に配置されているスキャナーに赤子を通すだけだ。

 一分ほどの短時間で、遺伝子レベルでスキャンされ、その能力値が数値で表示される。さらに環境による揺れや将来の期待値も含めた伸び率も加算された上で能力ランクが決定する。


 能力は文系と体系の2種類あり、ランクは上位からS・A・B・C・D・E・Fの7段階。両親から離されて、それぞれのランクの居住区で能力に見合った環境で教育が施される。


 居住区は俗にSとAが天才地区、BからDは凡才地区、EとFは劣等地区などと揶揄されていた。こういう言葉が使われていても、それで平等と言えるのだろうか。疑問をもった者がいなかったわけではない。だか少数の意見は受け流された。


 人間は生まれてからたった一分で、その立ち位置が決まってしまう。そんな時代になっていた。


 ナミオはランクD居住区に住む会社員。普通教育を受けて十八歳の時に二回目の能力判定試験を受けた。

スキャナーで全身を探られ、筋肉や脳の発達状態なども調査された。加えてDランク相当のペーパーテスト。日頃の生活態度も加味された。


 結果、ナミオは文系Dランクと判定され、居住区内の小さな会社に割り当てられて就職した。

 Cランクの上司に仕え、さほど興味の無い分野の面白みのない仕事を任されるも、別の道を目指す当てもなく、無難にこなす日々。能力相当の仕事なので苦労はなく、むしろ気楽でもあった。


 何人かは友人もできた。同ランク同志なので共通点も多くつきあいやすかった。たまに会って食事をするのもいい気晴らしになった。


 二十一歳で、同じ居住区に住む女性と見合い結婚。気配りのいい優しい女で、共働きながら楽しいわが家。二男一女に恵まれたが子供との同居は適わなかった。


 三八歳の時、三回目の能力判定試験。二回目と同様の試験だったが、真面目に仕事したせいか、Cランク居住区に移転して係長に昇進した。しかしそのためDランクの妻とは別居することになってしまった。


 子供の教育費を支払い、妻へも多少仕送りすることになって、昇進して収入は増えたはずなのに、家計は苦しくなった。

 食費を切り詰め、衣料費を切り詰め、遊ぶ余裕もないひとり暮らし。半年もすると灯りのついてない家に帰宅するのにも慣れた。


 そして七十歳で定年退職。もう能力判定試験を受けなくても良くなった。

 能力ランクから解放されて、これで妻と同居できるかと期待したのだが、残念ながらランク違いの同居は認められなかった。


 いつの間にか妻には親しいパートナーが寄り添っていて、知人に嘆いたら、『今の時代ランク違いの夫婦にはよくあることだ』と諭され、渋々離婚した。


 お前も自由に相手をみつければいい、そう言われたものの、平凡なナミオに新たな出会いがあるわけもなく、自ら動いて探す気力もなかった。 お一人様も気楽で良い、そうに言い聞かせながら年を重ねた。


 ナミオは生まれた時から能力判定試験の結果が示すままに、素直に従って生きてきた。だが、いざそれから解放されてみると、どうしていいのかわからなかった。

個人の趣味でさえ能力ランクで制限される。何に興味があって何が好きなのか、何がやりたいのか、まったく思い浮かばなかった。


 さらに二十年、無為に年を重ねて、ナミオはようやく最期の時を迎えた。

 心がちぎれそうな悲しみに遭うことはなかった。だが心躍るよう楽しさも感じることはなかった。大きな苦しみもなかった代わりに、大きな喜びもなかった。


 可もなく不可もなく平凡な人生。これで良かったのか、わからなかった。

 これで満足に生きたと言えるのだろうか、ナミオは最期の最期になって疑問を感じたが、しかしすべてが遅かった。


 できうるなら次は、能力判定試験など無い世界に生まれたいものだ。

 ナミオは薄れゆく意識のなかで、そんなことを考えた。


(終)

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