第三話 守りたかったもの

 樹海の深層域に入ってすぐの場所。

 病気の母のため、カイトが欲していたモノがある場所までたどり着いた。


「ほら、アデルの実だ」


 所々が歪に捻じれた高い樹の上方。

 異様に長い枝の先に、拳より一回り小さいぐらいの薄い緑色の実が成っている。


「あれで母さんが……」


 無事に見つかったことにほっとするように、胸をなでおろすカイト。

 引き寄せられるように、ふらりと一歩前に出ようとした彼を、ルミナは手で制した。


「私が取ってくる」


 そう言ってルミナは跳躍して実の高さまで体を浮かせた。曲刀を振るって枝から切り落とし、実が落下を始める前に左手で掴んで着地する。


「わ、すごい」


 ほら、と実をカイトに放る。

 慌てて受け取った少年は、少し遅れて喜びが来たのか、


「うわぁ! ありがとうございます!」


 と顔を輝かせながら、何度もルミナに向かって頭を下げた。


「これで母も――」

「待て」


 カイトを遮って、スンとにおいを嗅ぐ。


 ――近い。


 徐々に近づいていることは気が付いていたが、想定よりも早い接触となった。


「悪いが喜ぶのは、あいつを倒してからだ」


 纏っていた外套マントを脱ぎ、背嚢リュックを下ろして左腰の曲刀を抜く。

 ルミナの視線の先、木々の奥からそいつは姿を現した。


 顔面に大きな一つ目を貼り付けた人に近い形をした、だが背も手足の太さもルミナの倍ほどはある巨大な獣。

 それは、彼女が今回深層域を目指していた理由――ゴーゾルと呼ばれる魔獣だった。


 ルミナの目当ては強力な魔法の触媒として使われるこの魔獣の目だ。

 普段はもう少し深層域の先に生息しているハズ。何故、こんな浅い所まで来たのか。その理由は謎だが、あちらから来てくれるとはありがたい。


「お前は下がってろ」

「わ、わかりました!」


 肩越しに少年が頷いたことを確認してから、ルミナは魔獣を見た。


「さて――」


 ゴーゾルのような大型の魔獣は、本来はベテランでもパーティーで挑む。

 ルミナは単独ソロで討伐したこともあるが、それも二回だけ。

 低層で出会った狼とは違う。

 気を抜けばすぐに命を失う相手。

 慎重に立ち回らなければならない。


(……なんだ?)


 そのゴーゾルは息が荒く、体を小刻みに揺らしており、落ち着きがないようだった。

 こんな所まで来たことと何か関係があるのかもしれない。

 いずれにせよ、つけ入る隙になるだろう。


 そう判断し、ルミナは行動を開始した。

 右足に力を込めて大地を蹴り、一歩でゴーゾルに肉薄した。

 右から左へと曲刀を振る。

 狙いは丸太のように太いゴーゾルの右足。


 しかし刃が足に届くより前に、上から拳が振ってきた。

 攻撃を中断し、勢いを殺さずにそのまま左にステップして回避する。

 ゴーゾルは巨体故に、自身の体が死角になりやすい。

 地を這うような低さでゴーゾルの右後方に回り込んだルミナは、再度足を狙おうとし、


「――――っ」


 先ほど振り下ろされた右腕による薙ぎ払いが彼女を襲った。

 とっさに後方に跳躍してギリギリのところで回避する。


(今のは危なかった)


 胸元を指先がかすり、ヒヤリとしたものを感じた。

 着地し、曲刀を構えなおす。


 ゴーゾルは追撃せずに、こちらを眺めていた。

 観察されている。

 ゴーゾルは巨体に加え、高い知能を持っていることが討伐の難易度が高い理由だ。


 だが、ルミナはその知能を利用することにした。

 今度はペースを変え、左右にステップを踏みながらゴーゾルに迫った。

 体勢を低く保ち、再び右足を狙って曲刀を振るう。

 執拗に足元を狙う彼女を嫌がり、ゴーゾルが一歩右足を引こうとする。

 その瞬間、曲刀の軌道を変えた。

 這うような姿勢から一気に跳躍し、上方にある左腕を狙う。


「はぁ――っ!」


 気合と共に一閃し、切り落とした。

 血しぶきが舞い、左腕がドサリと落ちる。


『ガァアァァアアッ!』


 ゴーゾルが悲鳴を上げる。

 魔獣はこの程度では倒せない。

 だが、出血はひどい。左腕も削った。

 倒せる。

 ルミナがそう思った直後、ゴーゾルは予想だにしない行動に出た。


 地面の左腕を残された右腕で掴み――、


「っ――!?」


 投げた。

 ルミナではなく、カイトを狙って。


「避けろ!」


 叫ぶ。

 カイトの体はルミナの声に反応して、横に跳んだ。

 少年は辛くも避けた。

 そこまでを見届け「良かった」と安心し、


「しまっ――」


 致命的な隙が生じたことに気が付いた。


 ルミナの体に影が落ちている。

 それは接近していたゴーゾルのモノであり、


 ゴーゾルの拳が、ルミナの体に叩きつけられた。


「――ッ!」

「ルミナさん!」


 全身を襲った衝撃。

 数度バウンドした後、背中に地面から落ち、一瞬息が出来なくなる。

 遅れて痛みがきた。


「ガ、ハッ――」


 痛い。

 全身の力が入らない。


「ルミナさん! ルミナさん!」


 カイトが駆け寄って来た。

 渡してあった回復薬ポーションをルミナの体にかける。

 でも、それでは足りない。


 カイトの体の向こう側に、ゆっくりと近づいてくるゴーゾルの姿を見た。


「に、げ……」


 ろ、と言おうとした時、少年が立ち上がった。


「な、にを」


 少年はルミナに背を向け、彼女を庇うように両手を広げた。


「僕が、囮になります」


 声は震えている。


「バカ、が」


 足も、腕もガタガタと震えていた。


「囮にするって言ったじゃないですか」


 それでも、肩越しに振り返った少年の顔は笑っていた。


「――ッ!」


 そんな事に意味はない。

 カイトが殺された後、自分が殺されるだけ。

 なんてバカみたいに甘い少年なのだろうか。

 文句を言いたくなる。


 そんな笑顔を見せられたら、寝てるなんて出来ないじゃないかと。


 力が入らない四肢を懸命に動かして、体を起こす。

 フラフラと立ち上がり、


「……下がってろ」


 少年の肩に手を置いて、後ろに追いやった。


「でも」


 体は痛い。

 動くことを拒否している。

 それでも、守らなければならないと思った。


 だから――、


「……大丈夫だから」



 抑えていた力を解放した。



 ルミナの体が盛り上がる。

 着ていた衣服がビリビリと破れていく。

 手足や胴が伸び、顔も変化し、口からは大きな牙が生え、両手足からは鋭い爪が伸びる。

 そして全身は銀色に煌めく毛で覆われていった。



 体が獣のカタチに変わる。



「うわぁ――」


 カイトから驚きの声が漏れた。


 煌めく銀の毛皮を纏ったの巨大な狼。

 ずっと封じていた、ルミナの本来の力。


 かつて仲間に「まるで魔獣のよう」と蔑まれた姿に、彼女はなった。


 この姿を見たらカイトでさえ、怯えることだろう。

 やはり人ではなかったのかと、罵られるだろうか。

 だが少年は、



「綺麗」



 呆けたように、そう言うのだった。


(――――ああ、こいつはホントに)


 バカなんだな、とルミナは思う。

 こんな姿を「綺麗」などと、美的センスが狂ってる。

 だが、同時にルミナは自分の心に僅かな変化が生まれた事を感じていた。

 不快ではない不思議な感覚に戸惑いを覚え、しかしそんな場合ではないと気持ちを切り替える。


 ゴーゾルに視線をやる。

 魔獣は姿の変化したルミナに警戒し、じりじりと後退しようとしていた。

 

 だがもう遅い。

 く、と少しだけ身を沈め、四つ足で地面を蹴った。

 その速さは人型であった時の比ではない。


 その速度は音さえも置き去りにし――、


 ゴーゾルがルミナを知覚するよりも早く、その首を嚙みちぎった。


 口の中に血が広がる。

 ゴーゾルの巨体がぐらりと揺れた後、倒れた。


(まっず……)


 臭みのある酷い味にたまらず血を吐き出す。

 そこに、そろそろとカイトが近づいてきた。


「ルミナ、さん?」

『……なんだ?』

「いえ、すごいな、と思って。姿が変わっても声、おんなじなんですね」


 おおー、と声を出す少年に、どこに驚いているんだと冷ややかな視線を送る。


(さて……)


 予想外の事は起きたが、ゴーゾルの目玉を回収してさっさと帰ろう。

 そう思い、ルミナが銀狼への変身を解こうとした時――、


 ズン、と大地が震えた。


「――――!!」


 何かが来る。

 ゴーゾルが来た樹海のさらに奥から、何か巨大なモノが。

 濃厚な死の匂い。

 悪寒に全身の毛が逆立つ。

 ゴーゾルが霞むほどの存在が近づいてきている。

 逃げないと。

 一刻も早くこの場から。


『乗れ! 早く!!』

「え!? え? いいんですか」


 よくはない、人を――ましてや人間族ヒューマンを背に乗せるなど。

 だが今は――、


『いいから、乗れ!』

「は、はい!」


 早く、とカイトを急かし、少年が体に乗った直後ルミナは駆けだした。


(急げ! 急げ!)


 いち早くこの場から逃れるため。

 あらん限りの力を振り絞って走った。


 だが必死になるルミナをよそに、少年は彼女にしがみつきながら、


「うわっ、ふわふわ」


 などと呑気にのたまうのだった。


(ああ、もうホントに)


 コイツは頭がおかしいのかもしれない。

 少年の行く末を少しだけ案じながら、ルミナは走り続けた。




◇◆◇◆◇




 死に物狂いで走った結果、行きは五日かけた工程を半日もかけずに駆け抜け、夜のうちに街に戻ってくることができた。

 街の入り口でカイトとは別れ、その日は寝床で死んだように眠りこんだ。


 そして翌朝、祭りの当日。


 ルミナは依頼失敗と異常を報告するため冒険者ギルドに向かった。

 職員に一通り説明し、外に出てきたところで、


「おはようございます! ルミナさん!」


 カイトに出会った。


「何故ここにいる?」

「昨日のお礼がしたくて」

「母親はどうした」

「今は薬を飲んで眠っています。ルミナさんの事を話したらお礼にいくようにって」

「……いらないよ」

「そんな、何でもするって言ったじゃないですかっ!」


 そう言って、「お願いしますっ!」とカイトは勢いよく頭を下げた。


(なんでも、ねぇ……)


 妙なやり取りに視線が集まってくる。

 断ってもやはりこの少年はついてきてしまうのだろうか。

 ――ならばもう、仕方ないのかもしれない。


「……じゃあ、荷物持ちでもしてくれるか?」

「はいっ!」


 満面の笑みで応える少年。


「ふ――」


 何がそんなに嬉しいのかと、ルミナは思わず口元が緩んだ。


「あ、ルミナさん今笑いました?」

「気のせいだ。ほら、置いてくぞ」

「あ、待ってください!」


(……やれやれ)


 まあ、今日ぐらいはいいか、とルミナはカイトとともに、祭りの会場に向けて歩き始めた。




――――完



――

あとがき


読んでいただきありがとうございます!

いかがだったでしょうか。

面白いと思ったら★でのご評価をいただけると嬉しいです。


同じ世界を舞台とした長編「それは繰り返される物語」を連載中です。

登場人物、視点は異なります。

第二章は今回の舞台となった樹海にまつわるお話です。


https://kakuyomu.jp/works/16818093081032467069


こちらも是非、お読みください!

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最強ケモミミ冒険者のお姉さんは仕方なく少年をつれていくことにしました 久元はじめ @hemobemo

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