第二話 お姉さんのこと

 出会いから五日後、少年――カイトとルミナは樹海の中層域をゆっくりとしたペースで進んでいた。

 

 木々が鬱蒼とし、斜面が多い樹海の中では平地より歩みは遅くなる。加えて、魔獣との接触を避けるために大きな迂回を繰り返していること、体力のない駆け出しルーキーを連れていることが原因だった。

 樹海近くの街では明日から祭りが開催される予定になっており、当初ルミナはそれに間に合うように日程を考えていたのだが、このままいけば街に戻れるのは祭りの後だろう。

 

 密かに祭りを楽しみにしていたルミナは日に日に気持ちが沈んでいっている。一方遅延の原因はといえば――、


「ルミナさん、ルミナさん!」


 元気よくルミナに話かけてきていた。


「そろそろ深層域につきますか?」

「そうだな、あともう少しだ」


 ルミナは対照的に表情もトーンも一切変えずに淡々と返す。

 それでもカイトは、相変わらず大きな目をキラキラとさせながら、ニコニコと楽しそうに笑っているのだった。


(何がそんなに楽しいのかね……)


 カイトはルミナと行動を開始してから五日間ずっとこの調子だった。

 歩く以外にすることがないからなのか、よくそんな喋っていられるなと感心するぐらい、彼はずっとルミナに話しかけてくる。

 やれ好きな食べ物は何だ、趣味は何だ、などの他愛もない話から始まり、聞いてもいないのに自分の事についてもあれやこれやと話し続ける始末。

 

 おかげでルミナはカイトの事について、色々な事を知ってしまった。

 年は十四で好きな食べ物はホーンラビットの串焼き。

 冒険者だった父に憧れており、少し前にギルド登録はしていたものの、冒険にでる踏ん切りはつかず、今回初めて樹海に入ったらしい。

 母と妹の三人暮らしで、病気の母は優しく、妹はしっかり者。兄としての威厳が保てないのが悩みなのだとか。


(兄、ね……)


 家族の事を話すカイトの顔はとても楽しそうだった。仲が良く、温かい家庭なのが伺える。


 そして、当たり障りのない話題は消費しつくされ、内容は次第に踏み込んだものになっていた。


「ルミナさんって、どうして一人で活動してるんですか?」


 冒険者は通常、複数人でパーティーを組んで仕事をする。それぞれ得意分野の異なる者が集まり、お互いを補い合って生存率を高めるものだ。

 単独ソロでは夜営さえ満足にできない。日帰りの範囲で活動する駆け出しルーキーならともかく、樹海の奥深くに入っていく熟練ベテランの冒険者で単独ソロで活動しているのは、ルミナの知る限り彼女だけだった。


「……」


 パキ、と踏み砕いた小枝が鳴る。

 何故単独ソロなのか。

 その理由は人に話すような内容ではないのだが、


(まぁ、いいか。こいつなら)


 どうせ街に戻ればもう会うことも無いだろうと、ルミナは簡単に話ことにした。


「昔ちょっとあったんだ」


 久しぶりに、過去の事を思い出す。


「前は私にも、一緒に組んでたやつらがいた。まあ、いいやつらだったよ」


 人間族ヒューマンが三人に、猫種の獣人族が一人、そしてルミナ。

 彼らは冒険者にしてはまともな性根をしており、大きないざこざもなく冒険は順調だった。

 ルミナ自身、あの日々は楽しかったと思う。


「だがある時……、何と言うか……、ちょっとしたことがあってな」


 パーティーである洞窟に赴いていた時のことだ。

 その洞窟には何度か潜ったことがあった。だからそれはいつもと同じ冒険のはずだった。

 だが、その日は運が悪かった。

 一人が足を滑らせ滑落してしまった。落ちた高さは大したことは無かった。

 運が悪かったのは、落ちた先が魔獣の巣だったこと。

 

 危ないと思った。助けなきゃと思った。

 ルミナは守ろうとした。


『な、なんだ、それは……』


 守ろうとしたのだ。仲間を、必死で。


『化け物! 来ないで!!』

『俺たちを、騙していたのか!』


 結果守れたが、拒絶されることになった。


「あいつらは……、私から離れていったんだ」


 ルミナの姿を見た時の、人間族ヒューマンたちの恐怖と憤怒が入り混じった顔が今でも頭を離れない。

 唯一、獣人族だけは取りなそうとしてくれたが、それでも彼らとの関係を修復することはできなかった。


「それから一人さ」


 やはり人に話すものじゃないなと首を横に振り、ルミナは話を終わらせることにした。

 想像以上に重い話に驚いたのか、それまでうるさかったカイトが何も言えないでいる。

 数秒の沈黙の後、少年から怒りを孕んだ声が漏れた。


「……僕なら、絶対離れません」


 振り返るとカイトは立ち止まり、まるで自分の事のように唇を噛みしめ、拳を握りしめていた。


「だって、ルミナさん、僕をここまで連れてきてくれて、すごく優しいじゃないですか」

「――――」


 悔しいと、全身で表す少年。

 その姿に「何でお前が泣きそうになってるんだ」と呆れ、けれど少しだけ、ルミナの心は軽くなった気がした。


「ふんっ、甘っちょろい事いってんじゃないよ。囮に使えそうだと思っただけさ」

「嘘ですよね?」

「さあな」


 もう話は終わりと、カイトを無視して樹海の奥へと歩みを進める。

 置き去りの形になった少年はポツリと、


「こんなに優しくて、綺麗なのに……」


 小さな声で呟いた。


「……」


 距離が離れたことで聞かれないとでも思ったのだろうか。

 生憎、聴覚も人間族ヒューマンより優れているルミナには、その声がハッキリと届いてしまっていた。


(何言ってるんだろうね……)


 倍近く年が離れている女性に対して「綺麗」と思うなんて、コイツは大丈夫なのだろうか。

 軽く心配になってしまうところだが、ルミナは「まぁどうでもいいか」と思考を打ち切る事にした。

 聞こえないふりをしたまま、どんどん奥へと歩いていく。


「あ、待ってください!」


 慌ててついてきた少年を引き連れて樹海を歩き続ける。

 そうして、しばらく歩いたところで、


「おい、着いたぞ」


 二人は目的の場所に到達した。

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