ケモミミ冒険者のお姉さんは仕方なく少年をつれていくことにしました

久元はじめ

第一話 お姉さんと少年の出会い

「断るべきだったか……」


 熟練ベテラン冒険者――ルミナ・セシリアスは目の前の光景を見て、ため息交じりにぼやいた。


「う、うわ……! このっ」


 凛々しい印象を与える切れ長の目と、対照的な銀色に輝く可愛らしい三角の犬耳とふわふわの尻尾を持つ半獣人である彼女の前で、人間族ヒューマンの少年が一匹の兎と格闘していた。

 兎は普通の獣ではなく、額に角が生えたホーンラビットという魔獣――魔に染まった獣――の一種だが、その強さは最低レベルだ。

 いかに彼がまだ幼さの残る年頃だとしても、手こずるような相手ではないはず。


「このっ、当たれ!」


 だが少年は左手に付けた木の盾の存在を忘れ、右手の短剣を乱暴に振り回すだけ。


「わ、痛っ!」


 ついには木の根に足を取られ、転んでしまう。

 冒険者としての力量を見るために一人で戦わせてみたが、どうやら彼には見込みが一切無いらしい。


「まったく、本当に……」


 断ればよかったと、と目の前の戦いとも言えない児戯を眺めながら、ルミナは少年との出会いを思い出していた。




◇◆◇◆◇




「ん……?」


 ガノガンダ樹海の中を歩いている途中、ルミナの鋭い嗅覚が異変を捉えた。

 微かに香るのは人の血の匂い。

 その特徴から人間族ヒューマンの年若い男だろう。

 さほど遠くない場所で、何者かが血を流しているらしい。

 そして混じっているのは魔獣の臭い。


(さて……、どうしようかねぇ)


 立ち止まり、少しの間考える。

 今いる場所は魔獣がさほど強くない樹海の浅い場所。そんな所で年若い者が血を流しているとくれば、十中八九駆け出しルーキーの冒険者だろう。

 誰が傷ついていようが、所詮他人事。首を突っ込みたくはないし、突っ込む義理も無い。

 ましてや人間族ヒューマン

 

 冒険者なら死を覚悟して樹海に入るべし。


 そんな当たり前、例え駆け出しルーキーだって理解しているだろう。

 

 だが――、


(……仕方ないか)


 熟練ベテランならともかく、駆け出しルーキーならば助けに行かなければならない。

 駆け出しルーキーは失敗をするもの。

 過去自分がそうであったように、駆け出しルーキーの危機は出来る限り手助けする。そんな不文律が冒険者たちの間にはあった。

 気が付かなかったフリをすることは簡単だが、もし駆け出しルーキーを見捨てたと知れたら、他の冒険者たちとの関係が悪くなる。

 だから――不本意だが――助けに行かなければならない。

 そう自身を納得させ、ルミナは駆けだした。


 匂いを頼りに樹海を走っていると、程なくして目的の人物を発見した。

 そこにいたのは、血の情報が示した通り、十五にも満たない幼さが残る少年。


「く、来るな!」


 恐怖の色を顔に浮かべた彼は、木の幹を背にして座り込み、左腕から血を流していた。

 反対側の腕には短剣が握られており、彼を取り囲んでいる魔獣を近寄らせまいとデタラメに振り回している。


 ルミナはそのまま飛び出すことはせず、木の影に隠れて状況を伺った。


(チッ、狼か)


 彼を取り囲んでいるのは三体の狼型の魔獣――オッドウルフだ。

 特別脅威ではないが、個人的な理由からできれば避けたい相手。

 ただでさえ厄介ごとなのに、狼型とは今日は余程ツイてないらしい。


 オッドウルフたちは低い唸り声を上げながら、少年へとにじり寄っていた。

 少年の振り回す短剣などまともに当たるとは思えず、彼がこの後食い殺される姿が容易に想像できる。

 興奮してるのか、普段は感覚の鋭い狼たちが、こちらに気が付いている様子はない。


「ふっ――――」


 ならば不意打ちで終わらせると、ルミナは木の影から飛び出した。

 左腰の曲刀を抜きながら一気に距離を詰める。

 未だルミナの存在に気が付いていない真ん中の一匹の首を落とし、翻した一撃を右隣の狼に振るった。


 キャン、と甲高い声を出して、腹を切り裂かれる狼。

 飛び散る黒々とした血。

 そこでようやく、最後の一匹が仲間の異変に気が付いた。

 しかし、ルミナに立ち向かう事はせず、明後日の方向に身を翻す。


(いい判断だ)


 獣特有の生存本能故だろう。

 勝てない相手からは逃げる。

 生物として正しい行い。


 だが、熟練ベテランの冒険者相手には無駄だった。


「シッ!」


 既に数歩を駆けていた狼に、ただの一歩で追いつく。

 そして、狼の頭上から得物振り落とした。


「――ふぅ」


 首が地面に落ちると同時、ルミナは絞っていた空気を吐き出した。

 スン、と周囲の匂いを嗅いで他に警戒すべき生物がいない事を確認してから、曲刀を鞘に戻す。


「あ、ありがとうございます!」


 そこで、オッドウルフに襲われていた少年が、大きな声で礼を言ってきた。

 黄金色の髪の少年は、緑色の瞳の目がくりりと大きく、人によっては少女と誤解しそうな愛らしい顔立ちの持ち主だった。そのまま成長すれば、さぞ美青年に育つことだろう。

 その彼が、何故かキラキラと目を輝かせてルミナに熱い視線を送ってきていた。


「冒険者の義務だ。それより、声を抑えろ」


 努めて低い声を出して、少年に警告する。


「す、すみません」


 少年が怒られた子犬のようにしゅん、と身を縮こませた。

 樹海で大声を出すのはご法度だ。音を聞きつけた魔獣に狙われる危険がある。

 そんな当たり前すら守れないという事は、少年はやはり――いや、ルミナが思っていたよりもより経験の浅い駆け出しルーキーなのだろう。


 全身を観察してみたが、怪我は腕しかないようだ。

 それならこれで十分かと、背嚢リュックから安物の瓶入り回復薬ポーションを取り出し、少年に向かって放り投げた。


「これで傷を治して帰れ」

「わ、わっ!」


 受け取るところを見る事もせず、ルミナは「じゃあ」と踵を返し、

 

「待ってください!!」


 大声で呼び止められた。


「だから、大きな声を出すなと――」


 振り返って、少年を諫めようとしたルミナの言葉が止まる。

 そこには、彼女に向かって深く頭を下げている少年の姿があった。


「どうした? 助けた礼なら――」

「お願いがあります。俺を、樹海の深層域まで連れて行ってくれませんか?」

「は?」


 訳が分からない事を言う少年に、ルミナは固まってしまう。


(深層域? こいつが?)


 樹海の奥深く――深層域は強力な魔獣たちの住みかだ。

 駆け出しルーキーなど踏み入れた瞬間、いや、間の中層域を超える事だって出来ないだろう。

 つまりそれは、自殺しに行くと言っているようなものだった。


「深層域にある、アデルの実が必要なんです。母が病気で……」


(アデルの実……。確か肺の病気に効くんだったか)


 街で薬屋を営んでる同じ半獣人の知り合いが、死に至る病に効果があるのだと、そんなことを言っていた気がする。

 その実が深層域にあるのも事実だ。ルミナも依頼を受けて取りに行ったことがある。深層域でしか手に入らない事もあり、希少な実らしく結構な額の報酬を得た記憶もある。

 母親の病気を治すため、危険を承知で樹海に入り、そしてオッドウルフたちに絡まれてしまった。

 少年の置かれている状況はそんなものだろう。


「ダメだ」

「お願いします! 何でもします!!」


(いや、何でもって……)


 理解は出来た、だがそれでも連れていく事は出来ない。


「アデルの実なら、ギルドに依頼を出せ」

「……行ってみたんですが、報酬を出せるだけのお金が無くて、他の冒険者の方にも連れて行って欲しいとお願いをしてみたんですが、断られて。それで……」


 一人で来たんです、と少年は言う。


「お前の事情など知らん。帰れ」

「お願いします。お願いします」


 冷たくあしらうルミナに対し、少年は何度も頭を下げた。

 いくら頭を下げられたからと言って、普通であれば承諾できる内容ではない。

 ないのだが――


(こいつは私が断ったら一人で行くのか? そうしたら私が見捨てたことになるのか?)


 ここまで一人で来たということは、この少年はルミナが断ったところで一人で行く覚悟があるのだろう。


(よりによってアデルの実か……)


 そして、ちょうど深層域に用がある事もルミナの心を苛んだ。

 全く関わりのない場所に行くならともかく、同じ場所に行くなら連れていけないことはない。

 自分の嗅覚で魔獣を避ければ、一緒にいく事もできるだろう。

 この少年の死に自分が僅かでも関わってしまうのかと思うと、流石に寝覚めが悪い。


(仕方ない。仕方ないな……)


 不運にも噛み合ってしまった状況に苛立ち、自分を無理やり納得させるため、ルミナは大きくため息を吐いた。


「……ついてくるなら勝手にしろ」


 絞り出すように、小さな声で少年に伝える。


「ありがとうございますっ!」


 勢いよく顔を上げ、ぱぁ、とその可愛らしい顔を輝かせる少年に、ルミナは眉間にしわを寄せた。

 もう大声を出すなと、言う気にもなれない。

 背嚢リュックから予備の外套マントを引っ張り出し、樹海を行くには不十分な格好の彼に渡しながら尋ねる。


「お前、名前は」

「カイト・シュトルデといいます。あの、お姉さんは……」

「ルミナ・セシリアスだ。まあ、短い間だが、よろしく」

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