CROSS INTERSECTION

釣ール

自分や相手をとじこめる理想を食いやぶれ!

 書店で流行はやってる物語なら、二○二四年十月二十三日はさぞハッピーな日だっただろう。


 私にとってはアンハッピーバースデーでしかない。


 別に死にたいわけじゃないけど、就活しゅうかつやらなんやらが終わってあとは死ぬまではたらくだけの生活なんてよほど安全が保証ほしょうされていないと希望なんてもてなかった。


 精神科にも通いながら周りのうわついた…たとえば配信で収益しゅうえきを得たとか才能が評価されたとか、おおよそ多様性たようせいなんてまったく関係のないよくある話がとくに自慢話じまんばなしってわけでもないのに私をしてくる。


 彼氏ともとっくにわかれて、だいたいの経験を終わらせた後に待ち受ける私になにが待ち受けるのか。


 雪柏ゆきなでと名付けられた私は昔『ゆきおんなだ』とからかわれたあの日を忘れないまま新天地しんてんちで仕事を見つけて精神科へいくのもやめ、ひとりで生きていくことを決めたのだ。


 それでも自分にはできることがあまりにも少なかった。



 今日はどうしよう。





────戦いに生きた者は安息あんそくを考えざるを得なくて────



 くそっ。

 また負けた。


 怒りに身を任せてやつあたりしてみたらつい理性が働いて数人にボコられた。


 バカみたいだろ?

 自分から吹っかけておいて「これは良くないんじゃないか?」だなんて考えるとは。


 生きてていいことなんてもうないかもしれない事は自分が一番よくして知っているのに。


 試合で負けたくやしさ以外の感情がただ爆発寸前ばくはつすんぜんで結局消化不良しょうかふりょうで終わる。


 産まれてから今日までずっとそんな毎日だ。


「立て。」


 もう立ってんだよ!


「お前に言われなくても別に死んじゃいねえ。くっ。また余計な血が流れただけだ」


 強い口調とは裏腹に手を差し伸べてくれる彼の手をつかみ、さっきまでのストレスは忘れておく。


「またお前に助けられちまったな」


れいは適当なBLでいい」


「いつもお前はよく分からないジャンルを欲しがるな。この前はエロ漫画。その次は古いCD。今回はBLか。お前の強さといい、変な優しさといい何者だよ」


 同い年でケンカが強く、得体の知れない彼の趣味はあまり聞かない方がいいとは分かっていてもせっかくの友人なので大切にしようとは考えていた。


 右腕みぎうでのタトゥーがうずく。

 円安えんやすで海外へ気軽に行けなくて仕方なく適当な日本の店でほったからか痛みがまだ残っている。


「いくらお前の頼みとはいえ、BLを書店で買うのは現代でも勇気がいる。こんなことならインターネットであらかじめ買っておけばよかったな。お前の思考しこうを先読み出来れば試合に負けることもほぼないだろうし」


 お世辞せじと受け取っておくよ。

 そんな世の中上手くいかねえからこんな生活してるんだ。

 ケンカに負けてBLをお礼に買わないといけない。

 そんな現実。


 はあ。

 何が楽しくて生きていたっけ。

 もう忘れていた。







 他の人にBLを買ってもらおうとしていたがやめた。

 誰かにたのんでばかりじゃ仕方ない。

 たまには慣れない書店に行って何か面白そうな本があるか自分でも確認しよう。


 レンタルDVD店を冒険するくらいの趣味をガキの頃はあったのに。

 近年じゃ書店もおたかくまとまった本ばかりで帯に書いてある売りたい本音がすけて見えて嫌気がさす。


 たまたまあったBL本を手に取り、タトゥーを隠す木皆たちかはレジへ向かうと一人の女性とぶつかりかけた。



「す、すみません」


「いやこちらこそ。先どうぞ」


 木皆たちかのタトゥーが見えたのか怖がって逃げていく同い年くらいの若い女性を見て仕方ないとため息をついた。


 同じBLを持っていた。

 小説でも欲しがるんだ。

 漫画のBLを買うと思っていた。


 よけい買う気が失せる。

 それでもレジへ向かい木皆たちかは店員のたんたんとした対応に安心した。



 すっかり遊具ゆうぐのなくなった近くの公園でさっき買ったBLのあらすじだけ読んでしおりにはさもうとしたら誰かに声をかけられた。


 ってさっきの女性?


「すみません後をつけたような形になって。落ちてましたよ?」


 ふつうのハンカチとは違う目立つ柄。

 明らかに木皆たちかの物だった。


「ありがとうございます。よく分かりましたね」


偏見へんけんがあるとかではないのですがあなたなら持ってそうな柄でしたので」


 はっはっはっはっ。

 この女性はさっきすれ違っただけなのによく見ている。

 バレちまったか。

 そのうえ同じBL本買ってたしな。


 木皆たちかはハンカチを受け取り、女性に待ってもらってジュースを買った。

 好みが分からないからぶなんなジュースにした。


「え?そ、そこまでやらなくてもお気持ちだけでいいです」


「別に何かしたりしない。さっきあなたが買ったBL本かぶっちゃって恥ずかしいから口止めしたいだけ」


 なんだか不思議なえんだった。

 女性も少しだけ心を開いたのか一緒にしゃべることになった。


 彼女の名前は雪柏ゆきなで

 就活を終えて今の都会へ引越し、大学卒業を待つだけらしい。

 手際てぎわのいい同い年の女性に少し嫉妬しっとした。

 ケンカばかりの男には大学生やら社会人やら再興のステータスだと洗脳されているから。


 でも彼女は精神科に苦しめられ人間が嫌になっているらしい。

 救いはBL。

 もうじきBLも規制きせいとネタ切れによって消えていくらしいから今を楽しんでいるとか。


 木皆たちかはなぜBL本を買ったのか聞かれれ「友人の頼み」だからとウソは行ってなかった。


 二人は笑みがこぼれ、問題ばかり多い現代を自分たちなりに生きている今を生きていた。


 連絡を取ろうか話しているうちに迷っているとなんだか気はずかしくなってきた。


「簡単に連絡取らない方がいいな」


「うん。今日あっただけのイベントにしよう」


 さみしいやり取りに思われるかもしれない。

 でもそれでいい。


 たがいの生活を邪魔しないために。

 今手に持っているBL本のタイトルさえ忘れなければまた会えると信じて。


 BL本のタイトル名は「CROSS INTERSECTION」



【了】

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