パンプキン大王とサンタクロースの争（あらそ）い

十二月生まれのクリスティーナ師走（しわす）

「気分（きぶん）がいいわねー、黒髪（くろかみ）ハロウィン女（おんな）がいないと。何（なに）よ、パンプキン大王（だいおう）って。邪教（じゃきょう）？」

　現在（げんざい）は社会（しゃかい）の授業中（じゅぎょうちゅう）である。選択（せんたく）科目（かもく）が神楽（かぐら）能（の）愛（あ）と同（おな）じである金髪（きんぱつ）のクリスティーナ師走（しわす）は、隣（となり）の席（せき）のノアに神無月（かんなづき）西瓜（すいか）の悪口（わるくち）を言（い）っていた。割（わり）と大（おお）きな声（こえ）なのだが、教師（きょうし）は注意（ちゅうい）も叱（しっ）責（せき）もしない。クリスがアメリカで『サンタクロースから能力（のうりょく）を授（さず）かった』というのは周知（しゅうち）の事（じ）実（じつ）である。殺（ころ）されたくない、という理由（りゆう）で目（め）をそらすのを責（せ）めるのは酷（こく）であろう。

「ダメだよー、スイカちゃんの信仰（しんこう）を否定（ひてい）しちゃ。信教（しんきょう）は自由（じゆう）なんだからねー」

　ちっとも怖（こわ）くない口調（くちょう）で、神楽（かぐら）能（の）愛（あ）がクリスを叱（しか）る。ノアは十一月（じゅういちがつ）生（う）まれなので、十二月（じゅうにがつ）生（う）まれのクリスには、ちょっとお姉（ねえ）さんぶって接（せっ）することがあるのだった。

「そ、そう言（い）われると弱（よわ）いわね……私も、自分（じぶん）の信仰（しんこう）は否定（ひてい）されたくないし。でもパンプキン大王（だいおう）って神（かみ）さまなのかしら？」

「さぁー。それは知（し）らないけどー」

　スヌーピーの漫画（まんが）を描（か）いていた作者（さくしゃ）が、その昔（むかし）にパンプキン大王（だいおう）という設定（せってい）を作（つく）ったらしいのだが、そんなことを二人（ふたり）は知（し）らない。授業中（じゅぎょうちゅう）の私語（しご）があっても、スイカもノアもクリスも成績（せいせき）は良（よ）いので、教師（きょうし）は大（たい）した罪悪感（ざいあくかん）もなく彼女（かのじょ）たちを放置（ほうち）しているのである。

「でもね、うっとうしいのよスイカって。何（なに）かというと私の前（まえ）に立（た）ちはだかってくるような存（そん）在（ざい）でさ。ノアの幼馴染（おさななじみ）は私だけで良（よ）かったのに、スイカも絡（から）んでくるし。それで私が親（おや）の都合（つごう）で、アメリカに引（ひ）っ越（こ）してたのと同（おな）じ時期（じき）に、スイカもイギリスに引（ひ）っ越（こ）してたんでしょ？」

　クリスがノアに不満（ふまん）を述（の）べている。小学校（しょうがっこう）に入（はい）る前（まえ）、クリスティーナ師走（しわす）と神無月（かんなづき）西瓜（すいか）は同（どう）時（じ）期（き）に外国（がいこく）へと越（こ）していて、神楽（かぐら）能（の）愛（あ）が日本（にほん）に残（のこ）された形（かたち）となった。そしてクリスとスイカは互（たが）いのことを再会（さいかい）するまで忘（わす）れていたのである。二人（ふたり）が心（こころ）に留（と）めていたのはノアだけであった。

「そうだよー。私、クリスちゃんともスイカちゃんとも文通（ぶんつう）できて、楽（たの）しかったなー。てっきりクリスちゃんとスイカちゃんも、お手紙（てがみ）で遣（や）り取（と）りしてると思（おも）ってたんだけどー」

「冗談（じょうだん）じゃないわよ、あんなハロウィン至上（しじょう）主義者（しゅぎしゃ）と。もし覚（おぼ）えてたとしても手紙（てがみ）なんか出（だ）さなかったわ。何（なに）がスイカよ、名前（なまえ）もカボチャにすれば良（よ）かったのに」

　ぶつぶつとクリスが文句（もんく）を言（い）う。クリスが親（おや）と共（とも）に日本（にほん）へ戻（もど）ってきたのは高校（こうこう）に入（はい）る直前（ちょくぜん）で、それと同時期（どうじき）にスイカが日本（にほん）へ戻（もど）ってきて。そのクリスとスイカの再会（さいかい）は、最悪（さいあく）だったと言（い）っていい。何（なに）しろイギリスでは神無月（かんなづき）西瓜（すいか）がパンプキン大王（だいおう）に憑依（ひょうい）されて、アメリカではクリスティーナ師走（しわす）がサンタクロースから能力（のうりょく）を授（さず）かってからの帰国（きこく）である。ハロウィンとクリスマスの相性（あいしょう）は、決（けっ）して良（よ）いものではなかった。

「クリスちゃんも、スイカちゃんと同（おな）じで、夢（ゆめ）の中（なか）でサンタクロースに会（あ）ったんだよねー。それでサンタさんから、『クリスマスの素晴（すば）らしさを広（ひろ）めなさい』って言（い）われたんだっけー」

「ええ、名誉（めいよ）なことだと思（おも）ったわ。おかげで超能力（ちょうのうりょく）みたいなのも使（つか）えるようになってね。アメリカでは物騒（ぶっそう）な銃（じゅう）を持（も）った強盗（ごうとう）に遭（あ）ったんだけど、眼力（がんりき）だけで動（うご）けなくすることができたわ。まあスイカも、私と同（おな）じことができるみたいで、それで日本（にほん）に帰（かえ）ってきた私を敵視（てきし）してくるんだから腹（はら）が立（た）つわよ」

「でも私は嬉（うれ）しかったよー。スイカちゃんとクリスちゃんが日本（にほん）に帰（かえ）ってきて、私と一緒（いっしょ）に高（こう）校（こう）へ通（かよ）えそうだって、文通（ぶんつう）で知（し）ったときはさー。これからも三人（さんにん）で仲良（なかよ）くできるんだー、って」

「……不思議（ふしぎ）よね。ノアと一緒（いっしょ）だと、とても穏（おだ）やかな気持（きも）ちになるわ。私とスイカが喧嘩（けんか）すると、少（すく）なからず周囲（しゅうい）に被害（ひがい）が出（で）かねないんだけど、貴女（あなた）が間（あいだ）に入（はい）って仲裁（ちゅうさい）してくれるおかげで助（たす）かってるし。ねぇ、私とスイカのことが怖（こわ）くはないの？　他（ほか）の子（こ）は遠巻（とおま）きに見（み）てくるだけで、関（かか）わろうとしてこないのに」

　神無月（かんなづき）西瓜（すいか）とクリスティーナ師走（しわす）が本気（ほんき）で喧嘩（けんか）をすると、空間（くうかん）が揺（ゆ）れる。二人（ふたり）の守護（しゅご）霊（れい）だか何（なん）だかがパワーをぶつけあっているのか、地震（じしん）のような現象（げんしょう）が起（お）こるのだ。その際（さい）の震源地（しんげんち）は空（・）中（・）であり、この現象（げんしょう）を観測（かんそく）した気象庁（きしょうちょう）は二人（ふたり）の少女（しょうじょ）を『特殊（とくしゅ）災害（さいがい）』として扱（あつか）っている。

　放置（ほうち）しておくと危（あぶ）ないのだが、今（いま）は街中（まちなか）にクマが出現（しゅつげん）しても、射殺（しゃさつ）をすれば市民（しみん）から非難（ひなん）されかねない時代（じだい）である。花（はな）の女子（じょし）高生（こうせい）を手荒（てあら）に扱（あつか）って非難（ひなん）されるような事態（じたい）は、政府（せいふ）も警察（けいさつ）も避（さ）けたいのであった。なので二人（ふたり）の争（あらそ）いを止（と）められる存在（そんざい）は神楽（かぐら）能（の）愛（あ）くらいであり、そして女（じょ）子（し）校（こう）の中（なか）では大勢（おおぜい）のファンから遠巻（とおま）きに三人（さんにん）は眺（なが）められて、毎月（まいつき）の同人誌（どうじんし）が出回（でまわ）っているという日常（にちじょう）が続（つづ）いている。

「怖（こわ）くないよー。私、クリスちゃんとスイカちゃんの間（あいだ）にいても何（なん）ともないしー。昔（むかし）から私、ケガってしたことないんだよねー。これからも大丈夫（だいじょうぶ）だよー」

　何（なん）の根拠（こんきょ）もない自信（じしん）と、慈愛（じあい）に満（み）ちた表情（ひょうじょう）で、ほんわかとノアが笑（わら）う。母親（ははおや）が幼児（ようじ）に向（む）ける笑顔（えがお）を彷彿（ほうふつ）とさせて、神無月（かんなづき）西瓜（すいか）もクリスティーナ師走（しわす）も、この表情（ひょうじょう）が昔（むかし）から大好（だいす）きなのだった。

「そ、そう……。じゃあ、これからも一緒（いっしょ）に、仲良（なかよ）くしてくれる？　傍（そば）にいてくれる？」

「もちろーん。クリスちゃんもスイカちゃんも大好（だいす）きだもーん。ずっと傍（そば）にいるよー」

　友情（ゆうじょう）と恋愛（れんあい）の違（ちが）いをノアは知（し）っているのか、そもそも区別（くべつ）をする気（き）があるのか。幼児（ようじ）のように純粋（じゅんすい）なノアと、その表情（ひょうじょう）を上気（じょうき）した目（め）で見（み）つめるクリスがいる。教（きょう）室（しつ）内（ない）では『ノアちゃん、可愛（かわい）い……』、『あたしはクリス・ノア派（は）だわ……』、『いいえ、時代（じだい）はスイカ・ノア派（は）よ……』と生徒（せいと）たちの呟（つぶや）きが漏（も）れて、ひたすらに教師（きょうし）は自分（じぶん）の身（み）の安全（あんぜん）だけを考（かんが）えて授業（じゅぎょう）は終（お）わった。