第3話 彼女との出会い。
「お怪我はありませんか⁉ ビオラ・カッツェ少佐!」
グリスの乗ったガルシアの戦艦が遠ざかっていくと、味方のトロイス帝国軍兵士が敬礼をして近寄ってくる。
「問題ない。あの程度のガキを相手に俺がやられることなどない。だが、急がねば奴はすぐに追いついてくる。スピードを上げよ」
「ハッ!」
敬礼して操縦室へと向かって行く兵士。
彼と入れ替わるようにしてモップを持ったツナギを着た男たちが甲板を拭いていく。
「……何をやっている?」
「は……何をと言うとモップ掛けですが?」
「それはわかっているが……今、そういう時間なのか?」
甲板の壁には時間がわかるように時計が壁に貼りつけられていた。剣と魔法のゲーム世界ではあるものの、魔法で動く戦艦なんてものを運用し、なおかつ何十万という軍隊をちゃんと管理して運用しているのだから、正確な時間というものは知る必要がある。
時計が指している時間は十五時三十四分。
そんな中途半端な時間なのでこれが定期的な掃除の作業だとは思えない。
「いえ。先ほどの戦闘で甲板が汚れましたので、それを取るのとガルシアの戦艦が激突してきたのでその影響が走行に致命的なものでないかの点検です。いつもやっていることでが……」
「そ、そうか。ご苦労。助かる」
そっか……ここが彼らにとっての現実なら、そういうことをするのは当たり前だよな。
俺の前の世界でのタンカーほどの大きさの戦艦が二隻ぶつかったのだ。本当なら走行に支障が出てもおかしくないし、それが致命的な事故にもつながりかねない。
それに戦闘で生じた焦げも一々とっておかないと、それを残して置いたせいで足を滑らせるなんていうつまらない事故で怪我をするかもしれない。
この世界で生きると言う事はそういう当たり前の作業をするということで、そんな考えたこともなかった。
「魔法で汚れが一瞬で取れれば、君たちにこんな苦労をかけないで済むんだがな」
「御言葉だけで充分です少佐」
この目の前の作業員の階級はわからない。戦艦に乗っているのだから一応軍人ではあるのだろうが、もしかしたらこういう掃除だけを任されている非戦闘員で、正規の訓練を受けていない人間なのかもしれない。
そんな彼でも敬礼し、俺に対して親しみと尊敬と恐れが混じったような笑みを向けてくれる。
「すまない。君の名前は?」
「は?」
「いつも苦労をかけている。ならばそんな人間の名前は覚えておかねば失礼というものだ」
「……ジョン・センター一等兵です」
「ジョン君。君の行為を当たり前だとは思わない。いつもありがとう」
「……こちらこそですッ! 少佐のような方が前に出て戦ってくれているからこそ、私たちの家族は本国で平和に食べて生きていけるのです!」
「うん」
俺は、あいつとは違う。
あのクソ主人公とは違い、ちゃんと周りの人間を敬い感謝することができる。
そう意識すると、ちょっと気分が高揚する。
そして「それではな」と声をかけて敬礼し、嬉しそうな返事を上げるジョンと距離を取ると、進む先に将校らしい軍服を着た男が眉を
「ご苦労様でした少佐。突然の勇者一行の奇襲への対応、流石でございました」
「うん」
「ですが、少佐はトロイア帝国の六大将軍———
褒めているようだが、険しい表情を崩すことも、声色に入っているトゲを隠すこともない。
「気を付ける」
そういえばビオラ・カッツェって帝国の六人のボスキャラの一人みたいなポジションだった。将軍と呼ばれているのに階級が「少佐」なのは何でだったか……まぁ、まだこのキャラは19歳と若すぎるからとかそんな理由だったような気がする。
「ところで、
「ん?」
聖剣の様子を、見に行く?
「必要なのか?」
武器の様子を、わざわざ見に行く必要があるのかわからない。
「必要でしょう? ガルシア共和国が接触してきたのです。
「? わかった。君の言葉に従おう」
この副官らしい将校の言葉の意味はわからないが、とりあえずそれがビオラ・カッツェとして普通の振る舞いであるのならそのようにしようと、彼の案内の元、ある一室へと向かった。
「それでは」
陸上戦艦の最下フロアの一番後部に位置する部屋だった。
そこに聖剣が、あるらしい。
「君は来ないのか?」
廊下の一番奥の部屋。ここまで案内してくれた彼の様子からしてそうらしいのだが、彼はその十メートルほど手前で立ち止まった。
「ビオラ・カッツェ少佐以外が近寄ると命を失う可能性があります。そのことは少佐が一番お判りでしょう?」
「……うん。そうだろうな」
とは言ってみるものの全然心当たりがない。
既プレイのゲームであるから、ここら辺がどのようなストーリー展開であるのか覚えていてもいいはずなのだが……。
まぁ、ゲームをやっている時はあくまで主人公であるグリス・ド・アークの視点で物事を見ているので、ビオラ・カッツェ側の視点で何があったのかは知らなくて当然の部分ではある。
その使い手になるキャラはさっき逃げて行ったし、ただ聖剣と言う名の武器が保管されているだけだろうと、その一番奥にある部屋の扉を開けた。
「あ……」
部屋には女の子がいた。
砂色の鞘に収まる大きな剣を抱え、ただただ虚空を見つめている中学生ぐらいの少女。
彼女は真っ黒なドレスを身にまとい……黒い鋼の首輪をつけていた。
ゆっくりとその瞳がこちらに向けられる。
思い出した。
使用者を洗脳して、人間兵器として———。
彼女の死んだ目に、俺は吸い込まれそうになっていた。
悪役貴族に転生したけど、主人公のムーブがクソ過ぎるので、奴にはご退場いただきます。 あおき りゅうま @hardness10
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