第2話 遠くに投げた……!
グリス・ド・アーク。
RPGの主人公らしく勇気がある熱血漢だがドジでおっちょこちょいなところがあるという典型的なキャラクター紹介文を引っ提げた『ヒュムノス・アビス』の主人公なのだが……。
「出たな! ビオラ・カッツェ! 今度こそお前を倒して、聖剣に認められただけのボンクラ扱いする本国の奴らを見返してやる!」
トロイス帝国陸上戦艦クレタ級の甲板で金色の剣を抜いて構える朱色の髪の少年、グリス・ド・アーク。
短髪でウェーブがかかった三分けで、RPGの主人公らしく胸当てと肩パットだけの鎧で比較的動きやすい装備をしている。
「……ハァ」
「何だそのため息は!」
コイツの生意気そうな表情を見るだけで辟易してしまう。
「……俺を倒すために単身乗り込んできたのか?」
横へ視線をスライドさせるとそこにはクレタ級と同じぐらいのサイズの陸上戦艦、ガルシア共和国性の青い装甲をしたものがあり、思いっきりこちら側にぶつけられている。
「当たり前だ! お前らガルシア帝国は悪い奴だからな! それにこの船には十聖剣の一振り、
そう言って彼は見せつけるように自分の聖剣、ヒュペリオンを輝かせた。
「俺の
そう言ってグリスは剣の切っ先を俺に向けると、
「【
技名を、発した。
すると聖剣から光線が飛び出し、俺へ向かって襲い掛かってきた……が、
「……痛ってぇな、クソ」
「い、痛い⁉ それだけで済むのか⁉」
両手をかざしてガードをすると光は俺の手を少し焼いただけで消えていった。
それだけだ。
光の熱線に体を貫かれるほどではない。
「当たり前だ。この時点で俺とお前は何レベルの差があると思っている? 一撃で俺を殺せるわけがないだろう」
手についた汚れをパンパンと払うとグリスを睨みつける。
「それに俺はボスキャラクターだ。ボスがプレイヤーキャラクターの攻撃一撃で沈むほどHPが低いわけないだろ」
RPGゲームとはそういうものだ。
例えこの時点で主人公とボスのレベルが同じでも、ボスの方はけた違いのHPを持っているものである。大抵のRPGではボス一人に対して四人程度のパーティで挑むため、プレイヤーと同じ基準のHPのボスでは戦闘が一瞬で終わってしまう。だから、長く楽しむためにボスのHPはメチャクチャ膨大にしてあるのだ。だけどいつも思う。いつも多勢に無勢で虐めじゃね? と。
「クソ! だけど、俺は諦めるわけにはいかないんだぁぁぁ‼ 俺は絶対に父さんと同じような英雄になる! ならなきゃいけないんだぁ!」
そんなゲームバランスの世界であるのにグリスは無謀にも俺へと斬りかかって来る。
遅い。
体がビオラ・カッツェだからか、それともグリスのレベルが低いせいか、奴が振るう剣の一振り一振りを楽々避けられる。
「英雄になるためにこんなことを……相変らずムカつく言動……」
「てめぇに言われたくねぇよ! みんなを苦しめている帝国の悪い奴の癖に!」
———ここで、俺は負ける。
ゲームのシナリオ通りだったら。
一人で突撃してきたグリスだが、三分間戦闘を続けていると仲間が「まったく一人で突っ込んでいるんじゃないわよ!」と言って次々と合流してきて四対一のいつものよくある多勢に無勢になる。
そしてビオラ・カッツェは「ク……ここは一旦引いてやるか!」と言って艦を放棄して逃げ出す。甲板から飛び降りる。
一方的に何の理由もなく奇襲を受けて。
確かにこのゲーム内でトロイス帝国は圧政を敷いているという設定だが、そんないきなり一方的に主人公がボコりに来て、それが成功して、そういった行動が常に正当化されてシナリオが進み、最後はグリスがみんなから英雄と認められる。
『ヒュムノス・アビス』のシナリオのざっくりとした悪い点はそういうところだ。
今回、ビオラ・カッツェはただ移動していただけだ。世界に散らばっている十本の聖剣の探索のためにネブ荒野を抜けて港町オーランドへ行こうとしていたその道中をいきなり襲われただけなのだ。
そういう状況どう考えても悪いのは主人公側だろう。
こっちが帝国側の人間だからと言って一方的にボコられることなどあっていいはずがない。
「そのような決めつけだけで! 何も悪事を働いていないこのビオラ・カッツェを殺していいと思っているのか!」
「当たり前だろ! 帝国の軍人であるというそれだけで死んでいい理由になる!」
「—————ッ!」
カッと頭に血が上った。
こいつには……ご退場いただこう。
そう決意した。
「死ね! ビオラ・カッツェ! お前を殺して俺は英雄として成長するんだ!」
そう言って上段から思いっきり振り上げられるその聖剣を———、
「遅いと言っている!」
俺は真剣白刃取りで受け止めその上、腕を捻ってグリスの体制を崩し、聖剣をグッと体の方に引き寄せながら、同時に足ではグリスを蹴り飛ばした。
「あっ! 聖剣が!」
しりもちをつく奴の手には聖剣はない。
俺が奪い取ったのだ。
「返せ!」
すっぽ抜けたその剣を奪い返そうと突撃してくる。
「無謀な———」
奴は、グリスは手ぶらだ。何の武器も持っていない。
一方でこっちは聖剣を、武器をこの手に収めているんだぞ……。
そのことすらわからない愚鈍さに、激しい殺意が沸き上がって来るが……俺は。
「〝太陽の聖剣〟に選ばれただけの男、グリス・ド・アークよ。貴様のような性格のクソ悪い男は英雄にふさわしくない。だから俺の視界から消えていただく」
剣の柄を握り、振り上げる。
グリスの眼が見開かれた。
「な、なんだよ……殺すのか? やっぱり悪い奴じゃねぇか……!」
ガタガタと震え始めるグリスの前で俺は、思いっきりその聖剣を———、
「そうら‼」
遠くに投げた。
「…………………は?」
聖剣は放物線を描いて二つの併走している陸上戦艦の外へと向かって飛んでいく。
そして遥か後方の地面へと音も聞こえず落ちていった。
「なにやってんだテメェ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~‼」
「お前の武器は、お前の大事に大事にしている聖剣があんなところにあるぞ? 取りに行かなくていいのか?」
「ふざけんなよテメェ! 聖剣捨ててんじゃねぇよ! クソ! 拾いに行かなきゃいけねぇじゃねぇかめんどくせぇ!」
「グリス! まったく一人で突っ走ってんじゃ———」
「遅ぇよ! バカ!」
次々と主人公の味方らしいビジュアルのいい美男美女たちが現れ、駆け寄って来るが、その中心となる主人公は仲間たちの脇を通り過ぎてガルシア共和国戦艦へと帰っていく。
「くそ! ビオラ・カッツェ! 覚えてろよ! 次こそてめえを倒して英雄になってやるからな!」
そう言って彼は自分の戦艦へと引っ込んでいき、状況もわからない彼の仲間たちもズコズコと引き下がっていった。
「情けねぇ捨て台詞。まったくどっちが悪役なんだか」
スピードを落として遠ざかっていくガルシアの戦艦を見つめ、俺は一つため息を吐いた。
「あんな奴が中心の世界に転生しちまったのか……」
なら———、
「俺のためにも、この世界の平穏のためにも奴にはご退場いただくか……」
少なくとも、英雄は別の奴がなったほうがいいだろう。あいつじゃなくて。
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