悪役貴族に転生したけど、主人公のムーブがクソ過ぎるので、奴にはご退場いただきます。

あおき りゅうま

第1話 転生したらシナリオがクソのRPGの世界

「ハ……ッ!」


 と、目が醒める。

 ゴウンゴウンゴウンという機械音が鳴り響き、小さな丸い窓からは日差しが差し込む。


「ここは……?」


 ベッド一つの狭い部屋。

 まるで質の悪いホテルのワンルームのような場所だが、どうしてこんな場所に自分がいるのか覚えていない。


「確か昨日は連勤に次ぐ連勤と残業に次ぐ残業でメチャクチャ疲れていて……俺は……」


 ふと、人の顔が目に入る。

 鏡だ。

 そこに映っていたのは緑髪を逆立てた少し幼げな印象を持つ青年で……、


「?」


 後ろを振り返る。

 そこには誰もいない。

 そして鏡を再び見つめる。

 映っているのは一人だけ。後は部屋の風景しか映し出していない。


「俺だ……」


 顔をペタペタと触る。

 この緑髪の青年は間違いなく俺だ。

 真っ黒な軍服を着ている……。


「あ!」


 思い出した。

 この顔、この服、何処か見覚えがあると思った!


「『ヒュムノス・アビス』の敵将軍———ビオラ・カッツェだ」


 『ヒュムノス・アビス』は日本で一時期流行ったRPGゲームシリーズの六作目。『アビスシリーズ』という一作目の『インペリアル・アビス』という大ヒットRPGから続く作品であり、中世ヨーロッパをモデルにした典型的な剣と魔法のRPGではなく、機械が開発された産業革命後の世界をモデルにした世界観で銃や戦艦などが出てくるのが特徴の世界観。


「じゃあここは……主人公の敵のトロイス帝国の戦艦——陸上戦艦の……名前は流石に忘れたが……」


 この機械音と狭苦しい部屋はここが戦艦の中だからだ。

 窓から下を見てみると鉄の装甲が地面に伸びて、地面との接地面の寸前で浮いている。

 そして高速で大地がスライドして後方へと流れていく。

 浮遊しているのだ。

 船体の下からは魔光フォトンというこの世界のいわゆる魔力だとかマナだとか言われる魔法を使う時に消費される、この世界のありとあらゆる場所に存在しているエネルギーであり、この戦艦はそう言った魔導機械技術で動いている。


「何で俺がゲームの中に……しかもこのゲーム『アビスシリーズ』だからやっただけで、一番思い入れがない。マジで何でピンポイントでこのゲーム……?」


 日本でただの会社員をしていた俺なのに……。


「あ、そっか。これは夢か。まだ俺は夢の中にいて目が醒めたら……」 


 頬をつねってみる。


「……痛い」


 目は、覚めない。


「どうして……どうしてこの『ヒュムノス・アビス』が俺の現実になっているんだ!」


 拳を作って思いっきり壁を殴る———。

 その行動は、俺的には頬を抓るのと同じような意図の行動だった。

壁を殴ってガーンと固い鉄の塊相手に拳を弾き飛ばされて、「痛ってぇ~」なんて言って痛めた手をブンブン振る。そんなことをする予定だったし、何となくそんなことがしたい気持ちだった。


 ドンッッッ‼‼‼‼


 だが、結果として俺は鉄の壁を大きく凹ませてクレーターを作る結果となってしまった。


「あ、ああああ……?」

「どうしました⁉ ビオラ・カッツェ少佐!」


 目元を隠すヘルメットをかぶった軍人の男が、慌てた様子で部屋に入ってくる。

 そしてその軍人の男は壁を見てギョッとする。


「な、なにか……お、お気に障るようなことでもありましたでしょうか……?」

「な、なんでもない! 少し手が滑っただけだ。問題ない! 君は君の持ち場に戻れ!」


 ガタガタと震えるその軍人の……恐らく下士官だろう。彼を追い払うようにシッシッと手を振ると、「ハッ! しししし、失礼しました!」と逃げるように去っていく。


「しまった……ビオラ・カッツェはトロイス帝国の中でも体術最強の男……魔法はろくに使えないけど魔武術であるところの流派・西方魔拳を究めし男でトロイス六大将軍の何たらかんたら……の二つ名を持っている……ダメだ、此処までしか思い出せない。とにかく、ここが、この『ヒュムノス・アビス』が俺の現実だ。もう認めるしかない。俺はなぜか———その敵キャラクター、ビオラ・カッツェに転生している……」


 悪の帝国の貴族に。

 悪役貴族に。


「どうしてよりにもよってこれなんだよ……!」


 頭を抱える。

 転生するならもっといいゲームが、せめて名作と言われている一つ前の作品『レジェンダリー・アビス』の世界観に転生したかった。あっちならばRPGでありながら牧場経営の要素もあり、スローライフができるのんびりと生きていける世界観なのに。


「この世界は減少していく魔光フォトンを取り合って二つの大国、トロイスとガルシアが戦争している殺伐とした世界観……! それに……!」


 ドンッ! と船が大きく揺れた。

 俺が要る方と反対側に何か大きなものがぶつかったような感じだった。

 ウー! ウー! と、警報が鳴り響く。


「敵襲! 敵襲だ~~~~!」


 さっきの下士官が他の兵士たちを引き連れ、通路を走っていく。


「ガルシア共和国の勇者一行! グリス・ド・アーク達が乗り込んできているぞ‼」


 グリス・ド・アーク。


 その名前はよく覚えている。

 ガルシア共和国のアーク侯爵家の子息で、この世界に十本しかない聖剣・ヒュペリオンを振るう聖剣士に選ばれた……少年。


「グリスが? あいつが……が乗り込んできた?」


 いや———、


じゃねーわ。今はゲームをプレイしているわけじゃないんだし、あんなクソ主人公。プレイヤーの分身であるわけがねー」


 そう、先ほど名前がでたグリスという少年こそが、この『ヒュムノス・アビス』の主人公であり———、


『ビオラ・カッツェ! どこだ~~~~⁉ お前を倒して、皆に俺を認めさせてやる~~~~~!』


 天井を貫通して甲高い少年の声が聞こえる。

 聞き覚えがある。グリスの声だ。


「ガキっぽい、腹立つ声だな~……」


 思わずつぶやく。

 この世界『ヒュムノス・アビス』はゲームシステムやゲームバランスは全くもってユーザーに優しく快適に作られていたゲームで、その点に関しては好評なのだが、一点だけ不評な点がある。

 その点こそがこのゲームをその年のクソゲーオブザイヤーにノミネートされた要素であり、『アビスシリーズ』のファンからこの『ヒュムノス・アビス』だけは黒歴史として存在を抹消されている原因である。


「自分の名誉のためだけに敵艦に攻撃。それも敵の居所を大声を上げて探すという幼稚さ……」


 とても大人とは思えない。

 そう———そんな人間が主人公なのだ。

 そんな奴が主役として物語を主導していくゲームシナリオが、面白くなるわけがない。

 この『ヒュムノス・アビス』はシナリオがクソという一点だけで、A〇azonのレビューで平均星一つをつけられたとんでもないゲームである。

 その上、


『どこだ~~~~~⁉ ビオラ・カッツェ~~~~~~~!』


 ———史上最悪のゲーム主人公と呼ばれるクソ主人公が、このゲームの主役の〝グリス・ド・アーク〟なのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る