冬と夏

星埜銀杏

*****

「なあなあ、聞いてくれ。僕は冬が嫌いなんだ」


 高校での昼食時間。騒がしい教室。季節は冬。


 隣に友。そして近くには気になる女子がいる。


 チラリと、その子を一瞥した後、両口角を上げてから男友達からの答えを待つ。


「うん?」


 友達は、まるで興味無しとばかりにも焼きそばパンに意識をとられ食べている。


「だから冬が嫌いなんだって。その話を聞いて欲しいんだ。なあなあ、頼むから」


「うるさい。俺らは、今、生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ。学校生活で唯一とも言える憩いの時間、すなわち昼食を食べているんだぜ。そっちこそ分かれっての」


 まあ、勉強が嫌いで、食べる事が、めっちゃくちゃ好きな友達らしい解答だな。


 それでも僕としては冬が嫌いな理由を聞いて欲しいんだ。それは、やはり近くに座って、こちらを気にしている女の子が気になるからこそ。僕とっての最重要ミッション。つまり昼食を食べる時間を削ってでも聞いて欲しいわけだ。うむ。


「なあなあ、聞いてくれるなら購買でハムサンドとチョリソーパンを奢ってやるからさ。あっ、なんならフルーツ牛乳も付けるぞ。どうよ。聞いてくれる?」


 友達は、一瞬だけ考えたあと右手を挙げて右手のひらを広げてヒラヒラと振る。


「いらね」


 くうぅ。


 食べる事に関しては人一倍の感心があるくせに小食な友の腹は、どうやら満杯。


 だからこそ、今、食べている焼きそばパンで満足至極らしい。いやいや、そっちが満足してても僕は不完全燃焼な生焼けハンバーグだよ。むしろ揚げてメンチカツにしたいくらいだ。こうなったら最終手段。これを投下するしかあるまいて。


 ぬふふ。


「さてと。ここに何故かプリンがあるのですが」


「うん?」


 プリンという単語に反応したのか友は僕が掲げあげるプラスチック容器を一瞥。


 よしッ。ここでダメ押しだ。


「しかも焼きプリン。購買には売ってないヤツ」


 かなり興味津々になる友達。


 まあ、お腹が一杯でもデザートは別腹だよね。


 分かるぞ。分かる。分かるからこそだ。しかも食う事命のお前なら尚更にだな。


「聞いてくれるの? 僕が冬が嫌いな理由をさ」


「まあ、やぶさかではない。聞くだけならな?」


 と目を細め、お主も悪よのう、とでも言い出しそうな顔つきでハハハと笑う友。


 てかッ。


 やぶさかではないなんて、お前、何人だよ。というか、そんな言葉が出るくらいに気になっているわけだ。カラメル王国のプリン姫を。ピーチ味じゃないけどな。普通のプリン。うん。朝、これを見越してコンビニに寄り道した甲斐があった。


 さてと。


 僕は、また一瞬だけ視線を気になる女の子へと移してから友達に奪われそうになったプリン姫を背中へと隠して笑う。タダではやらんぞ。ちゃんと冬が嫌いな理由を聞いてくれたら、その後、恭しく姫を輿入れさせようではないか。オッケ?


 でないとプリンを胃の中に収められ、その後、興味なしにも、なり得るからな。


「じゃ、話してもいい? 僕の冬が嫌いな理由」


「おうッ! どんと来いや。なんだか知らんけどよ。……まあ、俺で良いならな」


 また気になる女の子に一瞬だけ視線を移したあと、友達を真っ正面に見据える。


「そうだね。僕が冬が嫌いな理由は、まず寒いところかな。あの寒さって心の折れないお笑い芸人だよね。つまらないコールの中でもネタをやり続ける芸人」


「ああ、ギャグがスベっててもスベってるのも分からず持ちネタをやり続けるアレね。確かに寒すぎるわな。極寒。まあ、冬の寒さもそれくらいって事か?」


「いや、待って。スベってるのは分かってるんだけど、それでも仕事だからって。自分はプロだからって。最期までやり切る凜としたクールな芸人の寒さだよ」


 ほんの一瞬の刻、友達の眉尻が下がって言う。


「まあ、よく分からんけど寒いって事だろ? 冬が嫌いな理由は」


「うんッ」


 僕は、頷いたあとで、また気になる女の子を目の端に捉えてから言葉を続ける。


「冬が嫌いな理由、その二は」


「おうよ。聞くぜ? 姫の為にもな。じゅるり」


 じゅるりって言葉にするな。


 てかっ。


 まあ、それでいい。それよりも重要なのは……。僕は、また女の子を一瞥する。


 女の子は、こちらの事など気にもしていないとばかりに彼女の正面にいる友達と笑い合っている。無論、それこそ本気で気にしていないのかもしれない。それでもいい。それでもいいけど僕は僕なりのミッションインポシブルを遂行しきる。


 それこそ心が折れない芸人の寒さなんだから。


「冬になるとコタツに入り蜜柑を食べるだろ?」


「ああ。……まあ、俺の場合、蜜柑だけじゃ寂しいからな。せんべいとコーラは外せねぇけど。それがどうした。それって冬が嫌いって理由になんのかよ?」


「なる。あの暖かさは反則だよなって話。やらなきゃならない事があるのに暖けぇってなっちゃってさ。もはや、永遠に続け、この時よ、なんてさ。恐い恐い」


「まあ、確かにな。俺なんかはコタツで寝る事もしょっちょうだ。で、風邪なんかをひいてさ。ああ、実は、この極楽って地獄への片道切符なんかもって思う」


 友達は、なにを思いだしたのか、口惜しそうに右口角を下げてから舌打ちする。


「まあ、その優しさに溺れるないよう、しっかりと己を保つ事が大事なんだ。それでも冬の暖かさには本当に舌を巻くよ。自分も、もっと温かくなりたいってさ」


「うん?」


 なんか変だぞ。この流れは。


 目の前の阿呆は、異様に嬉しそうな笑顔だし。


 さっきは寒いから嫌いと言ったのに今度は暖かいから嫌いかよ?


 なんて友達が不思議がってるなんて僕は露ほどにも思いもせず。


 かなり、いぶかしみ舌打ちさえ出そうな友達を尻目に僕は目を細める。そうしてから、再び、気になる女の子へと視線を移す。いまだ目の前の友達と昼食を楽しんでいる。と、一瞬だが、僕へと視線が投げかけられる。おおう? これは?


 僕は更に嬉しくなり、それでも気持ちを隠して、一旦、間をとってから続ける。


「三つ目」


「ちょっと待て。その前に聞きたい。いいか?」


 友達が相変わらずの不思議そうな顔つきで僕の顔をのぞき込む。


「なあ、……お前って本当に冬が嫌いなのか?」


「うん。嫌いだよ。大っ嫌い。どうしてだよ?」


 囁くかのよう、とても小さな声で友に答える。


「気のせいかもしれんが、ところどころ文法がおかしいというか、話している内容がちぐはぐなような気もするんだが。もう一度聞く。本当に冬が嫌いなんか?」


 くどい。


「嫌いだ」


「そうか」


「うんっ」


「まあ、どうでもいっか。……なら続きを頼む」


 僕の応えに納得していない友は顔を歪め、いぶかしむ。自分はからかわれているのではないのかとさえ考えているようにも見える。だからこそ、この話題からの興味を削がれたようにも思える。その意味で、友は話に飽きたと言っても良い。


 一瞬、いや、それこそ刹那の刻、友の鼻に提灯が見え隠れした。


 もはやプリン姫では引っ張れないほど、友は、この話題に飽き飽きしたようだ。


 だから。


「そうだね。これで最後にしよう。これでプリン姫は輿入れだよ」


「おうっ」


 輿入れ時期を明かした事で、再び友のやる気が回復したようだ。


「三つ目はイベントが多いって事。クリスマスに、お正月、バレンタインとか。そのたびにイチャイチャするのって疲れないのかな。いや、羨ましいとかじゃ……」


 ないけど、と続ける前に友達が言葉を被せる。


「それは羨ましいと言ってるのと同じだ。羨ましいなら彼女でも作れ。そしたら、その三つ目の嫌いな理由は解消される。まあ、俺は食いもんさえあれば良いがな」


 おおっ!


 満点の解答だよ。花丸をやろう。鼻提灯野郎。


 彼女を作れって言ってくれたって事は僕に彼女はいないよと言ってるも同義だ。


 満点解。


 まあ、これで最後だと言ってあるからこそ面倒くささ全開なのは頂けないけど。


 というか、友は、俺への助言を言い終わると同時に机の上に置いておいたプリン姫をひったくる。そうして、スプーンはないのか? と、やるせないほどのワガママを言った後、どこから取り出したのか、割り箸を使って姫にかぶりつく。


「うめぇ」


 などと、のたまる幸せそうな友を放っておき、僕は、また、あの女の子を見る。


 心なしか、頬が、ほんのり赤く染まっていた。


 うおっ!


「というか、お前。冬って。冬なのか。本当に」


 友が速攻でプリンを食べ終わって僕をつつく。


 速攻だな。食べるの。ビックリだよ。本気で。


 てかっ。


 バレたかと、いくらか焦ってしまい答える僕。


「うん? いきなり、何なん」


 視線が、あの子に行ってしまう。しまったッ!


「ああ、やっぱりな。冬って、そういう意味か」


 友達の興味は、すでに食べ終わったプリン姫から僕へとシフトしていたようだ。


「お前、別に冬が嫌いじゃないだろ。敢えて嫌いだってウソついて理由をつらつらとあげ、それをふゆに聞こえるようにしていたわけだ。都合の良いところだけ」


 冷や汗。


「な、なんの事。僕は冬が嫌いだ。間違いなく」


「じゃ、冬が嫌いだって理由を言ってる間中、顔がニヤけてたのは何だったんだよ。さっきまで、きしょいくらいの笑顔だったからな。怪しすぎるだろ。本気で」


 核心を突かれた僕は狼狽えてしまって苦笑い。


 そうして焦ってしまい視線が泳ぐ。視線の先には、あの女の子。


「お前、小学生かよ。季節の冬にかけて、ふゆを嫌いだって。いや、ふゆよりも風に柚で風柚〔ふゆ〕って言った方が良いか。風柚の事だろ。今までのソレ」


「だから違うって。冬が嫌いなのッ! 僕は。言葉そのままの冬が嫌いなわけよ」


 しまった。大声をあげてしまった。不味いぞ。


 ……風柚が嫌いだ、と誤解されないだろうか。


 ヤバい。


 また焦ってしまい、それこそ思わず気になる女の子である風柚へと視線が移ってしまう。大声を出してしまっていたから風柚にも、しっかりと冬が嫌いだと聞こえていたようだ。彼女は、とても悲しそうな顔をしている。やっちまった。


「まあ、アレだな。お前、本当に小学生かよ。好きなら好きって言えよ。しかも、こすい。ずるい。都合の良い部分だけ漏れ聞こえるに言うって阿呆かっての」


「ぐうッ」


「で、風柚の反応を見て脈があるかな、とか考えてたのか? 阿呆かっちゅうの」


「グワっ」


 とことん追い詰められ僕の口から出た言葉は。


「あ゛あ゛、ちくしょう。プリン姫を返せッ!」


 吐き出せ。吐き出したブツでもいいからプリン姫を返せだった。


「というか、もう良い。面倒くさい。……プリンを食べただけの働きはしてやる」


 俺がな。


 とガタッという無情な音を立てて友が席を立ち、そうして風柚の元に向かった。


 待って。


 止めて。


 マジで。


 というか、なにを勝手な事してんの。そんな事、頼んでない。余計なお節介だっての。僕は聞こえるか聞こえないかの狭間で彼女〔風柚〕の反応を得て嬉しくなりたかっただけなんだ。それを直接特攻って、あり得ん。むしろ僕が死ぬぞ。


 ドキドキすぎて心の臓が持たない。止めてぇ。


 そうよ。


 嫌いよ。


 そんな声が漏れ聞こえてくる。侠気満タンな友達と近くて遠い風柚の会話から。


 ああ、玉砕か。だよね。こすいし、ずるいし、カスいし。高い高いされた赤ちゃんが、そのまま受け止めてもらえず、地面に直撃したような心境だ。無論、優勝祝いの胴上げで誰も支えてくれなかったくらいに悲しい。寂しい。苦しい。


 気持ちは、とっても不安定だ。本当に止めて。


 そして友達が僕の元に帰還する。ニヤニヤとした厭らしい顔つきを隠しもせず。


「……アレだ。嫌いだってさ」


「だよね」


 もはや観念していた僕は力なく笑って答える。


「まあな。仕方ねぇよ。嫌いなもんは。お前が冬を嫌いなように風柚も嫌いなんだってよ。夏がな。夏ってのは、もちろん南津〔なつ〕かもな。お似合いだぜ」


 南津というのは僕の名字だ。


 つまり、正真正銘、なんの疑いようもなく、風柚は、僕が嫌いなんだと思い知った。僕は、気恥ずかしさを隠す為、嫌いだと言ってしまっていたから、こんな事なら覚悟を決め、直接、告白すれば良かった。なんて後悔もしてしまう。


「だろ?」


 僕の心を読んだのだろうか、だろ? とだけ口にして静かに黙ってしまう友達。


 この、だろ? は、覚悟を決め、直接、自分の口で告白しろという意味だろう。


「行けよ。行ってこい。直接、聞いて来いって。……そしたらスッキリするから」


 そだね。


 もはや、こんな状況になってしまったら行くしかない。昼食の時間で周りに大勢いる、この時間帯と場所は告白に向いてない。向いてないが、こすくて、ずるい事をして反応を楽しんでいた僕には、ある意味、妥当な罰ゲームなんだろう。


 そう思ったら、ごく自然とフラれて当然な告白へと足が向いた。


 一歩一歩、ゆっくりと噛みしめて歩を進める。


 そして。


「風柚?」


 ギロチン台へと首を固定されてしまった囚人。


 ……それが今の僕だ。うん。


「うん? どうしたん。そんなに緊張した顔で」


 こころなしか、ほんのり赤く染まる彼女の頬。


 あれっ?


 さっき僕の友が言った彼女が南津を嫌いだという話はどうなった。南津は夏だったけど、なつが嫌いだと聞いた。それなのに優しいとも思える言葉と、この反応。もしかして友達がからかったのか。南津が嫌いだという話は。分からんけど。


 だからこそ、ある種の期待も持て、うん、と。


 意を決する。覚悟を決める。男になるんだと。


「聞いて欲しい。そして謝りたいんだ。風柚ッ」


「うん?」


 意味が分からないという顔をする。敢えてか?


 兎に角。


「ぼ、僕は、……冬が嫌いだ」


 うおおん。やってもうた。マジですか、だよ。


 しまった。テンパりすぎ。先ほどまで繰り返し言っていた言葉が出てしまった。


 恥ずかし紛れと照れ隠しもあったからだろう。


 大体、こんな騒がしい場所で告白なんてもんが無謀だったんだ。しかも昼食の時間だぞ。これほど告白に適していない場所と時間はない。TPOを完全無視した無謀街道一直線だよ。クソッタレ。こうなったら、もう良い。やけくそだッ!


「ごめん。風柚。でも、冬が嫌いだ、と言ったのは風柚は好きだったからこそだ」


 ゴクリ。


 好きだ、と言ったあとで大きく一つ息を飲む。


 一旦、場が静まってから静かに時が動き出す。


「知ってる。そうね。あたしも夏が嫌いなのよ」


 ハァぁ、やっぱりかぁ。もうどうでもいいや。


 死のう。


 一気に体の力が抜けて、うな垂れるしかない。


 こうなる事は、友達から夏が嫌いだと聞いた時、そして嫌いだという言葉が風柚から漏れ聞こえてきた時から薄々感じていた。もちろん、今、彼女にした告白とて断られる事前提でスッキリする為に行ったに過ぎない。そうさ。いい。もう。


 ぐずん。


「てかよ」


 と、ここで恋愛街道のお邪魔蟲とも言える僕の友が闖入して来やがった。死ね。


 いや、僕が死ぬから葬式の用意を頼む。友よ。


 チーン。


「夏が嫌いって言ってる風柚の顔を見て見ろよ」


 ううん?


 何の話?


 僕は、ゆっくりと顔を上げて風柚の顔を見る。


 その顔つきは、満面の笑み、という言葉が似合うようなアルカイックスマイル。


「でだな」


 まだ何かあるのかよ。街道のお邪魔蟲さんよ。


「お前が、さっき冬が嫌いという度にしてた顔は、どんな顔だった? こいつ、きしょいくらいな笑顔だって俺が言った時の、お前の顔って、どんなんだった?」


 ううん?


「じゃ、こう聞いてやる。冬が嫌いなのかってな? 照れ照れなお前だから冬が嫌いだって言っちまったんだろ? 風柚も照れ屋なんだ。お似合いだよ。お前ら」


 そうか。


 ようやく意味が分かった。そういう事か。僕は照れ隠しで冬が嫌いだと言ってしまった。それを、そっくり、そのまま風柚に当て嵌めれば。だから夏が嫌いだと笑っていたんだ。満面の笑顔で。それこそ友達にきしょいと言われるくらいの。


 でも、こすく、ずるく、漏れ聞こえるようにも言って反応を楽しんでいたから。


 お灸をすえられたんだ。キツいヤツを。やっちまったからやられちまったんだ。


 トホホ。


 だから。


 僕は、また口にしてしまった。あの言葉をだ。


「そうだ。嫌いだよ。冬はね」


 悔し紛れもあってさ。でも満面の笑みでね。そしたら風柚も笑ってくれたんだ。


「あたしも夏は嫌い。夏はね」


 と温かで柔らかな笑みでソッと答えてくれた。


 僕らは、ひねくれ者だからソレを素直に好きだと言えなくて。むしろ恥ずかしいから嫌いだと言ってしまって。それでも気持ちは伝わっているから笑みがこみ上げてきて。嫌いだ、嫌いだ、と照れてしまって。そういう事だったんだ。はふ。


「冬はね」


 と僕が、くどいくらいにも繰り返して微笑む。


「夏はね」


 と風柚が答えてくれたから。


お終い。

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冬と夏 星埜銀杏 @iyo_hoshino

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