第3話 手を結ぶ
「ビレッタ、どうして……?」
「……」
花八洲に暮らす人間は二つに大別される。
元より花八洲に住む姓名持ちの人間と、幕府の庇護下に移り住んだ者と。
香睡幕府はそれらを分け隔てなく扱うけれど、やはり心のどこかに境界がある。
ビレッタは後者。アザレアも同じ。ビレッタとアザレアは幼馴染。
昼間は冷たく言ったけれど、何も思わないことなんてない。
幼い頃、一緒に香睡幕府の臣を夢見たアザレアを見捨てるなんてできない。
「どうして……あんなバカなものを書いたんだ。お前が……」
迷った。
悩んだ。
悲しかった。
ずっと胸の奥に引っかかっていた幼馴染のアザレアが、百合に挟まる男なんて邪道を描いたことに心は乱れ、ビレッタ自ら取り締まりを買って出たけれど。
このまま死に別れると思ったら自制が利かなくて、アザレアを捕らえる牢まで来てしまった。
なぜだか見張りも鍵もあっさりと通れてしまった。だから諦めがつかなくて。
薄暗い牢の灯りに照らされるアザレアの顔を見れば、やるせない気持ちがビレッタの胸を締め付ける。
「あんたに……会いたかった、から」
「……」
「あたしはバカで、あんたの道についていけなかった。今さらどうしたら会えるのかわからなくて春画を描いていたのよ」
「……」
「気づいてなかったんでしょ。あたしの描いてたのがビレッタ、あんたがモデルだったって」
「わた、し……を」
アザレアの春画は人気で、ビレッタの耳にも入っていた。
少しだけ見て、胸が苦くなった。
ビレッタと違う道を進んだアザレアは、こんなに淫らな絵をどうやって描いているんだろう。誰がモデルで、どんな女と肌を重ねているのだろうか。
寂しくて悔しくて、目を背けた。
「女なのに運動音痴で、休み時間はいつも絵を描いてた。そんなあたしを名字持ちがからかって、あんたはいつも助けてくれたよね」
「……」
「手を繋いで帰った時の指を、背中を、足を。あんたを思い出して描いていたのよ。ははっ、カッコ悪い……気持ち悪い、でしょ……?」
「そんなわけ……」
アザレアの告解がすぐに頭で理解できず、弱く首を振ってから、
「そんなことはない。アザレア」
真っ直ぐに彼女の顔を見つめ直して、強く頷いた。
「ずっと、会いたかった。お前が描く春画の女に嫉妬していたんだ、私は」
「嫉妬……?」
「アザレアが、私の知らない女をあんな……淫らに、描いているんだって……そう思って」
「ビレッタ……」
十年越しのすれ違い。
文武ともに成績のよかったビレッタは警花官の道を進み、アザレアは春画の道へ。
けれど互いの胸の内にはずっとお互いの姿が映っていたのだと。
「逃げよう、アザレア」
「……」
「今度は、お前を置いていかない。私と一緒に」
「いいの? どこに逃げたって……」
「私はお前を選びたい。死ぬならお前と一緒がいい。アザレア」
「……うん」
薄暗い牢の中でビレッタが差し伸べた手にアザレアの指が触れ、惹き合い、二人の女の影が重なった。
◆ ◇ ◆
「っと、こんなとこですかね」
牢までの鍵を破り、見張りを眠らせて。
ウツギが当代一の忍びだとしても簡単なことではない。けれど、結ばれるべき者たちの為なら苦労も惜しむものではない。
「リリアの大姉も、これくらい素直になってくれるといいんですけどねぇ」
とりあえず良い報告はできそうだが。
澄まし顔で聞いて、自分の気持ちには蓋をするだろうリリアの顔を思い浮かべて苦笑した。
◆ ◇ ◆
百合幕府 狂い咲き 大洲やっとこ @ostksh
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