6-① リスタート

江藤 レミ   出席番号三番

    バスケットボール部   高等部入学


ルームメイトがいないと、ずいぶん広く感じるものだ。

 あれから一週間。あの数か月のように感じた一週間から、一週間が経った。


教室にはその人の代わりかのように添えられた白い花が、三つの机に座っている。

 佐々木実音、片桐慧、正田弥生は警察。月丘杏珠は病院で息を引き取ったらしい。一週間のうちに、教室からは三分の一の生徒が消え、十人になった教室は酷く寂しく見える。

 別の犯人がいる三つの事件という、思いもよらない展開を全員が納得出来ているのかは分からないが、一度おさまった事件を再び蒸し返し、新しい犯人を見つけようとする動きは誰もしようとはしなかった。


 今までは実音がいたのに、今は誰もいない部屋で、シャワーを浴びる。

 シンと静まり返った空間に、水音だけが響く。

 四回のブリーチで痛みまくった髪がスルスルと排水溝に吸い込まれる。スカルプで伸ばした爪で頭皮を傷つけないように洗う。


 呪いなんて存在しない。

 立場春華の呪い?馬鹿馬鹿しい。

 思い出して、鼻で笑う。


 女子高生は、多感な時期。現実を見る理性と、妄想に浸る感性が、同じくらいの分量で絡み合う。ドラマでみた恋愛のシチュエーション、本で読んだ連続殺人鬼、隣のクラスの子が噂していたあの子の趣味・・・なにが現実で何が虚構か。真実は自分の都合のいいものであればいい。すこし歪みや不条理があろうと、目をつぶればいい。

 故意ではなくとも、真面目な作業員が高所から落としてしまったものが人に当たって死んでしまえば罪になる。

 故意ではなくとも、一生懸命育てた我が子が目を離した一瞬の隙に命を落としてしまったら罪になる。

 故意ではなくとも、頼まれて善意で運んだ荷物が違法薬物だったら罪になる。

 真意がどうであれ、真実がすべて。


 そこには怒りと憎しみがあったかもしれないが、そこに殺意はなかった。偶然が生んだ悲劇。

 痴話喧嘩で揉めた相手を突き飛ばして、その場を逃げたら次の日そこで遺体として発見された。

 自分のセクシャリティや大事な人のトラウマを踏みにじる行為に怒って、そこにあったものを投げたら火事になった。

 もう弁明もできない友人の尊厳を傷つけた相手を捕まえて問い詰めたら、その場所で事故が起きてしまった。


 やられたことをやり返したら、自分だけが悪者になった。

 いじめていた相手の大切なものが壊れたら、私のせいになった。

 待ち合わせ場所に遅れると、相手が大怪我をしていた。


 なにが真実か、ではない。なにが真実っぽいか、だ。


 立花春華の嫌がらせの内容と似た殺され方?馬鹿なことを。

 違う。犯した罪と類似した死に方をしただけ。


 ***


 暖かい日差しが降り注ぐ春の日。立花春華は緑風学園に入学した。春華が入学を選んだ理由は、女優業を続けるうえでの話題づくりという名目上、育ててくれた祖父母の元から去るためだった。

 春華の父親は、酷い酒乱で毎日のように母親を殴り罵倒した。母は、日々続く暴力に耐え切れず、春華が六歳の時自ら命を絶った。その後、母方の祖父母に引き取られた春華は、街中でスカウトを受けたことをきっかけに芸能界デビューを果たすこととなった。

 母親譲りの美しい顔は、瞬く間にテレビの人気者になった。しかし、祖父母はそれを見るたびに娘のことを思い出して泣いた。あの子の幼い頃にそっくりだ、どうして死んでしまったのか、と。

 春華は、祖父母に自分の顔を見せることによって悲しませてしまうことを幼いながらに理解した。そして、彼らの元を去ることを決意した。その時、全寮制の学校として目に留まったのが緑風学園だったのだ。

 入学式ではマスコミが門の前を占拠し、外部入学生たちは春華を好奇の眼で見る。そんな中、春華を知らない少女が声をかけた。

『あなたかわいいね、お名前は?』

 グレーがかった瞳をキラキラと輝かせ、色素の薄い巻き髪を揺らしながらそう問いかける少女は、矢代蘭と名乗った。彼女の後方にいた従姉妹の四条菫とも会話を交わし、初めての友人ができた。

 その後、有栖川藍とも仲良くなり、緑風学園で過ごす毎日は新しい家族ができたような気持ちだった。両親がいないこと、居場所がないこと、外を歩けば盗撮が当たり前なこと、ここにいればそれらは忘れられた。まるで、みんなと同じ普通の子として新しい家族とともに新しい人生をスタートしたような気持ちだった。


 どこで道を踏み外したのだろうか。

 家族のように思っていた仲間たちには毎日のようにイライラして、当たってしまうようになった。今思うと、一種の反抗期だったのかもしれない。素行の悪さを見かねた藍に注意を受けた後、春華はプライドと恥ずかしさから藍に小さな嫌がらせをするようになった。そうしているうちに、菫や蘭も離れて行った。しかし、人気者の春華の周りには人が絶えなかった。春華は自分よりも価値の低い人間を選別し、ちやほやもてはやしてもらえる自分の世界を築いた。わがままを言おうが、藍たちのように咎めてくることもない。その世界のお姫様になった気分に浸った。

 新しい家族は離れ、家族とも仲間ともいえない取り巻きたちと共に過ごす日々は、悪くなかった。

 二年生になり、クラス替えで月丘杏珠と同じクラスになった。春華は十歳の時、杏珠の母親と映画で親子の役をしたことがあった。杏珠の実母である甘野ほまれは、母親を亡くした春華をまるで本当の娘のように扱い、撮影現場以外でもよくしてくれた。だからこそ、春華は杏珠にどこかシンパシーのようなものを感じ、彼女と友達になろうと声をかけた。

 しかし、杏珠はほまれのことを良くは言わなかった。

『私には両親がいないの』

 片桐慧に打ち明けるその場面を見てしまった春華は憤慨した。本当に親がいない人もいるというのに、あんなにも素敵な親がいてどうしてそんな贅沢を言うのか。自分がどれほどに恵まれている存在なのか、どうして気が付けないのか。

 当時の春華は子供だった。カッとなると歯止めがかからない。藍にしていたような嫌がらせを、杏珠にも行うようになった。しかし、そもそも一緒に行動することのない相手に無視はダメージがない。春華は、物を隠したり汚したりという嫌がらせを始めた。

 杏珠はそれを表沙汰にすることなく、その健気さがまた春華の癪に障った。


 クリスマスパーティーの日、立食形式の会場で一人たたずむ春華に、藍が声をかけた。一年生の時の因縁はもう時効で、大人な藍は春華を許してくれたのだと思った。

 しかし、菫と蘭がこちらを見ていない隙に、藍は突然春華の黒いドレスに白ワインをかけ、耳元で、『この学園にふさわしくないのよ』と冷たい声で言った。驚いて落とした春華のハンカチを、何食わぬ顔で拾い上げる彼女を見て、ついカッとなって手に持った赤ワインを彼女の頭にかけた。

 赤ワインは白いドレスにくっきりと染み込み、周りはどよめいた。驚嘆と軽蔑の表情を浮かべた菫や蘭に連れられ、藍は会場を出ていく。

 春華がかけられた白ワインは黒いドレスに染み込んで、ほとんど目立たない。それに対し、白いドレスにかかった赤ワインは血のようにその存在をくっきりと残した。

 近くにいた真那や舞に事の一部始終を説明しようと近づくも、彼女たちが会話に応じてくれることはなかった。

 誰も、味方はいなかった。

 ある日、杏珠の母親からの手紙が燃やされた。春華は全く関与していなかったが、弁明する間もなく、悪意の目は春華に向いた。

 真犯人は、簡単に見つかった。田口文加だ。

 文加は、春華にいじめられて泣いている杏珠を見て、何か証拠が必要だと考えた。物を隠すこと、嫌味を言うことは、本人が言わない限り証拠が残らない。杏珠は頑なに弱みを見せなかった。

 文加は、杏珠の部屋に侵入し、母親からの手紙を盗んで燃やした。その場面を真那に目撃させることによって、偽物の証拠で春華を悪者に仕立て上げたのだ。

 その翌日、春華は真那に呼び出された。

 春華は、藍のドレスや杏珠の手紙に関して弁明し、杏珠への嫌がらせに関しても謝罪するつもりだった。しかし、待ち合わせの体育倉庫についたとき、赤いランプがクルクルと回っていた。

 担架に乗せられた真那が倉庫から出てくる。脚に巻かれた布は真っ赤に染まり、真那は意識がないようだ。近くにいた生徒に事情を聴こうとするも、その場にいた全員の視線が冷たく突き刺さった。

 春華の仕業だと、全員が確信しているようだった。

 でも、春華は無実だった。

 声をかけようと近づくと、みんな犯罪者を見るような顔で逃げていく。

 体育倉庫の扉の裏で、うずくまる杏珠がいた。彼女は震えながら、ぶつぶつと呟いている。

 ――こんなはずじゃなかったのに、真那ごめんなさい

 春華は確信した。これは、杏珠がやったことだ。真那ではなく、私を狙って。


 そこから、誰とも話さない日々が続いた。お姫様を囲んでいた取り巻きは、人気者と一緒にいることで自分の価値を上げるためだった過ぎない。騒ぎを起こし、人に危害を加え、周りから嫌われたお姫様に価値はない。彼女たちも、もう周りにはいなかった。

 寮生活という逃げ場のない空間での孤立は、あまりに過酷だった。

 日頃の行い、とはよく言ったものだ。有栖川藍や月丘杏珠に対する嫌がらせは確かに事実としてあった。だから、濡れ衣を主張しようと誰も聞き入れてはくれない。弁明すればするほどに人は離れていく。必死になればなるほどに冷たい視線は突き刺さる。

 せめて、と思い、真那の退院を待った。

 事故から半年。三年の夏に真那は学園に戻った。

 教壇に立ち、お見舞いをありがとう、と言う彼女の脚は、以前とは全く違うものだった。しかし、嘘みたいに以前と同じ笑顔でクラスメイトに微笑みかけた。

 彼女にだけは、本当のことを伝えようと思った。私はあの日、本当にあなたと本心で話したかった。自分の罪を認め、冤罪も晴らしたかった。あの日棚を倒したのは、私じゃない。

 けれど、願いはかなわなかった。

 脚を失った彼女には、いつもボディーガードのようにほかの生徒がべったりで、私が近寄ろうものなら敵意むき出しな取り巻きが攻撃的な視線が飛んでくる。もしかすると既に、私がやったと真那に吹聴しているかもしれない。

 真那に近づくことは不可能だ。なら、と思い、私は真那の部屋のデスクに手紙を置いた。

【話したいことがあります。ふたりになれる時間を取ってくれませんか。立花春華】

 幸いにも、返事はすぐに来た。

【明日の夜、屋上で】

 

 翌日、春華は屋上に向かった。真那に説明するための文言を事前に何度も考えなおした。人と話すのがとても久しぶりで、色々な緊張と不安が入り混じっていた。

 しかし、屋上にいたのは真那ではなかった。四条菫、深谷舞、片桐慧が、そこにいた。春華に被害を受けた藍や杏珠や真那の友人だ。

『真那がほんまに来ると思ったん?あんた、ここで真那に何するつもりやった?とどめ刺すつもり?』

 舞は勘違いをしているようだ。三人の視線は敵意をむき出しに、一瞬の隙も見せないという強い意志をもって春華を捉えている。

『違うよ、私じゃない』

 嫌悪や侮蔑を目前にして、声がかすれる。久しぶりに人と話すのが、こんな形になるとは思わなかった。もっと、言いたいことがあった。しかし、三人に歩み寄ろうと一歩踏み出しただけで、三人は身構える。まともに話ができるような雰囲気ではなかった。

『ここはあなたの居場所じゃないから!お願いだから出て行ってよ!』

 菫が泣くような声で叫んだ。去年は家族のように思っていた存在だったのに。じゃあ、私の居場所はどこにあるの?

『わかったよ』

 春華はそう言って、足を踏み出した。その一挙手一投足に三人を、三人はおびえたように瞬きもせず睨みつけるように見ている。得体の知れない怪物か何かだと思っているの?そう思って少し笑った。

 びゅうっと、風が吹く。なぜか恐怖はなかった。母親譲りの細長い脚をフェンスにかけ、屋上の縁に立つ。地上を見下ろすと、校舎に隠れるようにして真那や杏珠がいるのが見えた。敵討ちをあそこから見守ってたんだ、と、彼女たちの謎の仲間意識に小さな羨ましさを感じる。どこかで道を踏み外したりしなければ、私も彼女たちと肩を並べていたのかな。

 せめて、ひとつ彼女たちに残したかった。私の不幸だけで終わらせたくなかった。卑怯な彼女たちに、自分自身を忘れさせないための何かを。

『あなたのせいだから』

 頭の中で、誰かが言った。

 それは、母の遺書に書かれていた文言だった。夫、助けてくれなかった両親、そして足手まといな娘に向けた、最後の銃弾。あれ以来、私の心には錘が付いたような感覚が消えない。私がお母さんを殺したのだと。

 春華は振りむいて、三人に言った。

『あなたのせいだから』

 そして、地上にいる杏珠、真那、藍、蘭にも聞こえる声で言った。

『あなたのせいだから』

 私と同じ錘を永遠に持ち続ければいい。同級生を殺したのは自分だと。お母さん、こんな気持ちだったんだね。後悔と罪を背負わせ、自分はこの舞台を降りる。こんなにも気持ちのいいことだったんだね。

 私は一歩踏み込んだ。


 ***


 あの日、立花春華は死んだ。しかし、死の世界も春華に居場所を与えなかった。

 屋上から転落した春華は一命を取り留めた。それは春華にとって、幸いとは言えなかったが、あることを思いついた。

 それは、もう一度緑風学園に入学することだ。立花春華としてではなく、江藤レミという新しい自分として。

 緑風学園は、立花春華の転落事故を表沙汰にしないことを条件にその提案を飲んだ。名前を変え、別人として学園に戻ることを許可したのだ。立花春華、いや私、江藤レミは、白い肌を黒く焼き、髪を明るくし、派手に化粧をし、リスタートを切った。


 少し前まで一緒に生活していた立花春華だとは夢にも思わず、派手な外部生として私を扱う内部生たち。私も、無駄に関わることを避けた。


 月曜日、実音が見せてくれた彼氏の写真に写っていた母親が、有栖川藍の親だと気づいた。中等部入学時、来賓席で娘のスピーチを誇らしげに聞いていたあの品のある女性だ。

 お金持ちの家庭の彼に、緑風入学を進められたということを思い出し、すぐにピンときた。実音の彼は有栖川藍の兄なのだと。実音の態度から見るに、それを知らないようだ。

 家庭科の授業で起きた、西田桃乃と満里奈の騒動を見て、満里奈を悪者と決めつける実音は、まるで藍と私のクリスマスパーティーのワイン騒動の時の野次馬のように思えた。本質ではなく印象で物事を決めつける。そしてそれが正義だと信じ込んでいる。そんな実音に、少し嫌がらせがしたくなった。

 有栖川藍は外部生に対する差別意識が人一倍強く、お高く留まった女。生きる世界の違う実音が兄と付き合っていると知ったらどうなるだろうか。

 私は、実音がシャワーを浴びている間に写真を拝借し、藍に手紙を書いた。

【あなたのお兄さまと結婚を前提にお付き合いしています。お話があるので、明日の夜、池の前で会えませんか。佐々木実音】

 併せて実音にも、有栖川藍を名乗る手紙で池に呼び出した。


 火曜日、池の前に有栖川藍と佐々木実音は現れた。

 二人は揉め、最後に実音は藍を突き飛ばしその場を去った。

 藍は、深くため息をついて「なんて野蛮なの。本当に汚らわしい」そう呟いた。

 藍を呼び出す場所をここに指定した理由は、一つだった。この場所は、立花春華が<死んだ>場所だ。彼女に追悼の意や後悔の念があるのなら、誠実な態度で外部生に向き合うよう改心しているのではないかと思ったから。

 藍はおもむろに空を見上げ、呟いた。

「あの子が高等部に上がることができなくて、本当に良かった」

 その言葉が聞こえた瞬間、私は彼女の後頭部に殴りかかっていた。鈍い音がして、手に持つ岩に赤黒い血が付いた。藍はその場に倒れこむ。振り返ろうとした彼女は後頭部をまた池の淵に強くぶつけ、血は白いルームウェアに染み込んだ。

 まるで、あの時の赤ワインのように。

 計画的な犯行ではなかった。あくまでも、藍に嫌な思いをさせたかっただけだ。しかし、私は実行してしまった。思いのほか罪悪感はなかった。罪人に罰を下すのが、少し遅くなっただけだ。

 彼女の落とした手紙を回収しようと探すが、何故か二枚あった。暗い中、一枚を手に取ると、背後から人の気配がした。

 急いでその場から身を隠すと、牧野くみがとぼとぼと歩いてきた。彼女は藍を見つけ、腰を抜かせて座り込んだ。遠くから見てもわかるほどに震えて、言葉にならない声で喘ぎながら言った。

「舞に怒られる」

 くみは四つん這いで藍に近づき、息がないのを確認してまた小さく悲鳴を上げる。彼女は、少し放心状態になった後、我に返ったように藍の私物を掴んだ。ポーチと、先ほど私が拾い損ねたもう一つの手紙をもって、くみはその場をよろよろと去っていった。

 私は先ほど手に取った手紙を開き、脳が凍ったような衝撃を受けた。

【深夜一時に屋上】

 そこに書かれた文面は、私のものではなかった。

 この字は舞のものだ。左利きの癖のある字。あの日、屋上に呼び出した手紙の【明日の夜、屋上で】と同じ字だ。あの日が頭の中でフラッシュバックした。あの子は、あの子たちは本当に変わらない。私の残した錘もまるでなかったかのように、成長も後悔も贖罪の意もない。不謹慎極まりない。

 私は部屋に戻り、その封筒に別の手紙を入れた。

【お前がしたことを知っている】


 水曜日、藍の死が告げられた。

 ざわつきとすすり泣きが響く教室。横目で舞を見ると、呆然と私が入れた封筒が握りしめている。舞はどこまで思い出しているのだろう。手紙と窓の外の屋上をゆっくりと交互に見ながら震えている。その手紙の筆跡が、あの時真那を呼び出した手紙と同じだということに気が付いているのだろうか。藍と私(江藤レミ)はなんの接点もない。誰も、私にたどり着けることはない。舞は自分の行動により人が死んだと思えばいい。

 放課後、談話室に集まっていた内部生たちは、なぜか有栖川藍が転落死したと思っているようだった。

「落ちたってどこから?どういう意味?」

「だから・・・藍ちゃんが屋上から落ちて亡くなったから・・・」

「池の近くで怪我しただけだよね?屋上から落ちたんじゃなくない?」

 彼女たちの表情から察するに、立花春華と同じように屋上から落ちて死んだと思い込んでいるようだった。私のあの事件が彼女たちの中でフラッシュバックしていることに快感を覚えた。

 そうやって自分たちの罪を思い出せ。


 しかし、予想外なことが起きた。

「江藤さんでしょ」

 一人の少女が部屋に滑り込んできてそう言った。ほとんど会話を交わしたことのない、正田弥生だ。ルームメイトの実音はおそらく四条菫のところに行っていて、満里奈は生徒指導に呼ばれている。近くに仲間はいない。

「有栖川さん殺したの江藤さんでしょ。私全部見てたよ」

 血の気が引いた。有栖川藍との関係性もなければボロも出していない、その上、正田弥生が恐れているであろう私にそれを言ってくるということは、カマをかけているわけではないだろう。正田弥生が言っている、『全部見てた』は事実だと信じざるを得なかった。

「それで、何が目的?」

 黙秘も動揺もとぼけも怒りもせずにあっけなく観念した私を見て、正田は一瞬驚いた顔をした。

「先生や警察に突き出す?それとも口止め料?私を支配下に置こうとでも?」

 弱みを握られているとはいえ、この目の前の女からゆすられるのはごめんだった。満里奈にいじめられているパッとしないデブ。本性も知らずに描いていた慧と杏珠の漫画が流出した今、立場がない彼女はこんな大きなスクープを手に入れたら何をしでかしてもおかしくない。

「別に何が欲しいとかじゃないよ。ただパソスト閲覧しに来ただけ」

「は?」

「なんであんなことしたのかなって、聞きたいだけ。あまりにもスムーズに躊躇なくやっちゃってた上に飄々としてるから気になって」

「関係ある?あんたも殺しちゃおうか?」

「そんなことしないでしょ、江藤さんって無駄を嫌いそうだもん。有栖川さんは理由と目的があって殺したんじゃない?佐々木さんと喧嘩させたのも牧野さんに手紙や所持品回収させたのも全部江藤さんが仕組んだの?」

 よくしゃべるやつだ。こんな子だと思っていなかった。異常なほどに落ち着いていて危機感が皆無。その上正義感や倫理観ではなく好奇心だけで行動しているようだ。

「私、人間観察が好きなの。それだけだから、江藤さんをゆすろうとか言いふらしてやろうとか、そんなんじゃないよ」

 正田はそう言って、勝手に私の椅子に腰かけ、ベッドに座るよう促すように手をひらつかせた。私はそれに応じ、椅子に座る正田と向かい合うようにベッドに腰掛ける。

 おもしろいやつだな。なんとなく、そう思った。眼中にもないような立ち位置にいたクラスメイトが、突然こんなにも饒舌に干渉してくるなんて思いもよらなかった。そしてそこに悪意はなく、馬鹿みたいな好奇心だけ。私は、中等部の頃のことから自分の正体まで、すべてこの女に話すことにした。


 木曜日、なぜか満里奈が有栖川藍殺害の犯人として停学処分になった。はっきりそうとは言われていなかったが、学園の掲示板や生徒たちの噂では完全に満里奈が真犯人と決めつけているようで、先生もそれを否定はしない。クラスでも恐れられていた満里奈を冤罪だと疑う人の方が少なかった。

 まただ。また、見た目や日ごろの行いで悪役を仕立て上げられる。満里奈は完全な無実だ。イメージだけで犯人を決めつける周りのやつらに苛立った。満里奈と、あの頃の私が重なって思えた。

『知ってると思うけど、昨日満里奈が停学になったの』

 うんざりしたような表情のクラスメイトを横目に、有栖川藍殺害のではなく、満里奈に濡れ衣を着せた犯人を探る。

 矢代蘭の、カードキーがない件に関しての言及で、視界の端の牧野くみが身体をこわばらせたのがわかった。秘密をもつ人間は、堂々としていた方がいいのに。そんなだから、舞のような小賢しい娘の支配下に置かれてしまうのだ。

 結局、その会議で収穫はなかった。しかし、藍と田口文加が揉めていたという情報を掴んだ。

 田口文加は中等部の頃、私の仕業と偽って杏珠の手紙を燃やした女だ。ほとんど関わったことはないが、よくも知らない私を貶めようとするサイコめいた女。その子が藍とどのような関係があるのだろうか。田口文加と仲良くしている正田弥生に聞けば、その真相がわかるかと思ったが、会議が終わってすぐに二人は寮から出て行ってしまった。

 実音とはずっと気まずいままだ。月曜日にした喧嘩が原因か、話した直後に死んだ有栖川藍になにか後ろめたさがあるのか、それとも私が何かをしていることを察しているのか。見た目の大人っぽさとは裏腹にピュアで恋愛馬鹿なこの子が察しているとは思えないが、これもまた見た目に反して優しい子だから、有栖川藍の死になにかしらの後ろめたさを感じている可能性がある。最近仲良くしている四条菫との関係もあるのだろう。

「レミ」

 二人とも黙っていた部屋で、突然実音が私を呼んだ。

「なに?」

「あのさ、満里奈がやったのかな?藍さん」

「は?」

「みんなそう言ってるもん。それって、友達の私たちまで白い目で見られちゃうよね。レミ、さっきみたいな犯人捜しするの辞めない?無駄に目立つだけじゃん。満里奈が犯人じゃないって根拠も証拠もないでしょ?」

 頭にカッと血が上るのが分かった。この前言ったこと、まだ理解していないのか。不安げに、善人らしく、弱者のように、そんな目で〝友達〟が悪だと決めつけるのか。実際に満里奈は犯人じゃないのに、根拠もなく友達を犯人だと決めつけているのはあなたでしょ。

 実音は、あくまでもいい子。優しい子。この子は正義感でこの発言をしているのだ。月曜日の家庭科での事件の時もそう。世論から見た正義しか正義と認めず、健気なヒロインを演じる。演じている自覚も、誰かを傷つけている自覚もなく。

 この女になにを反論しても一緒だ。

「あんた、そんなんで先生になりたいって言ってんの?本質も見抜けず、一部のいい子そうな生徒だけを信じて一部の生徒は見捨てる。そんなんで、誰があんたをいい先生だと思うわけ?」

 そう言って、部屋を後にした。実音は引き留めも言い返しもしなかった。


 庭に出ると、空は暗くなってきていた。少し前まではこの時間でもまだ明るかったのに、と、季節の変わり目を感じながらも私の心は荒れていた。

 頭の中には、中等部の頃の味方のいない自分がいる。日ごろの行いは確かに悪かった。だからこそ貶められたことは自覚していた。それでも、許せないものは許せない。有栖川藍を殺してしまったことに、罪悪感はなく、むしろあるのは達成感だ。

 遠くで聞こえる運動場での楽しそうな声。それとは違う、うめくような叫び声のようなものが聞こえた。声のする倉庫の方に向かうと、片桐慧がなにか叫んで、手に持ったものを倉庫の奥に投げつけた。

 慧はその場から逃げるように走り去る。何事かと思い、倉庫を覗き込むと、震える手でガラスを拾う田口文加がいた。正田弥生と一緒じゃなかったのか、と思ったのと同時に、その香りと文加の拾う繊細なデザインのガラスで記憶が呼び起された。

 中等部一年の時、月丘杏珠が持っていた香水を知り自分も購入した。今も杏珠がつけている、ローズの香水だ。その年限定のその香水は、手に入れるのに苦労した。杏珠が母親に買ってもらったのであろうそれを自分も持つことによって、同じ感覚を味わいたかった。私も甘野ほまれの娘として、同じものを買ってもらったのだと。今思えば奇妙なほどの執着心だと思うが、当時の自分には精一杯だった。

 あの日、屋上から転落して病院で目覚めたあの日、寮にあった私物は病室に回収されていた。しかし、どこにもなかったあの香水。

 目の前の女が拾うそれは、明らかにその代物だった。この女は、私を手紙を燃やした犯人に仕立て上げただけでなく、死んだ私から物を盗んだのか。

 その推理が脳内で結びついた途端、私の体は無意識に動いていた。文加の屈みこむ頭上の机には、火の灯ったアルコールランプがある。私は、そこに目がけて石を投げつけた。

 文加が顔を上げるのが早かったか、割れて机から落ちたアルコールランプが火を燃え広がらせるのが早かったか、勢いよく広がる火の中の文加と目が合った。

 罪人は、裁かれるべきだ。当然の報いだ。

 私は疲れていた。罪悪感を凌駕する達成感は、今はなかった。もしかすると、私が死んだあと、彼女たちは冷静になり私の死を悼んだのではないか。彼女たちは立花春華のことを話さないのはあの事件から目を背けているわけではなく悲しくて思い出したくないだけではないのか。文加が香水を持っていたのは私の肩身だったんじゃないか。立花春華にこの学園から消えろと言ってしまったことを後悔しているのではないか。ありもしない、でも、ないとは言い切れない想像が頭の中を駆け巡った。ポジティブとも言えない、罪悪感から来るものとも言えない、怒りから冷静になったことで浮かび上がった想像。

 少し、自分は何をしてしまったのかと恐ろしくなってきた。せめて、彼女たちが今、立花春華をどのように思っているのかが知りたかった。

 火は燃え広がり、香水の匂いから被害者が月丘杏珠だという噂が立ったが、最終的に田口文加が死んでしまったことが特定された。他クラスの野次馬たちは、緑一の私たちを遠巻きに見ている。その眼が私を責めている気がして、急いでクラスブースに逃げた。

『立花春華の次の呪いだって』

 ブースに入った瞬間、私の名前が呼ばれた。らしくないほど泣いている橋本真那だ。真那には結局、弁明ができず仕舞いだったなとふと思った。しかし、立花春華の呪い、というワードに心がチクりと疼いた。やはり、私のことはいいようには思っていないのだ。

『呪いって?立花春華ってあの?何を知ってるの?なんでうちらには教えてくれないの? 』

 あくまでも何も知らない外部生として、真那を問い詰める。内部生の面々は、逃げ場を失ったように目くばせを交わし、すべてを話すと言った。ここで、私の、立花春華のことをどのように思っているのか、自分たちが追い詰めたことにより命を絶ったあの少女についてどのように説明をするのかがようやくわかる。

『あの子が今この学園におらんこと、テレビにも戻ってないこと、それは、中等部で彼女が死んじゃったから』

『彼女はとっても傲慢でとんでもない人間だった。いろんな生徒に嫌がらせをしてた。二年生になるころには完全に浮きっぱなしで、友達もいなかったと思う。それが私たちのせいだって、だから復讐って言ってるの。彼女はわざわざみんなを呼び出して、『あなたのせいだから』そう言って命を絶った。彼女が落ちた先が、藍の死んだあの池』

『私は、立花春華さんの関係者がこの中にいるんじゃないかって思ってるわ。立花春華さんの死はこの学園がもみ消して、外部には出ていない。そんな学園や内部生に恨みのある誰かが、順番に殺してるんだって、そう思う』

 彼女たちの語りは、聞いていられないほどだった。完全に、私を悪魔のような存在として語るのだ。死人に口なしと言ったところか。何を言ってもいいと思っているのか。

 私は、ここで復讐をやり遂げることを決意した。


 夜、正田弥生が部屋に来た。実音は寝るとき以外カフェテリアにいるようで、部屋にいなかったのが救いだ。

「なんで?」

「なにが」

「なんでぶんちゃんを殺したの?」

 気丈な顔で部屋に入ってきたと思いきや、堰を切ったように涙を流し始めた。まずい。これはさすがに傍観者を降りてすべてを話してしまうかもしれない。そうなると、昨日決意した復讐は果たされずに終わってしまう。

「言ったよね。中等部の時のあの子の愚行。話したじゃん」

「でも、」

 何かを言い淀んだ。

「こういうシナリオか、主人公の友人って死なないポジじゃないのかよ。これならクラスでハブられても友達と四人だけで進めていくバッドエンドの方がよっぽどハッピーエンドだわ。主人公に与えられた最大の試練ってか?こんなのトラウマ級じゃん。なにこの演出炎上するぞ」

 小さな声で自分に言い聞かせるように何かを言っている。

「シナリオとか知らないけどさ、言うの?みんなに言いふらす?それともまだ黙って見てる?」

 正田弥生はまた黙った。

「出たよ究極の選択肢。親友のために全部話してしまうか、悪役に加担して被害を見過ごすか?そんなの前者が正規ルートに決まってんじゃん?でもさ、それってどうなの?主人公ってやっぱヒーローなの?二次元でも三次元でも一緒?それってさ、どうなの?」

 ぶつぶつと呟き続ける目の前のふくよかな女に少しずつ苛立ってきたが、ここで余計なことを言って自分の立場をわざわざ悪くするのは得策とは言えない。

 小雨の降る窓の外を見ながら、正田弥生のアクションを待つ。

「わかった、私もヴィランになる」

「は?」

「江藤さんも側に付くって言ってんの!私、小学生の時立花春華の大ファンだったの!親友や今の推しより昔の推しを選んだの!最低!」

 なにやら一人で叫んで地団駄を踏む。選択したのは自分のくせに、陶酔したみたいにいろいろ語りだしてうるせえな、と思いながらも安心した。やってよかったとは思っていない子役時代が今になって効くとは皮肉なものだ。

「ふうん、勝手にすれば」

「次は杏珠さんですか」

 急に従順になった。

「何急に」

「闇落ち」

 何を言いたいのかはわからない。味方に付くのは助かるのかもしれないが、あまり干渉してほしくもない。

「そうかもね」

 それだけ言うと、わかりました、と部屋を出て行った。まさかあいつが勝手に杏珠に手をかけるとは思えないが、気がかりが増えたことに辟易した。


 金曜日、神様は私を味方しているようだった。

 月丘杏珠が私を貶めたのは、橋本真那が怪我をした体育倉庫だ。下見がてら体育倉庫に行ってみると、見計らったかのように杏珠がやってきた。杏珠は弓道部で使うのであろう砂の入ったペットボトルを数本手に取り、重そうに倉庫から出て行こうとする。

 するとそこに、糸井すずめがやって来て倉庫の中に向かって杏珠の肩を強く押した。その反動でペットボトルが落ちて散らばる。すずめは体育倉庫の扉を閉め、杏珠をすごい勢いで罵りだした。

 何が起こったのかはわからなかったが、好都合だった。このままうまくいけば、杏珠を仕留められそうだ。私は体育倉庫の奥に身を隠した。

 数分し、すずめが倉庫を出て行こうとした。杏珠は棚に背を付けて床に座り込んでいる。私は、勢いよくその棚を押し倒す。あの頃、真那が脚だけの負傷で済んだのは倒れこんで下敷きになった場所が良かっただけだ。杏珠は完全に棚の下。助かりっこないだろう。しかし、棚を倒したことにより私の隠れていた場所が開放的になってしまった。倉庫の外から、誰かの声が聞こえる。まずい。

「江藤さんこっち!」

 誰かが、左手を強く引いた。破損したサッカーゴールの裏に暗幕のようなものがある。そこから太い腕が伸びていた。暗闇から伸びる腕に掴まれ一瞬ゾッとしたが、身を任せてその暗幕の後ろに隠れる。

「江藤さん、やっちゃったね」

 正田弥生だ。私よりも先に倉庫に潜んでいたというのか。また、ゾッとした。

 暗幕の向こう側では、牧野くみや矢代蘭が大騒ぎしている。それを見ながら、正田弥生は話し始めた。

「江藤さん。三人も死んだらさすがにまずいと思うの。もっと警戒は強くなるし、これ以上の犯行は無理があるよ」

「犯行って言い方辞めてくれる?」

「そこじゃなくて、続けるための計画聞いてくれる?」

 正田は、私の返事を聞かずに計画を話し始めた。それは、それぞれの事件を誰かに擦り付けることだった。ちょっと無理があるように感じられたが、客観的に見て多少論理的でエキサイティングな推理は、夢見がちな偽善者たちがこぞって信じ、それを吹聴してくれる。無謀とも言い切れない提案だった。


***


 結果的に、正田の作戦はうまくいった。だからこそ、私は今呑気にシャワーを浴びられているのだ。冤罪をかけられいなくなった実音のいないこの部屋で。

 そして、次の作戦を立てる必要があった。この一週間は打って変わって平和だった。犯人が捕まって危機感を失った、今が絶好のチャンスとも言える。


「レミ」

 シャワールームから出ると、部屋の扉が開かれ満里奈が入ってきた。

「なに?どうかした?」

 いつも通り、江藤レミを演じて答える。満里奈は私の眼をしっかりと捉えたまま、真剣な表情を崩さない。案外、満里奈のこういう表情はレアだ。いつもふざけ合っているか、誰かの悪口を言っているかがほとんどだから。

「なに?どうしたのよ」

 私は再度問う。満里奈は後ろ手で扉を閉め、本来実音の物であるデスクに腰掛けた。

「レミ、なんか隠してる?」

「え?」

「さっき矢代サンに言われたんだよね。『レミちゃんは心の中でずっと悪意を持っている』って。色が見えるとか言っちゃって、わけわかんないんだけどさ。助けてあげてって言われたんだよ。馬鹿げてるけど、でも」

「悪意?なにそれ!私そんなこと考えるほど闇抱えてそうなの?」

 満里奈の言葉を遮るようにおどけて笑う。矢代蘭のことを毛嫌いしているはずの満里奈がなぜ真に受ける。矢代蘭は私が犯人かもしれないと満里奈に言ったのか。

「知らない。でも言われたらなんか気になっちゃってさ。レミ、私らといて楽しくなかった?いっつも笑顔でいたけど、もしかして本心じゃなかったのかなって思って。実音も、私のこの感じが嫌で四条サンと仲良くし始めたんだと思うんだ。レミも、無理して合わせてたのかなって思ってさ。なんか停学になってる間色々考えちゃったんだよね」

 満里奈は、らしくないよね、と笑って言った。矢代蘭の言う悪意の意味を、殺意ではなく満里奈に嫌気がさしたのだと捉えているようだ。

「私さ、家に居場所ないんだ。パパもママも兄貴にべったりで、そんでこの学校に追いやられて。その上学校からも追いやられてさ。なんか、私の居場所ってどこにもないんじゃないかって思っちゃって。わかってんだよ、私の高圧的な態度が悪いってことも日ごろの行いのせいだってことも。でも、なんかその時はそれが自分の中の正解だって思っちゃうわけ。だから勢いに任せてやっちゃうんだよね、いじめとか、自分で正当化してるだけでほんとは最低だってわかってんの。西田が私のスマホ盗んで池に捨てて、私が濡れ衣着せられたのも、超むかつくし許せないけど、罰が当たったんだって思う自分もいるんだよ」

 急に自分を責めだすなんて、いつもは女王のような満里奈らしくないな、と思ったが、どこか、中等部のころの私と重なって見えた。自分ではどうしようもない、その場の勢いでやってしまった嫌がらせは、自分に返ってきた。藍にかけられたワイン、文加が燃やした手紙、杏珠が倒した棚。全部、擦り付けられたのは私の日ごろの行いのせいだ。

「レミはさ、私といるのしんどい?だったらさ、私が変わるからさ、私のこと見捨てないでくんない?居場所なくなるの、きついんだ」

 はあーっと、深く息を吐いて満里奈は黙り込んだ。

「居場所なんて私にもない」

 家にも学校にも、天国にも地獄にも居場所がなかった私。そんな私が、誰かの居場所になんてなれるのか。

「矢代サンがさ、言ってたんだよね。『菫のためならなんでもする』って。なんかそんな感じには見えないけど、強固な絆で結ばれてるみたいでずるいって思った。でもさ、私もレミと実音のためだったら周りを敵に回してもいいって思ってたんだよね。言葉にするとくさいけど」

 満里奈は普通の女の子なんだな、と思った。私みたいに、濡れ衣を着せてきたやつに仕返しをしようとなんて考えず、自分を顧みて反省することができる正当な人間。もう私は罪を犯してしまっている。満里奈の居場所が、犯罪者と一緒だなんてそんなことがあっていいはずない。

「私、満里奈の居場所にはなれないわ」

 思ってもない返答だったのか、満里奈はショックを受けたような表情で一瞬固まった。

「だからさ、実音を呼び戻すからさ、その言葉実音に言ってやってよ」

 実音は無実だ。全部私がやったことだ。知らなくてもよかった彼氏の正体を明かし、藍と喧嘩させ、その上罪を擦り付けた。慧も弥生も、私の罪をかぶせられているだけだ。

「実音って、偽善者だよ。でも超いい子なの、単純でさ。だから満里奈が言えば感動して、満里奈のこと好きだなーって思うよ絶対」

 私は満里奈の顔は見れなかった。なかった後悔や罪悪感がどっと押し寄せてきて、頭がいっぱいだった。手が震えた。私が殺してしまった人たちの今後の人生をすべて消してしまった事の重大さは、単なる謝罪じゃ賄いきれないほどだ。

 満里奈にごめんと一言残して、私は職員室に向かった。

 fin.

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まとりょーしか もちだるま @Pa8

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