第六章 アンコール

・西田 桃乃

 ・・・黙っていてすみません。成瀬さんのスマホを池に落としたのは私です。いいえ、もともとは殺人犯に仕立て上げようとしたわけじゃないです。志穂さん・・・幼馴染に電話しようと思ったんです。いろいろと耐えられなくなって、死にたくなったから。

 悪夢の始まりは月曜日でした。そうか、まだ一週間しか経っていないんですね。この一週間は、まるで一年にも思えるほどに長かったです。

 月曜日、成瀬さんが私のことを「魔物ちゃん」って呼んだんです。中学時代、いじめられていた時の私のあだ名です。それを知っている人がいない学校に進学したのに、成瀬さん、いじめの主犯格と友達だったんです。次の日の朝、チュンやぶんちゃんの書いた漫画が流出した。内容も内容だったので、いつも一緒にいる私も非難の対象になりました。私は全く関与していないのに、そんなことみんなには関係ないんです。

 もう、耐えられなかったんです。死にたくなりました。そういう時は志穂さんとお話ししないと、本当に生きることを放棄してしまう。いじめに耐えかねて自殺しようとしたとき、救ってくれたのは志穂さんだったから。

 成瀬さんがスマホを隠し持っているのは同じ部屋で生活していればわかります。眠った後に、少しだけ借りようと思ったんです。もちろん朝までに元に戻すつもりでした。けど、中庭に行くと藍様が池の前で亡くなっていました。

 もうダメだと思いました。この世界は絶望でできていて、私の心を殺しに来ているんだと思いました。全てにおいて想像を遥かに超える、不幸という言葉が甘く感じるような絶望で私を蝕んでくるんです。

 でも、そんな絶望をかき消すほど、藍様の眠る姿は美しかった。

 はい、藍様のことは尊敬していました。でも、私思ったんです。ああいう女神のような存在は、死んでこそ伝説になりえるって。彼女が死んだのは必然なんです、現世はただの通り道で、元の場所に戻っていったって思えば合点がいきませんか?少なくとも私は、彼女のご遺体を見たとき直観的にそう思いました。

 絶望感に苛まれていた心が少し冷静になったんです。

 この絶望は、全部成瀬満里奈のせいじゃないか。と、気が付いたんです。あいつさえいなければ、幸せになれるんです。志穂さんに頼らずとも、彼女を葬る術が手の中にありました。


・佐々木 実音

 もうわかりません!なにが真実なんですか?私が藍ちゃんを殺した?それって本当なんですか?

 ・・・はい、確かに揉めて、藍ちゃんを突き飛ばしたのは事実です。でも、大きな音もしなかったし、あんなので死ぬわけない!え?確かにその時振り返って確認したわけじゃないですけど・・・。そもそもわざとじゃないじゃないですか!偶然が生んだ悲劇。私のせいじゃないでしょ?

 菫ちゃんと話したいです。私じゃないよって、ちゃんと説明したい。きっと菫ちゃんが一番辛いはずです。友達が友達を殺したと思っているんだから。弁明させてください!

 え?ああ、あの日ですか。あの日は、藍ちゃんに呼び出されました。どうやって知ったのか、祐樹さん・・・お兄さんから直接連絡があったのかはわからないですけど、夜中に池の前に言ったら、突然怒鳴ってきたんです。藍ちゃんってそんな子じゃないと思ってたのに、急に。

 「あんたみたいな庶民が兄様に手を出すなんて信じられない!」「すぐに別れて頂戴!」そうやって叫ばれました。私も知らなかったんです。祐樹さんが有栖川家のご子息で藍ちゃんのお兄さんだなんて。

 緑風学園に通った人と結婚すると決めているなんてそもそも私を焚きつけるための嘘だと思っていました。本当にそういう家系だったのかって、藍ちゃんに言われてようやく理解しました。

 それと同時に、こっちも腹が立ったんです。こんなにも愛しているのに、元の家柄だけで判断する藍ちゃんにも、高等部入学の外部生は結婚対象外だと最初に教えてくれなかった祐樹さんにも。

 それまで藍ちゃんとは程よい距離感でうまくやってきたんです。最初のルームメイトだったこともあって、よくしてもらってたと思います。でも、それって藍ちゃんからすれば、目下の人に親切にしてあげているっていう自己満足でしかなかった。私とは対等な関係じゃなかったんです。

 こんなに言うと、殺意があったみたいですね。本当に違うんですよ。人を殺すような人間に見えますか?


・片桐 慧

 はい、田口さんは私が殺害しました。彼女、燃やそうとしたんです。私と杏珠の絵を。許せないと思いました。杏珠は昔、大切なものを燃やされて悲しんだのに、それを知っている田口さんが同じことするなんて。だから、彼女の近くにあった香水を投げつけました。

 少しすると倉庫が火を上げていました。香水って、あんなにも燃えるんですね。知らなかった。そうしたら杏珠の香りがして、我に返った。杏珠がその場にいたんじゃないかって、杏珠も巻き込まれたんじゃないかって。でもよかった、ただあの子が杏珠のストーカーだっただけなんですね。

 真那に言われたんです。「同性かどうかは気にする必要がない、普通の恋愛・男女の恋愛と同じように考えればいいよ」って。私の知っている恋愛は父だけですから。普通なんて知らないです。

 私、やっぱりお父さんに似ているみたい。恋路の邪魔をするものは、殺してでも排除しなくちゃって。そういう潜在意識がそうさせたのかもしれません。

 杏珠が、田口さんを自殺だとネットに書いたんですよね。あれは、私を守るためだったんです。田口さんを殺してしまった日、会議の後に杏珠の部屋に行ってすべてを話しました。杏珠は、「私のためを思って行動してくれたのね」と、私を責めませんでした。慧は何も悪くないって、そう言ったんです。

 こんなこと自分で言うのも変ですが、愛ですよね。杏珠はまだ目を覚ましませんか。目が覚めた時、私が逮捕されているなんて知ったらどう思うんでしょうね。でも、杏珠は待っていてくれると思います。私たちは運命で結ばれているから。


・牧野 くみ

 ごめんなさい、ごめんなさい。私が藍さんの物を現場から持ち出したから、だからどんどん悪い方向に膨らんで・・・。

 あの日、舞に指示された屋上には、鍵が閉まっていて行けませんでした。そしたらすでに池で藍さんが死んでたんです。だから咄嗟に藍さんの物をかき集めて逃げた。そうすれば、私がやったっていう証拠になるかなって。

 盗むことが悪いことだというのはもちろん理解してます。毎回、しっかり後悔もしてるんです。でも、自分の劣等感を拭ってくれる手段の一つだったんです。それが、舞に弱みを握られるきっかけになった。

 舞のことは好きです。舞が私のことを友達だと思っていないこともわかっています。ただの小間使いのようなものだって。でも、そんなこと自分では認めたくなかった。舞がいないと居場所がないんです。舞に捨てられたら終わりなんです。まだ二年以上残っている学園生活を一人ぼっちになってしまわないようにするには従うしかなかったんです。舞のことが怖くて、断れなくて。

 舞のせいにするわけじゃないです。実際行動したのは私だから。舞はなんて言ってますか?私のことを要らないって、使えないって言ってますか?私はどうすればよかったんですか?指示に従っても従わなくても立場がなかったんです。結局殺せなかったのは事実ですけど。


・四条 菫

 藍が死んで、損失はあったのか。お家柄の良い子ですが、跡継ぎは彼女の兄。藍は御家族からの寵愛を受けていたかもしれないけれど、彼女を失ったことで生まれる損害はゼロに等しいでしょう。多く見積っても、関わりを持った人の心に〈知り合いを亡くした〉という傷を負わせる程度。そんなもの、数年経てば薄れます。

 例えば、企業に勤める会社員だとしたら、レストランのシェフだとしたら、人々に貢献する何かを作ったり提供する立場になる。死んでしまってはそこで生まれるはずだった新しい企画や料理がなくなる。笑顔や便利を生み出せなくなりますね。

 著名な芸能人や漫画家、スポーツ選手がこの世を去った時、今後産み出されたかもしれないいくつかの名作や記録がこの世に表れなくなってしまったという損失がある。

 でも、おそらくこの後の人生でも自らの表現をしたり、仕事や社会貢献をしたりということはないであろう箱入り娘が一人死んだことが、後世に及ぼす影響は、あるのかしら。

 ・・・なんていう、人の心を忘れたような考えがスラスラと出てきてしまう自分自身がまた恐ろしいのです。もしかすると、私が藍を殺したのではないかとすら思ってしまう。自分で自分が恐ろしい。

『花の色は うつりにけりな いたづらに 我身世にふる ながめせし間まに』

 これ、藍の一番好きな和歌です。美しい花の色も時がたてば褪せるし、私も同じように。という詩。藍はそんなくらいなら、美しいうちに死んでしまいたいのですって。

 もしかすると、これでよかったのかもしれないだなんて思ってしまうんです。大切な友人を失ったのに、こんなこと言うなんて私、本当に最低。


・深谷 舞

 くみが殺したわけじゃないなら、私には一切関係ないってことでいいんですよね?私はただ、突然クラスメイトを失った可哀想な生徒。ですよね?調べました。くみがやったんじゃないかって思ったとき、これって私も罪に問われんのかって。殺人教唆?でしたっけ。やばいって思いました。冗談を真に受けたくみが悪いのに、私まで共犯扱いなんて許されへんし。

 でも、くみがいてよかったです。もしくみが藍の物を回収してなかったら、私が書いた手紙がそこにあったってことですもんね。それが先に見つかってたら私絶対に疑われるじゃないですか。実際無関係やのに。

 手紙?捨てましたよ。あんなもん、処分せずずっと持ってる方が変でしょ。事件に無関係なものは捨てとかないと、あとでそれを餌にゆすられても困るでしょ?責任は自分でとらないとね。

 そういえば、藍が死んだ日に私の机に入ってた手紙って誰が入れたんやろ。それもすぐ捨てたからもうわからんけど、錯乱してたから幻覚見たんかな?


・成瀬 満里奈

 酷いじゃんね、名誉棄損にもほどがある。私は何もしてないのに。ていうか、スマホは弁償してよね。え?規則?そんなの、持ってくることより壊すほうが悪いでしょ?校則より法律よ。

 藍のことは好きじゃなかったわ。いいじゃない。死んだからって『いい人でした』なんて言う偽善者にはなれないの。田口のことも嫌い。

 いじめ?そんなことしてないわよ。嫌いな人に冷たい態度をとるのはみんな一緒でしょ?うまく隠すかどうかってだけの話よ。暴力も盗みも恐喝もしてないもん。それのどこがいじめ?被害妄想でしょ。私はそっちの方が悪質だと思うけど。それこそ田口とかそのグループの奴らはみんな、影でコソコソ悪口を言ったり面白がってマンガ書いたりしてるじゃん。それはいじめじゃないの?もし私が田口たちの絵を好きかって書いて笑ってたらいじめだって言うんじゃん。結局客観的に見て勝手に私を悪だと決めつけてるんでしょ?それはいじめじゃないの?

 影響力があるってだけで悪者扱いされるなんてどうかと思うけど。ほら、ドラマとかでさ、OLが上司の悪口をトイレとかでこそこそ言ってんじゃん?それって当たり前で、面白おかしく描かれるけど、もし上司が部下の悪口を言ってたらどう?超嫌味じゃない?上の人間が下の人間を悪く言うのは心象悪いんだよね。でも、学校のクラスメイトに上下関係はない。それは勝手に自分たちで上下を決めちゃってるんでしょ?それで勝手に私を格上に見てるから私が悪いって思うんじゃないの?私よりもよっぽど悪口は言ってるくせに。本当に陰湿。そもそも対等じゃないと思ってるのはそっちの勝手でしょ。ほらね、自意識過剰の被害妄想。


・糸井 すずめ

 ついこの前の私には、こんなことになるなんて絶対に想像がつかなかったでしょうね。

 ぶんちゃんが殺されて、マーチは人殺しになって、自分も大好きだった月丘杏珠さんを殴っただなんて。ありえない展開です。

 自分たちのグループはいつも慧さんと杏珠さんを中心に構成されただけの、趣味が合うだけの寄せ集めグループのように感じていたんです。でもね、その仲間のためなら推しですらも手にかけられるくらい、私たちの友情はしっかりそこに存在していたんだって、こんなことになってようやく実感ができた。皮肉ですよね。失ってから大切さに気がつくだなんて。

 図書館で「棘」を読んだ時、ぶんちゃんが犯人だなんて一瞬でも思ってしまった自分を呪いたいです。毎日一緒にいた友達を疑ってしまった。でも、「棘」と同じように山吹色の手紙でやり取りしていた二人は死んでしまったんですよね。あの本、呪われてますよ。

 杏珠さんがネットにでたらめを書いたのは慧さんを守るためだったんでしょ?愛する人を守るために身を挺してでも行動した。杏珠さんね、私に叩かれても白状しなかったんですよ。正直、被害を受けたのが親友のぶんちゃんじゃなければ、私はきっと彼女たちを非難することもなく、むしろその行動を讃えて、萌える〜とか言って喜んでいたと思うんですよね。

 人間って、利己的ですよね。


・千原 由愛

 クラスの中に犯罪者が三人もいたなんてね。怖いです。しかも三人も殺されて。どうします?残りの十人の中にまだ悪い人がいたりして。冗談ですよ!笑ってください!

 あ、すみません不謹慎でした。え、てかこの場合って、くみは罪に問われないんですか?だって死人の物盗んだんですよね?・・・なーんだ、つまんないの。あ、すみません。

 これって私も被害者みたいなもんですよね?クラスの中で殺人事件が何度も起こったんだもん。精神的苦痛?あれだ、PTSDってやつ。後遺障害だから慰謝料をもらえるんじゃないですか?どうなんだろ。ね?

 あー、舞がくみに指示した時は見てましたよ。いつものことですけどね、舞が無茶な冗談言うのなんて。実際くみはできなかったじゃないですか。人の手柄横取りしようとしたんでしょ?あ、手柄っていうのは悪いか。すみません。

 え、もしかしてあれですか?舞とくみも犯罪者になります?あ、違うのね。なーんだ。

 慧が田口さんを燃やしたっていうのも超びっくりですよね。あの子そんな度胸とかなさそうなのに。圧倒的善人って感じで。たまにむかついちゃうくらいね。あ、でもあれだ。レズビアンなんだ。

 あれ?まだ聞いてないんですか?慧って、杏珠と付き合ってるんですよ。やばくないですか?杏珠死んじゃったんだっけ?死に別れだ。悲恋だね。あ、まだ死んでない?すみません。ちなみに同性愛は犯罪じゃ・・・?ないですよねー。


・橋本 真那

 そうです。この学園に入ったのは、将来に有利な緑風学園卒業という肩書が欲しかったからです。はい、なくなりましたね。今や生徒が事件を起こしたことで有名な学校に成り下がってしまった。学園の存続も卒業できるかどうかも怪しい。犯人たちのことはもちろん恨みます。

 人生かけてこの場所に来たのに、それを粉々にされたんですから。え?まさか。殺したいだなんて思いませんよ。普通の人はそんな思考にならないでしょ、普通。

 正直に話すと、中等部の時の事件が明るみに出なかったから今回も大丈夫かなって、そう思ってたのは事実です。資産家の娘たちを守るためなら多少の犠牲は隠蔽するのもいとわないのかーって。でもそうか、今回は資産家の娘が被害者だから。

 慧と杏珠は共依存みたいな関係でしたから。二人してなにか、具体的になにってわけじゃないですけど、なにかをしでかさないように私がいた。みたいな。二人は六歳からここにいるので、ここが全てなんです。杏珠が言ってました。『半永久的に預けられる託児所』『養護施設と変わりない』って。そんな場所で境遇を分かち合えるお互いだけが拠り所だった。慧はどれくらいで出所できるんですか。・・・そうですか・・・出所後サポートして上げられたらって思いますけど、卒業したらただの社会人とご令嬢という、学生という名前の隠れ蓑で見えないふりができた格差が顕になる。無理ですね。


・矢代 蘭

 うーん、なんか変な感じです。弥生ちゃんの言ってた犯人さんたちは、悪い色が見えなかったから。だって、人を殺したい人の雰囲気って絶対水色じゃないもんね?あ、水色はみんなの元々の色なんだけど、普通の気持ち、平常心?の時は大体の人が水色とか白なんです。だって、実音ちゃんも慧ちゃんも弥生ちゃんも水色だったよ?あ、そうなの?みんな殺そうと思ってたわけじゃないの?じゃあわかんないか。そうなのかな。

 そっか、心で殺したいって思ってても殺さなかったら悪い人じゃないし、そんなつもりないのに不注意で殺しちゃったら悪い人なんだ。色が全てじゃないんだなあ。

 私が思うのは、何もしてないのかもしれないけど、心の中では誰かに殺意を持ってる人もいるんだってことです。

 誰がって?そんなこと言ったらその子が可哀想じゃないですか。だってその子は犯人じゃないんでしょ?だって犯人は弥生ちゃんが言った子達なんだもんね。


・正田 弥生

 色々とすみませんでした。杏珠さんのことを殺そうとしたのも、犯人を知っていてずっと黙っていたのも。

 皮肉なものですよね、いま私、慧さんと杏珠さんのことをすっごく憎んでる。この前まで大好きで推しだって騒いでいたのに。そのころの自分には想像もつかない未来でしょうね。

 現実はゲームより奇なりってか。簡単には攻略できないし、まだ続くんですよね。難しいなあ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る