最終章
私は、この街が好きだ。
私は、この市が好きだ。
だからこそ。
こうするしかなかったのかもしれない。
*
いつものように資料を開き、人口の統計を確認する。やはり先月よりも全体的に減少傾向にある。喜ばしいことなのか、悲しいことなのか。
複雑な心境で、本日の議会で使う予算案に改めて目を通していく。もっとも私が提案したものではあるが。
「コンコン」
市長室のノックが鳴る。
「どうぞ」
入ってきたのは、私の秘書の丸山。
「神橋市長、例の研究についてですが、また新しく遺伝子操作の実験体が入ってきたそうです、ご確認ください」
タブレットをスクロールしながら、丸山は淡々と説明を続ける。私はため息をつきながら、画面を覗き込む。
「平山智さん……。三十歳。職業は、記者の方ね、うん……、いいよ、ただちゃんと記憶の改ざんは抜かりなくね」
「了解です」
少し沈黙を置く。私は自分を、戒めるためにしなくても良いような質問をした。
「あと、ルドーはまだ世間にバレたりしていないか」
丸山は答える。
「一応、どの研究所からも外に出さないように行なっております。ですが、稀に凶暴な個体は檻をも突き破ってしまうため、一般人への目に触れてしまう機会もあります。なのでその場合は、その被害者や発見者から優先的に実験体へと選ばせていただいております。現にこの平山さんの事例もそうです」
彼は、機械のように、長台詞を言い捨て、私の表情を確認する。
「ああ、そうか、それはうまくできたシステムだ……。うん。後はもう用が無かったら帰っていいぞ」
「了解です」
失礼しましたと、呟きながら彼は市長室を後にした。彼がいると、無意識に体に力が入るからあまり好きじゃない。
「いつから……、こうなってしまったんだろうな……」
私は独り言のように呟く。
私が市長になったのは、一年前。私は行政改善を公約に掲げ、子供の頃から好きなこの街の活気をもう一度取り戻すため、市長選挙に出馬した。
長年、革目市長に勤めていた飯田功労氏に投票で勝つことは非常に難しいと思っていたが、その頃になると、市民の飯田氏に関する不満は限界に達しており、非常に私にとって追い風の雰囲気となっていた。
その結果、私は奇跡的に選挙で飯田氏に勝利を収めることが出来た。
これで、この市を復活出来る。飯田氏によって改悪されたビル群ばかりのこの街を、昔のような誰もがワクワク出来るようなそんな街にもう一度戻すのだと、私は意気込んでいた。
市長就任前日、私は前市長飯田氏に市長室へと呼び出された。二人きりで話がしたいという。私が市長室に入ると、彼が最初に放った言葉は、ごめんな、だった。
私が困惑していると、入り口近くのソファへ腰掛けるよう言われ、飯田氏も向かい側に座ってきた。そして彼は、私に対し、申し訳なさそうな顔をしながら、ゆっくりと口を開いた。
「革目市の真実、について話さなければならない」
彼が語り出したのは、私が予想だにしない内容だった。
二十年前の七月十九日、この国の中心都市、
その隕石は政府が独自に回収し、その破片を宇宙開発の一環として研究へと利用していた。
だがのちに、その研究の中で破片の中に生命物体の反応があることが確認され、政府はその後メディアの統制を行い、この発見を世間、また海外に公表しないまま宇宙から飛来した謎の生命研究を進め、宇宙技術の独占を狙った。
研究を進めていくと、隕石内に鳥の卵のような物が確認されることが分かった。ただし、その卵の表皮は硬く、外側から割って中身を取り出すことが不可能だったため、その卵を培養液に漬けながら、毎日観察することにしたのだ。
そして、とある日、事件が起きた。突如培養液の中で卵が孵化し、中から巨大な鳥が出現。そこにいたほとんどの研究隊員は体を噛みちぎられ、死んでしまった。
その鳥型の化け物はのちに、生き残った隊員の名前の頭文字を取って「RUDO」(ルドー)と呼ばれる。
負傷しながらも生き残った研究員が、非常用の麻酔銃を鳥に撃ち込んでなんとか動きを止めることに成功した。
だが、この件を受けて都知事はこの化け物を自身の統括している都内で受け持つにはあまりに危険すぎると考え、この研究の拠点を都心ではなく、他の地域に移すことを選んだのである。
そこで第一候補として選ばれたのが、安香都に隣接する、
十五年前、引山県知事の渡辺はその時の革目市長である飯田氏に突如市内の迅速な行政改革を要求してきた。それは都からの指示により、市内に研究施設を一定以上建造すること、そして市内で鳥型の宇宙生物を飼育し、その生物への研究を行う環境を整えることというものだった。
今まで市のために自治を続けていた飯田氏はもちろん反発し、そんな訳のわからない生物を市内に入れ、私たちの市民を危険に晒すような真似は絶対に出来ないと、県知事に言い放ったそうだ。それから飯田氏は、県知事や都知事との度重なる会談を重ねても、断固として拒否の姿勢を貫き続けていた。
だが、事態は変わった。三回目の会談で、都知事は飯田氏に対し、とうとう脅すような態度を取り、もしこの要求を飲んでくれないのなら都からの支援金は打ち切りにするという旨を伝えてきた。
実は革目市は、二、三年前に震度六の大地震の被害を大きく受けており、市内のライフラインは一時断絶するまでにもなり、当時も復興の活動を続けている最中だった。
その支援金のほとんどは安香都にある財務省から出ているものであり、その財源を主として飯田氏はなんとか昔の活気溢れる革目市へ戻そうと日々奮闘していたのだ。
ただでさえ、そんなひっ迫した状態で正体不明の宇宙生物を受け入れることが出来ないというのが、本音であったのだが……。
支援金を打ち切る、その言葉は飯田氏にとって何よりも重かった。本当にそんなことが起きたら、復興どころか現状維持まで難しい状況へとなり、自らが愛した市を見殺しにするような、そんな選択を取ることはどうしても出来なかった。
そこで飯田氏は悪魔に魂を売ることを決めた。そして、どれだけ施設や街並みを無下にされ、良いように使われても革目市に住む市民は守ろうと心に誓ったのだった。
十五年前の同年十二月、飯田氏は都知事の元秘書である、
「街がどんどんと研究所で埋め尽くされ……、事情を知らない市民は私に不満の声を挙げる……、辛かったよ、でも仕方なかったんだ」
ゆっくりと言葉を発する飯田氏の目からは、どんどんと光がなくなっていくように見えた。
鳥型の宇宙生物の研究が始まってから、二、三年。飯田氏は革目市の人口が減少傾向に推移していることを、毎年発表されるチャートを見ながら感じていた。
多くの名物施設がなくなったことによる、人々の都心への移住問題というのはこの市で前々から囁かれていた。だが、飯田氏は原因はそれだけではないと、研究の報告書を見て、なんとなく分かっていた。
その生物による、市民への傷害被害が少しずつ増え始めてきたのだ。この頃、鳥型の宇宙生物は、研究を進めるにつれて、自ら卵を産むようになった。
それは、最初は片手で握れる程の小さいものであったが、三ヶ月ほどで二メートルから三メートルくらいのサイズに成長し、そこから新しく鳥型の生物が中から殻を破って出てくるという、いわゆる生殖のような現象がよく確認されるようになってきていた。
それにより、宇宙生物は段々と数を増やし、それに伴ってどうしても研究所の土地を確保出来ないような事態になってきた。
その場合の代替案として、都知事は既に廃れた施設の中に隠れてその生物を飼わせ、そこで細々と研究をするという案を提案してきた。
気づけば、存在はひた隠しにされながらも市内には多くの生物が存在する棲家となってきており、その生物に出くわした市民が命を落としてしまうといったケースが見られるようになってしまった。
この宇宙生物の存在は、安香都の意向により、世間に公表されず、もし目撃した者がいた場合は、研究者によって人体実験の実験体へと利用され、その記憶は消去されるとのことだった。
飯田氏は、この現状を毎日報告書によって確認し、日に日に犠牲者の数字が重ねられていくのを見て、気が気ではなかったそうだ。
革目市民をこの危機から秘密裏に守るため、飯田氏はそこで、一つの行動に出た。
それは、革目市に研究所を多く建て、残っていた娯楽施設も全て壊し、商店街も閉鎖させ、市としての魅力を失わせ、この土地から革目市民を他の土地へ移住させ、逃すことだった。
都に反抗をしてももうどうしようもない。秘書に監視もされている。誰からも目をつけられずに革目市を救うには、もうこれしかないと感じた。
そうして、飯田氏は病的に街を殺風景にした。いくら無能市長だと、周囲から罵られても、革目市民だけは守りたかったのだ。
その結果、革目市民の人口はこの十五年間で二十万人減少した。
「そして、今になる」
話の一部始終を聞いて、私は呆然としていた。そして言葉に出来ない無力感に苛まれた。さっきまで、悪魔に見えていた飯田氏の顔は、どこか自分を責めるような、苦しんでいる顔に見えた。飯田前市長はソファに座り直し、突如私に目線を合わせてこう言った。
「神橋君、君が市長になったのは偶然じゃない」
驚いて、私は返答する。
「どういう……ことですか」
飯田氏は答える。
「私ももう歳でね、上の方から代替わりしろって命令が来たんだ、だから選挙を開いた、それで上が選んだ候補者に決定した、比較的年齢が若く、この街への愛が深い君にね。上によって投票は全部仕組まれていたんだ、この使命を引き継いでくれそうな人が選ばれるように」
「そ、そんな……」
私は震えが止まらなかった。と同時に、もうこの現状を大きく変えることは無理かもしれないと、選挙に干渉した都の権力の大きさを身に染みて感じた。
「伝えることは以上だ、明日から、この市を、よろしく頼む」
飯田氏は立ち上がって、私に深々と礼をした。彼は自分の座っていた椅子をじっと見つめた後、市長室を後にした。そして、私は飯田氏の言葉が永遠に自分を苦しめるのだろうと、想像し、本来の意味よりも、更に重くのしかかった。
今でもこの日のことは鮮明に覚えている。私は飯田氏の思いを無下になんてしたくなかった、何より自分に出来ることはまだある気がしたからだ。ある日、私は秘書の丸山にこんな提案をした。
「最近、あの生物の遺伝子を人に埋め込むっていう人体実験まで進んでるでしょう?それで一つまあ提案なんですが、あの生物の声には何か人間に及ぼす機能がないか試してみたいと思っているのです」
丸山は答える。
「そんなことして何になるんですか?」
咄嗟に私は答える。
「実験っていうのは色んな角度から行うものでしょう?そういう風に詳細なデータがあれば都知事の方もお喜びになるんではないでしょうか」
丸山は少しの間をおいて答える。
「なるほど、では本部に掛け合ってみます」
それから、私は市内にある研究所の一部屋に放送室を設置した。そこから、いわゆる音波実験としてその宇宙生物の声を市内に流せるようにした。その文言には、こう付け足す。
「革目市の皆さま、警告です。十分にご注意ください。決して油断せず、常に注意し続けてください。これは警告なのです。」
見えない何かに注意してほしい。少しでも革目市の人々に、この市での警戒を怠らないように。なるべく頻度は多く。皆が迷惑がり、外へと移住していくように。
この透明なメッセージに、一人でも気づける人がいますように。
*
「ピコン」
テーブルの上で携帯が震える。見ると、夫からのメールだ。内容は今日も帰りが遅くなりそうとのこと。ここまでくると正直心配が勝つ。
この前も、必ず帰ってくるとかいうメールしといて結局その次の日の夜に帰ってきた。
帰ってきたら帰ってきたでどこに行ったか分かんないとか言い出すから、めちゃくちゃ下手な浮気の言い訳かと思ったけど、夫の上司である倉田さんに連絡したところ、記事の調査だったらしく不信感は無くなった。
少し働きすぎで疲れているんじゃないかと思い、夫に仕事を休んだ方がいいと伝えたが、今は大事な時期なんだと言って、今朝も普通に会社へと向かっていった。どこまでも真面目すぎる性格は昔から変わっていない。
今日も帰りが遅いのか、と少し気持ちが暗くなった。子供もいるんだし、たまには三人で囲んで夕食を食べたいものだが、記者という職業柄上そう集まれる機会はないのかも知れない、と自分の中で無理やり納得させた。
夕ご飯を作ろう、とキッチンに立った時、リビングにいる息子がおもちゃを転がしたりして遊んでいる姿が見えた。
息子が転がしていたのは、買った覚えのない卵のおもちゃだった。
透明な警告 月詠公園 @hapiann
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