第三章

「僕たちは!オカルトを愛し、オカルトに愛された者たちの集まり……。名付けて!大山オカルト同好会だからです!」


「は?」


 思わず、口から溢れてしまった。


 状況を整理する。本人達から深く話を聞いてみると、彼らは私が以前通っていた大山中学校の二年生の男女四人らしく、全員がオカルト好きで話が合い、交流するうちに大山オカルト同好会というクラブを独自に立ち上げたようだった。

 メンバーは、リーダーの秋山聖あきやまひじり(男)、副リーダーの福山由奈ふくやまゆな(女)、作戦係の桐山想太きりやまそうた(男)、探索係の追藤響ついとうひびき(女)の四人。


 この団体自体は学校から公認はされているようなものではなく、放課後に教室に集まって情報共有をしたり、学外に出て気になるスポットを探検したりと独自に活動をしているようだ。


 今回はその活動の一環で、とある噂を確かめるためにこの建造物にやってきたということだ。それが、私も男の話で聞いた、夜中に聞こえる不気味な呻き声の噂である。

 その噂を調査するために、彼らは私より先にこの雑木林に来ていたようだが、私が来たのを見て、私自身がこの噂に何か関係をしている人物なのではないかと思い、一本道の横の竹藪の中に隠れながら私を追っていたそうだ。

 その話を聞き、ここで先ほどの目線の正体が、幽霊や野生動物の類ではないことを理解し、ホッと一息ついた。そして自分が記者であること、自分もその噂を確かめに来たのだと彼らに伝えた。


「それじゃあ、おじさんも僕たちと一緒に調査に来てくれるってわけですか!?」


 リーダーの秋山が言う。だが、こんな夜遅くに中学生が、ましてや森の中を歩き回るなんて、やはり危険だ。私は、勝手に責任を持って、彼らを返すことにした。


「おじさんは余計だ、あと君達はもう帰りなさい、ここからの調査は俺がやっとくから」


 そう言うと、四人のメンバーはえー!と言いながら残念そうな顔をしてうなだれていた。ここまで来た者達を追い返すのは気の毒だと感じたが、でも私の判断は間違っていないと思う。


 少しの沈黙を置き、秋山は他三人のメンバーを集め、ひそひそ声で何かを話し合っているようだった。私はそれを尻目に、目の前にある石の建物へと向かおうとすると、


「オカルト同好会、レディーゴー!!!」


 四人の掛け声と共にチーム全員が走り出した。その進む先は、建物の入り口。子供特有の俊敏な動きで走って向かっていく。


「ちょ、ちょっと待て、さっき帰れって言っただろ!」


 私が必死に呼び止めても、彼らは足の動きを止めることなく、進んでいきながら、秋山はこちらを向いて言った。


「ごめんねおじさーん!僕らはやっぱ大山オカルト同好会!真相を追求するまで、調査は途中でやめられないんだよー!」


 空を飛ぶ戦闘機のような軌道で四人は入り口へと到着し、彼らはドアを開け、中に入っていってしまった。


 私は彼らを追いかける形で、遅れてその建物に入っていった。



 中に入ると、外壁の汚れが可愛く思えるほど、床や天井にひどく汚れがついており、なんだか異臭もするようなあまり居心地の良くない場所だとすぐに分かった。

 室内は暗闇ではあるが、何やらパソコンやスクリーンのようなものが多くあり、それらの光が辺りを照らしてくれていて、視界はそこまで悪くなかった。


 先ほどの学生たちはもう入り口付近にはいなかった。中を見ていくと、内部の構造と外観から推測して、ここが病院であることが分かった。

 

 入ってきたところには受付のようなものがあり、それらに向かうように大量の椅子が置いてある。フロアマップを確認すると、この建物は二階建てで各フロアには部屋が五室ほどあるような形になっており、その部屋自体は少し小さいが、フロア全体としては比較的広めの構造になっている。

 マップに載ってある部屋の名前を確認すると、診察室、待合室、レントゲン室……と、おそらく昔ここが病院として使われていたことが容易に推測できるような情報が得られた。


 ただ一つ気になる点として、このマップの二階の奥にある手術室のみ、名前のところが赤いペンでぐるっと囲われていることだ。まるで何か重要なものを指し示しているかのような、そんな意味合いを感じる印だった。

 

 私はその手術室へと辿り着くべく、一階フロアの一番奥の場所にある二階へ繋がる階段へと目標を定めた。それぞれの部屋はもうドアがなく、中にある電子機器の光が廊下を照らしていた。これなら、照明がなくてもある程度視界を確保出来る。


 先程の彼らの名前を呼びながら、慎重に足を進める。


 すると、歩いている途中に何かを蹴ってしまったことに気づいた。

 

 見てみると、それは、先ほど彼らのメンバーが持っていた懐中電灯であった。私は咄嗟に嫌な予感がした。しゃがんで懐中電灯を拾い、電源を点けてみる。少し弱まってはいるが、まだ光は点くようだった。


「ブオーーーーーーーーーーーン、ブオーーーーーーーーーーーン」


 突然、上からあの警告音が聞こえた。しかも音量的に外から聞こえたとは思えない、この音は二階から出ているものだと感じた。段々と不安が募る。

 だが、ここで止まるわけにはいけない。私は足に力を込めて、思いっきり踏ん張り立ちあがろうとした。


 その時、懐中電灯の光が一瞬隣の部屋の隅を映した。その時、私は横目で見覚えのあるものが見えた気がした。制服だ。

 恐る恐る隣の部屋の中を照らしてみると、そこには制服のワイシャツが血に染まって倒れていた追藤響の姿を発見した。慌てて駆け寄ろうとしたが、腹部が何者かによって剥ぎ取られたかのようになっていて、非常に凄惨な現場に体が動かなくなった。

 そして、私はその場で思わず吐いてしまった。


 状況に混乱しながらも、確実にこの病院には何かがいると感じた。そして私は他のメンバーも危ないという焦燥感を感じた。急いで、一階の部屋を一つ一つ確認していく。

 よく見ると、どの部屋にも、血の跡がところどころに跳ねており、それは壁やベッドなど様々な所で見られた。


 一階の全ての部屋を確認し、大急ぎで階段へと足を運び、二階に向かって駆け上がっていった。そこに私の目に飛び込んだのは、踊り場で息絶えた桐山想太の死体だった。足と首を噛まれており、唇は既に青白くなっていた。

 私は目に涙を浮かべながら、立ち止まることなく階段を駆け上がった。ここに彼らを向かわせてしまったのは私の責任だ。今ならせめてまだ、まだ助けられるかもしれない。


 二階に上がると、廊下の奥の方から先ほどの警告音が聞こえてきた。私は直感で、手術室で何かが起きているのだと感じ、駆け出した。

 手術室へと近づくにつれて、その音は更に大きくなっていく。それは機械的な警告音のようなものではなく、もっと野生的な、動物的な────。


 手術室に着いた時、私の眼前に広がっていたのは信じ難い光景だった。廃病院は似つかわしくない大量のパソコンのようなものが壁に揃ってずらっと並んでおり、奥には強引に破られた檻のようなもの、そして部屋の真ん中にいる二足歩行の大きな鳥のようなものが、雄叫びを上げながらリーダーの秋山聖を食い破っていた。

 下の方に目を向けると、床に横たわっている人がもう一人おり、着ているのが女子の制服だと分かってから、福山由奈ももう襲われた直後だということは容易に理解出来た。


「うわああああああああ!!!!」


 私は驚いて、思わず、懐中電灯を投げ出し、その場から走り去った。その音に反応するように、あの巨大な鳥は雄叫びを上げながら私の方へと向かって来た。その声はいつも流れているあの警告音と全く同じだった。

 後ろを振り向く暇もないまま、私は桐山を踏みつけながら、必死に階段を降りる。凄まじい足音が段々と近づいてくるのが聞こえ、私は必死に足を動かす。


「カオーーーーーーーーーーーン!!カオーーーーーーーーーーーン!!」


 暗闇の中、廊下を走りながら、入り口の方へと向かう。息を切らす。後ろの雄叫びと足音は、更に大きくなってくる。足を回す。雄叫びで自分の汗が揺れ、床に落ちる。


 私はドアを思いっきりこじ開け、やっとの思いで、建物の外へ出た。だが、まだあの化け物は追ってくるはずだ。なんとか逃げなければ。

 そんな思いで辿ってきた一本道に向かおうとすると、あちら側から白い防護服にガスマスクをつけた二人が歩いてくるのが見えた。助けを求めようと思ったが、何かおかしい。

 こんな時間に立入禁止区域の中に、防護服で来るなんてまず普通の人間ではない。防護服を着るということはここに化け物がいると知っている者だ。そんな奴らに見つかったら、私はそれこそ無事で帰れるか分からない。こんな極限状態でも、私はひどく冷静だった。


 私は、咄嗟に一本道の横の竹藪の中に身を隠した。息を切らしながら、防護服の者たちの動向を観察する。先ほど出てきた入り口から、ドアを突き破り、鳥の化け物が出てきた。

 全身がゴツゴツとした皮膚で覆われており、体長はおよそ三メートルほどだと思われる。目が黄色く光っており、遠くからでもわかる鋭く大きい歯を持っている。

 

 化け物は防護服の者たちを見つけ、そちらに向かっていく。その者たちは、ポケットから銃のようなものを取り出し、落ち着いた素振りで、その化け物に発射した。

 化け物はその場で倒れ、動かなくなった。そして、その防護服の者たちによってあの建物の中へと運ばれていった。


 全身の力が抜けた。とりあえず、私は生還出来た。といっても、あの化け物はなんだ。明らかに野生動物にしては大きすぎるし、あんな鳥は図鑑でももちろん見たことがない。そしてあの防護服の二人。明らかにあの化け物の扱いに慣れている様子だった。

 手術室に置いてあった大量のパソコン、破られていた檻、もしかしたら、あの防護服の二人はここであの化け物を研究しているのだろうか。だとしたら、何の目的が。 

 また、あの化け物の雄叫び、あれは完全にいつも流れている警告音と一致していた。もしかしたら、あの化け物も何か透明な警告に関係しているかもしれない。そうなれば、これは革目市に関する大きなスクープに繋がるヒントになるだろう。

 

 危険を承知だが、また明日この建物に行き、何か核心に迫るきっかけを見つけよう。そうすれば、透明な警告の解決に繋がるはずだ。


 そう思い、立ちあがろうとした瞬間。


「プシュッ」


 首元に何かが刺さった。


「ぐはぁっ!」


 ゆっくりと後ろを振り返ると、黒い防護服を着た人物が銃を構えていたのが見えた。見落とした。先ほど建物に入っていた者たち以外にも、もう一人いたのだ。

 自分の首に目線を移すと、首には注射針のようなものが刺さっており、あいつによって撃ち込まれたものであることが分かった。


 段々と意識が遠のいていく。この感覚から、これは麻酔銃であることが分かった。恐らく、さっきの化け物に使った物と同じだろう。


 薄れゆく意識の中で、黒い防護服の者は私に近づいてこう囁いた。


「お前は知りすぎた」


 目の前の風景がぼやけ始める。



 そして私は、竹藪の中で静かに倒れ込んでしまった。

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