第二章
「おはようございまーす」
いつものように挨拶をして、自分のデスクへと向かう。やはり遠い。パソコンを開いて、原稿を見る。昨日の聞き込みのメモが追加してある。
だが、それだけ。やはり、核心に触れるような情報はいまいち掴めていない。
でも今日は違う。なぜなら市長直々にこの透明な警告に対して言及してくれるのだから。
昨日突然発表された会見宣言。あの後家に帰り、動画をもう一度見ると、あの時聞き取れなかった概要が分かった。
まず、記者やTV局などは入れずに市の役人のみで会見は行うこと。倉田さんの話だと、この会見の開催自体も役所内でも三日前に決定した様子で、本当に緊急で行われるため外部の人間は入れないという形を取ったそうだ。
その代わりのような形で、この会見はインターネット上で無料配信がされるそうだ。この透明な警告を話題にしているのは市内の人だけではないため、誰でも見られる形を取ったという経緯があるらしい。
また、ではなぜこんな緊急に会見が行われたのか。これは私と倉田さんの推測だが、やはり革目市民の不満への対応を迅速にしたいというのが目的だろう。
最近、革目市役所の入口の前に毎日デモ隊が集まり、この警告音に対し、すぐに取りやめるよう抗議を行っているという光景が見られる。この警告に関する苦情の電話も相次いでいるらしく、それに関するSNSの投稿も後を絶えなくなってきた。
私も、気持ちはわからなくない。意味のない騒音をずっと流されていたら、市民としては生活しづらいったらありゃしない。
毎日この警告音に怯えながら生活しているのは非常にストレスだし、実際にこの警告音が後押しとなって他の市、他の県に引っ越すという事例も日に日に増えてきているらしい。
こんな短期間で自分の市から人が減っていったら、流石に市長もたまったものではないだろう。だから、緊急会見を開いて、何らかの弁明を行う、いわゆる謝罪会見のような、そんな内容になると、私は勝手に期待していた。
だが、この予想は後に大きく外れることとなる。
*
開始時間の昼十二時になり、パソコンでサイトを開いた。イヤホンをさし、自分のデスクに肘をつきながら、会見が始まるまで画面と睨めっこをする。
画面が移り変わり、市役所内のアングルへと移った。画面左の扉から市長が登場し、壇上へと上がる。ゆっくりと歩き、演台のところで止まってこちらを向く。深々と礼をし、手元の資料を見ながら話し始めた。
「えー、革目市市長の
神橋市長は三十六歳と、市長の中では比較的若い年齢でこの革目市の市長を担っている。実は神橋市長は昨年の選挙により、長年続けてきた前市長、
飯田前市長の施策により、革目市民は以前のような活気が街になくなったことを不満に思い、長年選挙を続け、遂に昨年その政権がひっくり返ったというわけだ。だからこそ、市民は変わらない現状どころか、追加された警告音の問題に失望していたのだった。
「まずは、今回の一連の事例で不快な思いをさせてしまった方々、大変申し訳ございませんでした」
再び深々と礼をした。頭を上げて、市長は続ける。
「はっきりと申し上げますと、我が市で度々放送される警告音は、こちら側の自然的・人為的ミスや機械のトラブルによって行われたものではありません」
「しっかりとした意図を持って、発令しているものであります」
言い切った、と心の中で思った。これでSNSに流れている怪奇現象などの説は消えてしまった。正直そちらの線の方が調べていて楽しかったのだが、真実を知るということはこういうことなのかもしれない、と少し腹落ちした。
市長ははっきりとした口調で、淡々と話し続ける。
「ではなぜ、詳細を明かさないのか、それが皆さんの当然の疑問だと思います、その疑問にお答えするとならば……」
遂に、私が調べてきた「透明な警告」の全貌が明らかになる。見ている画面に意識を集中し、その言葉の続きを待った。市長は少しの沈黙を置いて、こう発言した。
「それは、未知なる災害・事件への対策を促すものだと言えるでしょう」
「今まで私たちは未曾有の危機に晒されてきたことがありました、想像を絶する大地震や津波、はたまた世界をも脅かす感染症……」
「この変わりゆく激動の時代の中では、何が起きてもおかしくありません」
「そのため、私達は市民の皆様へ、日々自らの身を守る準備や行動を行ってもらうように意識改革の一環としてこうした警告音という処置を取らせていただいたという形になりました」
「説明不足の中、このような施策に巻き込んでしまったことを申し訳なく思います。ですが、この警告音、そしてこの記者会見を見た方が少しでも防災や防犯等の行動へと、背中を押す形になれば幸いです」
「今回の会見は以上です、みなさんご清聴ありがとうございました」
画面が切り替わり、配信は終了しました、という文字が目に映る。全身に入っていた力が抜け、深く座り直した後、後ろの背もたれに寄りかかり、少しの間空を見つめる。
正直、納得は出来なかった。内容があまりにも抽象的すぎる。まるでとって付けたような言い分で、中学生が宿題を忘れた時の言い訳を聞いているようだった。
そもそも、大災害、大事件が起きたりするのは最近の傾向から見て主に都心の方が多い。確かに革目市は昔、震災を経験したことはある。だが、それだったらこんな遠回しに伝える必要はないと言えるだろう。
また、本当に防災や防犯の呼びかけだとしても、市民に目的を隠して突然アナウンスを行うなんてあり得るか?
話題性を持たせたいのだとしても、これでは本物の警告が出た際に、市民は透明な警告だと思って反応しないという逆効果に繋がってしまう。こんなこと、市長や役所の人々が理解していないはずがない。
席を立ち、倉田さんのデスクへと向かう。昨日のメールで倉田さんもこの配信を見るという話にのちになっており、一度倉田さんの意見を聞いてみたいと思った。私が声をかけると、倉田さんはこう言った。
「なあ、平田。お前、神橋が言ってること本当だと思うか」
その言葉を聞いて、少し自分の考えに自信が持てた。
「倉田さんも同じ意見ですか」
私が即座に返事を返した後、倉田さんはうーんと声に出して唸りながら、まっすぐな目をして言った。
「一つ、こういう噂を聞いたことがある。政府とかっていうのは国民に反感を買いそうだけど、自分たちには都合の良い施策や法律を決める時、何か他で大きな事件を起こして国民の注目を惹きつけ、隠すようにしてそれらを遂行するっていうのがあるんだ」
「なんかそれネット掲示板とかで見ましたよ、それ本当なんすか……」
「まあだと仮定してだ、この市長の言ってること馬鹿正直に信じて記事にしてもどうにもならねえんだから。逆にここで市長の本当の闇の狙い!なんてのが見つけられたら大スクープになるぞ」
「地域振興はどうなるんすか、そんなんスクープしたら、ただでさえ革目市の印象悪くなっちゃいますよ」
倉田さんは長い沈黙を置き、声色を低くして言った。
「この二十年間で革目市は変わっちまった……。急に変な施策始めて、説明もせずと、故郷をおもちゃみたいに改造し続けて、挙げ句の果てには意味の分からない警告音。まるで俺らを追い出すような、全く酷いもんだよ。街を見てわかるだろ?役所がこの街から活気を奪ってから、ずっとみんな暗い顔してんだよ」
「……」
「俺はあの頃に戻りたい、あの頃の心が動くようなそんな街に戻って欲しい。だからもうおかしくなっちまった行政の隠してること全部暴いて、この街をもう一度、夢が見れるような、そんな街に、建て直したいんだよ」
酒を飲んでいないのに、こんなに熱くなっている倉田さんは初めて見た。そこにいる倉田さんは、熱に溢れているようで、どこか、後悔している姿にも見えた。
倉田さんの言葉を聞いて、子供の頃の思い出を振り返る。やっぱりそうだ。私も、あの頃の革目市が好きなのだ。
「自分、もう一回調査行ってきます」
私は、いつもよりはっきりと口を動かして言葉を発し、自分のデスクに戻るや否や、椅子にかけたコートを取って、外へと駆け出した。
*
日が傾き始め、辺りはすっかり夕方の空気になっていた。昨日聞き込み調査をしていたところの最寄り駅で降り、携帯でマップを確認しながら早足で向かう。私は今、昨日話を聞いた男が言っていた雑木林に向かっている。
彼の言っていたことが、直接的に警告音の一連の事例と関係あるかは分からない。だが、何もせずに止まっていることが今の私には出来なかった。何か少しでも真相に近づければ、そんな気持ちだけが腹の中に居座っていた。
目的地に着くと、昼間ではわからなかったが、辺りには街灯等の人工的な明かりは一切無く、陽が沈み始めていることもあり、雑木林内は先が見えないほど暗くなっていた。
急いで会社を出てきたからか、携帯の電源は二十%を切っていた。だが、足元が見えないまま進むわけにはいかないため、渋々携帯のライトを懐中電灯がわりにして照らしながら進んで行った。
私が今歩いている道は、車一つがギリギリ通れるくらいの一本道になっており、その外側は竹藪でびっしり埋め尽くされているようなものだった。おそらく、これは自然的なものではなく、誰かが道を作るためにここを刈ったような、そんな人為的な雰囲気を感じた。
山道のような等しい環境で、足場の悪い中、急な斜面での移動が続く。あまりにも進んでいく道が悪いため、本当にこんなところに研究所があるのだろうか、と心の中で疑いの目を向けた。
そんな考えにふけていると、突然後ろから足音がした。
「ザザッ」
思わず、振り返る。だが、何の姿も見えない。一本道のはずだが、どこまで遠くを見つめても影すら見えなかった。
少し考えた後、私は別の恐怖に襲われた。そもそもここは革目市の方では比較的田舎の方、ましてや雑木林の中ということは、いつ野生動物に襲われてもおかしくない。
いつかは忘れたが、自分の家の近くで熊が出たという騒ぎになり、負傷者も多数出たというニュース記事を読んだ記憶があった気がする。もしこんな狭い道でそんなことになったら、助かる見込みはまずないだろう。
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。怯える気持ちを隠せず、少しすり足になりながらも確実に歩を進める。
気のせいかもしれないが、この雑木林に入ってから何だか見られているような感じがする。その視線は、今も付いてきているような気がしており、更に私の不安を煽る。
慎重に、慎重に、足を前に進めていく。
あれから大分歩いた。疲れも出てきて、息が切れている状態でもめげずに携帯で前を照らしながら歩いていると、目線の少し遠くで光が反射するのが見えた。急いで向かっていくと、遂に、男が言っていた立ち入り禁止の看板を見つけた。
彼が言っていたように看板が置いてある後ろには、横の竹藪にトラロープをバツのような形でくくりつけているような形になっていた。
一応名目上入ってはいけないという意味は分かるものではあるが、バツを模しているロープの間には隙間が空いており、物理的に入れないようになっているという訳ではなかった。
その光景を目の前にし、私は立ち止まった。
怖い。私はこのまま本当に先に行っていいのだろうか。この先に行くということは、政府に逆らうという意思表示になってしまうのではないだろうか。
そうなったら、私は犯罪者だ。妻と子供はどうなるだろう。今までのように平和で幸せな暮らしは崩れ、私はこの人生での行いを一生後悔するだろう。何もなくただ、生きられれば私はそれで……。
「この街をもう一度夢が見れるような、そんな街に、建て直したいんだよ」
頭の中で倉田さんの声が響き渡る。そして、酷く沁みた。頭の頂点から足の先まで、言葉を介して全身が動こうとしているのが分かった。顔を前へと向ける。
今ここでこの街を変えられるのはもしかしたら、私だけかもしれない。私がやるべきなのかもしれない。そう自分を鼓舞し、歯を食いしばる。
ポケットから携帯を取り出し、妻にメールを打つ。電池は残りわずかになっていた。
「今日帰り遅くなる、でも絶対帰ってくるから」
送信ボタンを押し、携帯をしまう。息を整え、目の前の立ち看板を横へとずらす。ロープの間をくぐり、前を照らしながらゆっくりと、でも確実に進んでいった。
そこには、森の中とは思えないような大きくひらけた空間が出現し、その真ん中に石で作られた大きな四角い建物がポツンと聳え立っていた。
外壁は石でできており、イメージとしては廃墟になった病院のような風貌を醸し出していた。壁は黒く汚れているところが多く、所々にヒビが入っており、非常に年季を感じる外観となっていた。
目線を下にずらすと、建物の正面にノブが付いた壁があるのが見えた。遠くて分かりにくいが、おそらくあそこが入り口のドアとなっているのだろう。
と、ここで急に照明が消えた。携帯の画面を確認してみると、電池切れのマークが無情にも映っていた。
視界がほとんど見えなくなり、静寂がより際立つ。だが、その暗さの中で、先ほど見ていた入り口のドアの後ろから光が漏れていることに気づいた。私は蜘蛛の糸を手繰り寄せるように、そのドアの方へ意を決して一歩目を踏み出した。
その時、静寂を切り裂くように、突然後ろの方で大きな音がした。
「ドン!」
振り返ってみると、私のすぐ後ろが光に照らされており、そこに一人の制服を着た少年が葉っぱをつけた状態で地面に横たわっていった。
「いって〜……。押すなよお前ら〜!」
その声に合わせて、横の竹藪から二人の女子と一人の男子がぞろぞろと出てきた。
「ちょっと!そんな大きい声出したらバレちゃうじゃん!」
「何でこのタイミングで転ぶかね……」
「てか懐中電灯もう切れそうっすよ」
一瞬、何が起きたか分からなかった。こんな遅い時間に子供が集まって何をしているんだと思ったが、彼らの服装をよく見ると、自分が昔通っていた大山中学校の制服だと分かった。
この環境の中で、見知ったものが出て来て、少し安心感を覚えた。とは言ってもここは立入禁止区域だ、こんな遅い時間に山奥で中学生達がいるのは、あまり良いことではないだろう。第一、ここにはどんな危険が潜んでいるか分からない。
ここは先輩として、彼らに注意をしてやろうと思い、声を張り上げて彼らに話しかけた。
「おい!お前たち大山中学校のやつらだろ?こんな時間に何してんだ」
私が声をかけると、彼らはびっくりしたような顔でこちらを見た。
「えっ!?なんで俺らのこと知ってんの」
「じゃあやっぱりこの人が呻き声の正体!?」
「バカ! なんでそうなるんだよ」
生徒たちがガヤガヤと喋っている中、私はそれを中断するように話を続ける。
「い、いや俺呻き声じゃないし、ってかここは立入禁止区域だ、中学生が入っていい場所じゃないぞ」
それを聞いた気の強そうな女子が私へ反論した。
「って言ってるあなたもここに入っているじゃない!そんなあなたも中学生同然よ!」
ま、まさか反論されるなんて。三十歳の俺が中学生だと?中学生が自分を中学生だと認識して、人を罵るなんて……。なんだか、一筋縄ではいかなそうな連中かもしれない。
一つ大きな咳払いをしてから、彼らに質問を返す。
「と、というか!君達はなんでこんなところに来てるんだい?」
「あ、話変えた」
別の女子が懐中電灯の光を、私の顔に浴びせる。
「まぶしっ!う、うるさい!なんでこんなところに来たって聞いてるんだ」
「その質問には僕が答えましょう!」
転んでいた少年は突然大きな声を上げ、ゆっくりと立ち上がり、両手を天に掲げて私にこう言った。
「それは僕たちが、オカルトを愛し、オカルトに愛された者たちの集まり……。名付けて!大山オカルト同好会だからです!」
「は?」
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