透明な警告
月詠公園
第一章
「ブオーーーーーーーーーーーン、ブオーーーーーーーーーーーン」
街中に大きな警報音が響き渡る。私はその音で目を覚ました。
「革目市(かわめし)の皆さま、警告です。十分にご注意ください。決して油断せず、常に注意し続けてください。これは警告なのです。」
「ピンポンパンポーン」
「だから、何を気をつけんだっての……」
髪をぐしゃぐしゃとかきあげながら、無理やり起き上がる。警告音というのは、やはり耳に入ってきて、気持ちいいものではない。人間に危機感をもたらすような特有の音色を持っているからだろうか。特に今日は朝に鳴ってしまうのだから、ハズレの日だ。
リビングに向かうと、いつものように妻と息子が朝ご飯の支度を始めているのが目に入った。
妻は息子を保育園に送るため、毎朝私より早起きをしている。最近は仕事が忙しく、お迎えも任せっきりになってしまっているのが申し訳ない。
そんな考えは梅雨知らず、彼女らは笑顔で挨拶してくれる。
「あなた、おはよう」
「パパ、おはよー」
警告音が流れ始めても、ここだけは変わらない日常だ。安心する。挨拶を返して、洗面所へと向かう。私が顔を洗ったり、口をゆすいだりしていると、いつの間にか彼女らは玄関でもう出発の準備をしていた。私は玄関にいる彼女らにいってらっしゃい、と伝えながら自分の身支度を始めた。
*
社内に着いて、タッチ式のセンサーにカードを通す。入り口のゲートが開き、そこから少し歩く。やっと突き当たりが見えたと思ったら、右に曲がる。
オフィスのドアに着いたらまたここでカードを取り出して、ドアの横のロックにかざす。これでロック解除されて、遂にオフィスへと到着。
毎日こんなことをしているのが面倒くさすぎてアホらしい。そう文句を言いたい気持ちをグッと堪え、顔を少ししかめながら、自分のデスクへと向かう。
「よう、平山。今日は随分早い出勤だったな」
私の名前は
で、今目の前にいるのが私の直属の上司の
「おはようございます、倉田さん。いやー気持ちよく寝てたのに、例のアレに無理やり起こされたんすよ」
「あーそう、それはとんだ災難だったな。で、その例のアレについてなんか分かった?」
「いやー全然まだっす、実際なんか手掛かりになるものがなくて」
「分かってると思うけど、記事の締め切り、来週だからね?せめて不細工でもいいから形にしていて頂戴ねー」
「りょ、了解っす……」
ため息をつきながら自分のデスクに座り、パソコンを開く。愛用しているテキストソフトを開き、進行途中の原稿を見る。とは言ってもまだ一ページしか埋まっていない。。
今回、記事の題材となっているのは今巷を騒がしている、ここ革目市に流れる警告アナウンス。
警告アナウンスというと、地震や津波などの天災が来た際に避難の呼びかけで使われることや、他国からの軍事攻撃の際の緊急アラートのような側面で使われることがほとんどだと思われる。
だが、今回の警告アナウンスは肝心のアナウンス文が何に対しての警告をしているのかを明確に記述しないというものなのだ。
また、アナウンスが流れた後、街を見渡しても全く変化は起きていない。どこかで地震が起きている、山が噴火しているということもない、ただただ警告のみが流れる。
加えて、その頻度も異常だった。昼・夜の時間帯は不規則でありながらも、アナウンス自体はほぼ毎日流れている。中には一日で二回流れる日もあり、まだ正確な規則性は掴めていない。
二週間前から突如流れ始めたこのアナウンスは、革目市以外での発生情報は未だないままであり、一つの市だけに極めて限定されて発令していることが分かる。
SNS上では、この奇妙な現象に人々が惹きつけられ、ただの行政ミスなのではないか、それとも政府の陰謀なのではないか、というような様々な考察が日々飛び交う騒ぎとなっていた。
このような特徴から、目的不明で実体のない警告、ということで、このアナウンスは通称「透明な警告」と呼ばれ、市内外からも注目を浴びている。
今回の私のゴールはこの話題の真相を掴み、一大スクープを記事に収めるというものだ。もっとも、こういったオカルティックな話題には昔から興味がある。
私が子供の頃は、隕石飛来や宇宙人の話題で、国内全体に都市伝説ブームが来たぐらいであり、そんな環境の中で育ったため、こういった性格になってしまうのも自然かもしれない。
実はこの記事制作には一つ、大きな目的がある。それが革目市の地域振興だ。革目市はここ数十年で人口が減少傾向にあり、また高齢化も進んでいる。過疎地域とまではいかないが、その一歩手前のような状態だ。
それに起因して、若者もある程度育ったら外の都会に出ていってしまうことが多い。現在私の住んでいる場所の街並みを見ても、日中なのに雰囲気は閑散としており、そこまで栄えているとは言えない。外の発展している土地に行きたくなる若者の気持ちにも共感出来てしまうのが現状だ。
だが、もしこの話題に乗じて記事を完成させることが出来れば、様々な人の注目を浴びることができ、なんとか革目市へ興味を持ってもらう人が増えるかもしれない。そうすれば、前のようにここに住んでくれる人も増え、活気のある地域に戻るかもしれない。そんな希望を抱いている。
だから私は、どうしてもこの記事はデカデカと大スクープを載せた形で完成させたいのだ。
そう意気込んで始めてみたものの、結局現時点ではまだこれといった成果は得られていない。このままじゃ、不細工な記事どころかのっぺらぼうを提出する羽目になる。それじゃあ、一応記者としての面目が立たない。
もちろんプレビュー数が増えれば、私の地位向上も狙うことが出来る。こんな絶好な機会は無いだろう。
とにかく、何か重要な情報をなんでもいいから掴みたい。そんな一心で私はいつものように街に繰り出し、聞き込み調査を始めた。
冷たい風が身に染みる。住宅街を歩き回り、しらみつぶしに家の呼び鈴を鳴らしてみるが、空き家も多いからかほとんど出てくる人はいなかった。
稀に話を聞ける人に会ったとしても、警告音については、細かい情報は何も知らない、という人がほとんどであり、意味もないのに毎日大きい音を流されてうるさいという愚痴を話し続ける人もいた。
気がつくと日が暮れ始めていた。今日も有益な情報はまだ一つも得られていない。だが、記者にとってこんなことは日常茶飯事だ。私は、調査のため、夢中になって足を回し続けた。
「……」
「この街も寂しくなったな……」
周囲を見てふと呟く。昔は辺り一面に大型のショッピングモールなどが立ち並びながら、商店街も生き生きとしており、街としての活気は非常に高かったように見えた。
それは私の住んでいるこの街だけでなく、革目市全体が非常に発展していた。休日には市外から訪れる人も多く、県の中枢都市を担っている時代もあったのだ。
だが、十五年前から街は変わった。市の突然の緊縮政策により、多くの商業施設の閉鎖、および土地開発が余儀なくされ、街から楽しげな雰囲気は瞬く間に消えていった。
以前施設があった場所には新しくビル群が建設され、街は灰色に染まっていった。そのせいか、革目市に訪れる人は年々減少し、この土地にとどまる者も少なくなっていったため、六十万人いた人口が今では四十万人にまで減少の一途を辿っていた。
私は、子供の頃からこの街が好きだった。周りを一度見渡せば、カラフルな壁で彩られたショッピングモール、キラキラした電灯が目に焼き付く遊園地、ガラス張りで恐竜の標本が外から大きく見える博物館、いつもワクワクするような風景がそこには広がっていた。
あそこには図書館があった。家に親がいない日は、そこで何冊も図鑑や小説を読み進めたものだ。あそこにはホームセンターがあった。文化祭の時に、みんなで汗をかきながらダンボールを運んだこともあった。あそこには、柔道教室があってよく先生に怒られながら泣きべそかいていつも練習していたっけ。
いつの間にか仕事そっちのけで街を歩いていることに気づいた。それと同時に、施設はもう全てビルに変わっており、そこには思い出しか残っていないことにも気づいてしまった。
先ほどいた場所から少し離れた、市の中でも田舎の方に来てみた。自然豊かで周りには木が生い茂っている。さすがに街の中心よりは家が少なく、人もそこまでいないような雰囲気だった。
辺りを散策していると、何やら家の外に段ボールを山積みにし、おそらく引越しの準備をしている三十代ぐらいの男性がいた。その男性に警告音についての質問をしてみると、何やら興味深い情報が引き出せた。
「警告音?あーなんか鳴ってますよね、いやあれもうるさいんですけど、うちもっと迷惑してるのがあって」
「と、言いますと?」
「うちの近く、隣に雑木林みたいなのがあるんですけど。そこからたまに夜になると、うめき声みたいなのが聞こえるんですよ、ギャーみたいな」
「はいはい」
「それがもう不気味でね、怖くて夜も眠れないもんですから、気になって僕昼に雑木林の中に向かったんですよ」
「なるほど、それで、どうだったんですか」
「そしたら森の中がですね、なんていうか、なんか一本道の道路みたいになってたんですよ、そこを進んでいくと石で作られた四角くて大きい建物、があったんですよ、例えるなら美術館?博物館みたいな」
「ちなみにその中には入ったんですか?」
「入りませんでした、いや正確には入れなかったんです。私も建物の近くまで近づいたわけじゃなくて、遠くから建物の外観を見たっていう感じなんですよ。というのも、その建物から少し離れたところからもうなんか紐でバツみたいなのされててそこに立ち入り禁止みたいな看板がしてあったんですよ。興味本位で行ってみただけなんで、私はそこで引き返しちゃいましたね」
「はぁー、そうだったんですね」
「はい、結局あの後もその呻き声っていうのは鳴り止まなかったので、もう引っ越そうと思って、今はその準備って感じですね。明日には引っ越せる状態で。まあ、僕が感じたのはこれぐらいですかね」
「なる、ほど。いや、助かります。貴重なお時間ありがとうございました」
そう話すと、男はダンボールを置いて家に戻っていった。やっと新しい情報が得られた。こんな奥地にまで足を運んでみるものだ。まだ直接的に警告音の事例と関係があるか分からないが、何か手掛かりはあるかもしれない。明日はその場所に潜入してやろうと決めた。
先ほど彼が置いたダンボールにふと目をやる。このダンボールにはまだ梱包がされておらず、上が少し開いていた。
無意識に中を少し覗いてしまって、ちょっと悪い気がしてすぐ目を逸らした。中には何やら光沢のある丸く大きな物が入っているようだった。だが、そこに何が入っているかまではよくわからなかった。
その瞬間、強風が吹き、ダンボールの上の部分が一時的に大きな音と共に開いた。私は荷物が飛ばされたら大変だという良心を盾にして、ダンボールが風で飛ばないように押さえつけながら、薄目で先ほど確認出来なかった荷物の中身を目に入れてやろうと思った。
そこで、私は目を見張った。そのダンボールに入っていたのは、大きな卵だった。電子レンジぐらいの大きさの卵が一つ、ダンボールを占拠するように入っていたのだ。
私は、見たことのない光景に不思議な恐怖感を感じると同時に、冷や汗が垂れてきた。これは何なのだ。あの男は何者なのか。あの男はなぜこんなものを持っているのか。いや、これはただのインテリアなのか。それとも。
不安な気持ちを落ち着かせるように、頭の中で何度も思考を繰り返していると、それを途切るようにその場で大きな音が響いた。
「ピコン」
びっくりして心臓が止まるかと思った。慌ててポケットから携帯を取り出す。画面を見ると、上司の倉田さんからメールが一件来ていた。素早くその場を離れ、震えた手で画面を操作して、文面の確認を急いだ。
送られてきたのは、一本の短い動画。それは革目市公式のS NSアカウントに十五分前に投稿された動画を、おそらく倉田さんの携帯で画面録画したようなものだった。
動画では、革目市長が登壇し、何かを話している様子であったため、私は急いで横のボタンを押し、スピーカーの音量を上げた。
そうすると、市長は動画の最後にこう高らかに宣言した。
「明日、透明な警告に関する、緊急会見を開きます」
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