すずちゃんのヘルプデスク事件簿 はみだし1

よつば

ショートショート1


 入社対応などで慌しかった時期が過ぎ、ステラグロウトイズのヘルプデスクは穏やかな日々を過ごしていた。

「はいー、DVDドライブ明日までに返してくださいねー」

 今月から業務委託として一緒に勤務することになった李星宇リ シンユーが元気よく対応すると、ヘルプデスク総合チャットに目を通した。

「そういえば、阿部さんの下の名前ってどう読むの? リンオン?」

 隣のデスクでアカウント権限設定をしていた阿部鈴音あべすずねは、いきなり声をかけられて身体をピクリとした。またあの面倒な名前の由来を語らなきゃいけないのか。呆れながらも、李は興味を持ったら一直線なのは数日付き合っただけでもわかる。しぶしぶと対応することにした。

「えっと、鈴の音と書いて<すずね>ですけど……それが何か」

「え、どうしてその名前になったのか知りたい!」

 李は長く伸ばした前髪から目を輝かせている。好奇心旺盛なのは嬉しいが、人の名前まで興味を持たれても、というのが正直なところだ。

 理由は長くなるけどいいか、と李に言い聞かせてから、手元のノートに何も見ずに『凛』の字を書いた。

「おう……凛の字をキレイに書けてる!」

 驚いている李を横目に説明を始めた。

「両親がつけたかったのは、この字の通り『りん』というもの。しかし、当時は名前に凛の字がつけられなかったの」

「なんでなんで」

「それは、日本では法律によって使えない字があるんですよ」

 何か視線を感じる。気づいたら、町田をはじめヘルプデスクチームが阿部と李の後ろにギャラリーとして集まっている。阿部は大きくため息をついて、説明を続けた。

「りん、とつけたいけど、つけられない。そう悩んでいた矢先、りんという響きが鈴の音色に似てるというから、すずね、にしたらしいんです」

「へー、ご両親ってロマンチックですね」

 同じヘルプデスクチームに所属する林がつぶやいた。

「確かに凛の旧字は1990年3月、新字は2004年9月から人名として使えるってあるな」

 今度は同じチームの町田が手元のスマートフォンで検索した結果を読み上げた。

「珍しい字と読み名と思ってたけど、ちゃんと理由があるんだね」

 声の主は情報システムチームの松原大吾まつばらだいごだった。彼のチームに所属している三名もヒマだからか、いつの間にかギャラリーに加わっている。奥にいるアルバイトは目もくれず黙々と作業を続けている。

「松原さんまで……今は忙しくないんですか?」

 お茶を濁したような返事をした後、そういえばと言い出した。

「前に所属してた人事部の岸さんや総務から『すずちゃん』と呼ばれているのも、下の名前がきっかけ?」

「え、そうなの? いいなー」

「李さん、そういうのはちょっと」

 阿部が遠慮がちに話したが、本人はその呼び名を気に入ってしまったそうだ。既に「すずちゃん」と連呼している。ギャラリーにいた人たちも納得している様子だ。

「今度からすずちゃんと呼ぼうぜ」

 町田の一言で全員が頷いている。阿部は困った顔をしたところ、奥から助け舟が差し出された。

「ちょっと、手が空いてるからと言って一カ所へ固まって騒いでどうしたの。情シスは頼んどいた取引先へのセキュリティシート作成したの?」

 両チームをまとめるITシステム戦略部の小田原マネージャーだ。怪訝そうな顔をしている。全員が小田原の顔をみて、一目散で自分の手持ちへと戻っていった。

「申し訳ありません、李さんが私の下の読み方を聞いてきたばかりにご迷惑をおかけしました」

「すずちゃんは謝らなくて大丈夫。李さん、気になるからと言って何もかも聞かないこと。いい?」

 なんだ、小田原も陰で聞いていたのか。阿部と李はお互いに違う意味でしょんぼりしてしまった。


 その後、ITシステム戦略部内では阿部のことを「すずちゃん」と呼ぶようになった。


 了


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 この名前ネタ、昔触れた『警察署長』(ドラマだと「こちら本池上署」)で出てきたモノを使っています。作中では免許証の生年月日と名前から、名前がその当時の人名で使われてないことから偽名と割り出した、という内容だったはずです。阿部の名前、国語の先生だった綾音(あやね)からヒントを得てつけましたが、こういうのも面白いかなと思ってこのSSを書いてみました。楽しんでいただけたら何よりです。

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