椅子取りゲーム

遥 述ベル

椅子取りゲーム

「久しぶりの家だ~」


 私は大学に入って上京していたので、この夏は数ヶ月ぶりの実家だ。

 高校まではずっと家族と一緒だった。

 大学生活は一人暮らしで奔放に過ごしてきた。


「ただいまー」

 家の扉を開ける。

「皐月、おかえりー」

 お母さんが顔を出した。

「お父さんは?」

「寝てるよ」


「愛する我が子を迎えてよー」

「お盆を謳歌してるよ」

「仕事忙しいもんね」

「弥生はいるよ」

「弥生はいいよ」

「そんなこと言わないの。たぶん楽しみにしてたよ」

「どうだかね」

 うちは四人家族で両親と弟がいる。弟の弥生は今、中三。受験生だ。

 せっかくなので二階に上がって自分の部屋のエアコンを付けてから、弥生の部屋をノックする。


「ただいま」

 少ししてのそーっとドアが開く。

「姉ちゃんおかえり」

「受験勉強してる?」

「ゲームで忙しい」

「大丈夫なの?」

「まあ何とかなるよ」

 弥生はそれなりに優秀なので何とかなりはするだろうけど、ここで頑張れないと高校では苦労しそうだ。

 そういうアドバイスをしてあげるほど私は優しくないけどね。


「入るよ」

「なんでだよ」

「暑いんだもん」

「自分の部屋で涼めよ」

「すぐに涼しくならないんだもん」

 私はせっかく帰ってきたのだからともう少し様子見することにした。弥生は久しぶりに会った私との距離感を測りかねていてちょっと面白かったからだ。


「昔はベタベタしてきたくせに」

「いつの話だよ」

「友達とは遊ばないの?」

「付き合い悪いから」

「あんたと違ってみんな真面目なのよ。弥生も頑張りなよ」

「うん」

 可愛いな。うちの弟。たかだか数ヶ月会ってないだけでよそよそしい。

 この間までワーワーやってたのにね。


「もう涼しくなったやろ。はよ出てって」

「はいはい」

 私はさすがに機嫌を損ねそうなので自室に戻った。久しぶりの自室だと思うと落ち着いて眠ってしまった。




「姉ちゃん! 姉ちゃん、起きて」

「ん?」

「ご飯」

「ああ、もうそんな時間か」

 弥生が私を起こしに来てくれていた。


「よし、下りろ、弥生」

「はいよー」


「起きた? 今日は焼肉ね」

「やたーー」

「母ちゃんナイスー」

 特別な時にしか食べられない焼肉。


 お父さんとお母さんは以前と同じ椅子に座っている。

 そして、弥生が私のいつのも椅子に座っていた。


「え、私どこ座るの?」

 以前は一つの長椅子にお母さんと弥生が、二つのダイニングチェアにお父さんと私が座っていた。

 弥生が座るはずの場所には衣類などが山積みになっていた。


「姉ちゃんは押入れにある椅子でいいじゃん」

「私、そこがいいんだけど」

「まあいいじゃん」

 お母さんに宥められる。


「えー」

 別にそこまで拘ることでもないだろうけど、何となく不満だった。


 服をどけるという発想は家族全員持っていなかった。みんながそんなタイプじゃないことはそれぞれが暗黙の了解で分かっていたからだ。


「弥生、どいてよー」

「もう座ったから俺の勝ち」

「じゃあ、明日は勝つ」

 私たちは目線を送り合いバチバチだ。


「椅子取りゲームが始まるな」

 お父さんがお茶をすすりながら口許を緩ませた。


「お父さんが負けるかもよ」

 お母さんがお父さんに一撃。


「お父さんも参加するの!?」

「お父さん倒すか」

「父ちゃんは参加資格ないよ」

「そんなー」


 なんてことはない些細な家族の空気が私を家族の和に引き戻した。


(完)



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椅子取りゲーム 遥 述ベル @haruka_noberunovel

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