第3話 初心忘るべからず
やがて試験が始まると、グループの中で二番手だった私は、教官の指示により、一番手の中年女性の後部座席に乗り込みました。
コースを覚えさせることがその目的みたいでしたが、となると、一番手は圧倒的に不利ではないかと思いましたが、無論それは心の内にしまっておきました。
「それでは発進してください」
教官の合図により女性は車を発進させましたが、緊張からか急発進になってしまい、私は慣性の法則により、体を後ろに持っていかれました。
それが尾を引く形となり、女性はその後も縦列駐車で車体をポールに当てたり、鋭角で脱輪したりと、散々な内容のまま試験を終えました。
こんな言い方をすると女性に悪いかもしれませんが、私はそのおかげで気が楽になり、まったく緊張することなく試験を受けることができました。
内容もはぼ完璧と言えるもので、私は結果を待つ間、(これは一発合格だな)と、心の中でほくそ笑んでいました。
そしていよいよ合格者が発表される時間となり、受験者たちが一斉に電光掲示板に注目する中、私は自分の受験番号にランプが点くことを確信していました。
しかし、ランプは私の番号を灯すことなく、私は不合格となってしまいました。
(嘘だろ。あんなに完璧にこなしたのに、一体どこが悪かったっていうんだ?)
私は結果に納得がいかず、教官に説明を求めようとしましたが、同僚たちに止められ、あえなく引き下がりました。
それにより、すっかりやる気が失せてしまった私は、同僚たちが次々と合格していく中、一人だけ落ち続けていました。
そして不合格の回数が十回を超えた頃、私は自動車学校の指導員から受けた『投げやりになるな』という言葉をすっかり忘れていたことに気付きました。
(このまま不貞腐れていても合格できるわけじゃない。ここは心機一転がんばろう)
私は初心に帰り、次の試験は合図確認を徹底しながら運転しました。
それが功を奏し、私は十数回落ち続けた技能試験にようやく受かることができました。
そのことを自動車学校の指導員に電話で報告すると、「随分遠回りしたが、それは今後お前のタクシー人生において、決して無駄にはならない。この経験を活かして、立派なタクシー運転手になれよ」と励ましてくれました。
腰掛けのつもりで入社した私はその後、約四年半タクシー運転手を続けましたが、立派な運転手だったかどうかは、自分でもよく分かりません(笑)。
了
二種免許を取得するのは楽じゃない 丸子稔 @kyuukomu
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