第2話 五十歩百歩

 何も返せないでいる私に向かって、指導員はなおも話を続けました。


「二種免許は一種免許と比べると、合格率がガクンと落ちるんだ。それがなぜだか分かるか?」


「いえ」


「全体的にクオリティの高さが求められるからだ。二種免許に合格するには、運転技術はもちろんのこと、合図と確認を徹底しないといけないんだよ」


 指導員にそう言われ、私は彼に自分の運転技術を見せつけようとすることばかり考え、そこまで頭が回っていなかったことに気が付きました。


「そのことを踏まえて、もう一回走ってみろ」


「はい」


 私は指導員に言われるがまま、合図と確認に気を付けながら、再び同じコースを走りました。

 しかし、走り終えて満足している私に、彼はまたもダメ出しをしてきました。


「合図のタイミングが遅い。もっと早めにウインカーを出さないと、他車が混乱するだろ。あと、確認もさっきよりはできていたが、やり忘れている所もあって、まだ完璧じゃない」


 私はその後何度もコースを走らされましたが、一度も指導員を納得させることはできませんでした。


「今日はこのくらいにする。明日はもっとまともな運転を見せてくれよ」


 指導員はそう言うと、その場から去っていきました。

 私は彼の後ろ姿を見送りながら、ため息をつくことしかできませんでした。



 翌日、私は前日指導員に教わったことを頭に置きながら運転しましたが、またしても彼から合格点をもらうことはできませんでした。


 そして教わるのが最後となった三日目、私は指導員がなかなか合格点を出さないことにいら立ちながら、運転をしていました。

 すると、彼は「どうもお前は短気なところがあるな。その性格を直さないと合格するのは難しいし、たとえ合格しても仕事が長続きしないぞ」と指摘してきました。

 正直、大きなお世話だと思いましたが、彼と揉めるのも面倒なので、私は『そうですね』と適当に返し、ひたすら同じコースを走らされました。


 そしてついに教習を終えた私を、指導員は「お前は運転技術は申し分ないし、何事にも動じない度胸もある。あとは短気を起こさなよう気を付ければ、早い段階で合格できるよ」と、初めて褒めてくれました。


「ありがとうございます。ところで、短気を起こさないよう気を付けるとは、具体的にはどういうことですか?」


「二種免許を一発で合格する奴は滅多にいない。恐らく、お前でも一回、二回は落ちるだろう。その時に決して投げやりになるなということだ」


「分かりました」


 私は指導員の言葉を肝に銘じながら、三日後に控えた二種免許の技能試験に思いを搔き立てていました。





 そして三日後、私は同じ自動車学校で指導を受けた三人の同僚たちと、高速道路を飛ばしながら、山口県の自動車試験場に向かいました。

 地元広島にも二種を受けられる試験場はあるのですが、そこは週一か週二くらいしかやっていないことから、毎日試験を受けられる山口県の試験場までわざわざ行くことになったのです。

 私を除く他の三人は五十代の男性で、そのうちの一人が私を不思議そうな目で見てきました。


「君、まだ若そうだけど、なんでタクシー運転手になろうと思ったんだ?」


「別に深い考えがあるわけじゃなく、腰掛けのつもりでやってみようと思っただけです」


「ふーん。まあ、まだ若いんだから、その方がいいよ。俺たちみたいな年寄りになったら、そういうわけにはいかないけどな。はははっ!」


 そう言って笑うと、他の二人も釣られるように笑い出しました。

 三人は皆、会社をリストラされ、仕方なくタクシー運転手になったみたいでした。


 そうこうしているうちに試験場に着くと、私たちは受付で手続きを済ませ、どこだか忘れましたが、私はA~Eまでグループ分けされた中の、ある一つのグループに入りました。

 そのグループには、私と同世代の男性や四十代くらいの女性、六十代と見られる男性等、幅広い年齢層の男女が集まっていました。

 周りが年上ばかりの中、私は同世代の者がいることがうれしくて、すぐに男性に声を掛けました。


「俺の会社、みんな俺より年上ばかりなんだけど、君の所はどう?」


「僕の所もそうです。二十代は僕しかいません」


「やっぱり、そうか。ところで、君はなんでタクシー運転手になろうと思ったんだ?」


「僕、実家暮らしなんですけど、今まで働いたことがなくて、いつも家でゲームばかりしてたんです。そしたらある日、親が突然キレて、『このまま働かないのなら、家から出ていけ』と言われましてね。でも、今までアルバイトすらしたことなかったので、面接してもどこも受からなくて、仕方なくタクシー運転手になろうと思ったんです」


「……なるほどね。まあ俺も似たようなもんだよ」


 彼の意外な告白に、私はそう返しましたが、心の中では(一人暮らしな分、俺はこいつよりはマシだな)と思っていました。


 



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