二種免許を取得するのは楽じゃない

丸子稔

第1話 借金苦の挙句

 この話は今から約三十年近く前、私がまだ二十代だった頃のことです。


 当時の私は、上司とケンカをしたことがきっかけで会社を辞め、自暴自棄になっていました。


 転落していく人間の見本のようにギャンブルに嵌まり、連日パチンコ店や場外馬券売り場等に通っているうちにすっかり貯金を使い果たし、ついには消費者金融でお金を借りるようになりました。


 その額が十万、二十万と増えていくうちに、このままではいけないと思いながらも中々やめることができず、気が付けば借金は百万を超えていました。


 その額に、さすがにまずいと思った私は、心を改めすぐさま就活を行いました。

 しかし、面接で前職を辞めた理由を聞かれるたびに、『上司とケンカしたから』と正直に答えていた私を、どこも雇ってはくれませんでした。


(やっぱり、バカ正直に答えるのがまずいんだろうな。でも、嘘はつきたくないし……)


 そんなことを思いながら、求人雑誌を見ていると、『急募! タクシー運転手』という広告が目に飛び込んできました。


(急募ってことは、今すぐにでも入社してほしいってことだから、俺でも雇ってくれそうだな。タクシー運転手ってところが引っ掛かるけど、とりあえず応募してみよう)


 私はすぐに電話をし、翌日の面接を取り付けました。


 翌日、面接を受けるためタクシー会社に出向くと、人のよさそうな中年男性が待ち構えていました。

 その人は他の会社の面接官がしてきた、前職を辞めた理由の質問を一切せず、こっちが拍子抜けするくらい、いとも簡単に私を入社させました。


(とりあえず、仕事が決まってよかった。借金を返し終わるまでは、ここで頑張ろう)


 そう決意した私は、早速翌日からタクシー運転手に必要な二種免許を取得するため、自動車学校で教習を受けることになりました。

 そこで三日間教習を受け、その後自動車試験場で技能試験と学科試験に臨み、それに合格すれば、晴れて二種免許を取得できるという流れです。



 翌日、教習を受けるため自動車学校を訪れると、強面の男性が出迎えてくれました。


 男性は「まず適性を見るから、ここに座れ」と命令口調で言い、私はゲームセンターに置いてある車のゲーム機のような機械に座らされました。


「これは車を運転する時のシミュレーションみたいなものだ。今からいろんな障害物が出てくるから、それを避けながら運転しろ」


 私は男性に言われるがまま、画面に突然出てくる人間や動物等を避けながら機械を操作し、無事ゴールしました。


「ほう。一度も障害物に触れることなく、ゴールできたのはお前が初めてだ。さてはお前、今までゲームセンターで車のレースを散々やってきたんだろ?」


「まあ、何回かやったことはありますが、別にのめり込んでいたわけではありません」


「ふーん。じゃあ、反射神経や動体視力は元々いいのか?」


「そうですね。そういう類のもので、今まで負けたことはないですね」 


「なるほどな。でも、いくらそうだろうと、車の運転はまた違った能力が必要だからな。ところでお前、車の運転は自信あるか?」


「ええ、まあ。今まで事故ったことはないし、車庫入れや縦列駐車も簡単にできます」


「そこまで言うのなら、早速お手並み拝見というこうじゃないか。今から俺が二種のコースを運転するから、お前は隣に座ってコースを覚えろ。その後で運転してもらうから」


 男性はそう言うと、私を助手席に座らせ、運転を始めました。

 すると、さすが自動車学校の指導員をしているだけあって、彼の運転はまったく隙がなく、それでいて滑らかでした。

 男性は普通コースに鋭角が加わった二種のコースを走り終えると、自慢げな顔で言ってきました。


「今、俺がやって見せたことと同じようにできれば、お前は間違いなく合格できるよ。はははっ!」


 その言葉を聞いて闘争心に火がついた私は、男性とまったく同じとまではいかないまでも、ハイレベルな運転ができたと思っていたのですが……。


「言うだけあって、運転技術は大したものだ。しかし、今のままでは、お前は合格できない」


「…………」


 男性の言葉の真意が分からず、私はしばらく呆然としていました。




 

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