望まぬ世界の英雄譚

涼風 鈴鹿

序章

はじまり ─プロローグ─


「よくぞ召喚に応じてくれた、若き英雄よ」


 ブレザーを着た少年の目の前で、紅く豪奢ゴウシャな冠を被った雪だるまのような体型の老人が大袈裟に両手を広げて朗らかに叫ぶ。

 周囲に広がるのは、まるでゲームの宮殿。

 左右を衛兵が立ち並び、天井からは豪華なシャンデリア。

 正面には老人の座る無駄に巨大な玉座と、その横に佇むメガネをかけたスーツのような衣服の初老の男性。


「どうかその類稀タグイマレなる能力チカラって、我が国を救って欲しい! 頼まれてくれるかな?」


 老人は問うようにして少年に呼びかける。

 だが、その瞳は決して少年の返事を求めていない。

 どう見ても「了承」以外を許さない、そんな強制的な色をしていた。


 動揺で言葉が上がってこない。

 困惑で思考が回ってこない。

 唾を飲んでも飲んでもずっと喉がベタつく気持ち悪い感覚。


「あぁ、心配しなくて良いよ英雄。召喚に応じた君には、我々が持つことの無い特別なチカラが宿る。だから戦うチカラには困らないよ。

 とはいえ、どうしてそんな事になるのか。なんてのは知らないけどね。そういう術なんだって認識程度で大丈夫さ」


 黙っている少年に向けて、老人は朗らかに笑いながら好意的な言葉を落とす。

 だが、明らかに論点が間違っている。


 老人の論点は既に「現在」ではなく「今後」に移ってしまっている。そのうえ、ここが何処で、何をして、こうなったのか。そういった理由も丸ごとすっぽり抜けている。

 今後どう戦うか。どう戦果を挙げるか。どう英雄になるか。

 その説明になり始めてしまっている。

 まるでそれさえ知ってれば良いだろう? といった傲慢を振り回すように。


 ─このままではいけない。


 少年はそう覚悟し、大きく一つ唾を飲み、


「チカラなんて要りません。俺を、元の場所に、日本に帰してください」


 恐らく17年の中で一番、勇気を込めて言い放った。


 そんな少年の言葉を聞いて、老人のハリボテの笑顔が露骨に不愉快そうにホコロぶ。


「帰りたい…だと? 特別なチカラだぞ? ほら、君たちが憧れるような、ちーと能力とやらだぞ? どうしてそんな状況でそんな言葉を吐けるんだ?」


「俺には知らない世界の英雄とやらの座は興味ありません。

 だから家族のところへ帰してください」


 一度声を出してしまえば、人間案外言葉を紡げるものだと少年は自分の意外な肝の太さに驚きつつ、老人を強気に睨み付ける。


「そうか…要らない……か。英雄になりたく無いか。チカラなんて不要か…なるほど成程」


 老人は広げていた両手で顔を覆い、ボソボソと呟く。


「このワシが我慢したのに。下手に出てやったのに。好意的にしてやったのに。それを要らない…あまつさえ家に帰せ……なるほど成程、成程成程」


 やがて顔を覆う両手の爪を自身の額に立てて、ガリガリと引っ掻く。


「はぁ……おい、お前」


 やがて老人は一つ、大きく溜息を吐いて近くで顔を青くするメガネの男性を呼びかける。


「アレくらいの年代ってのは、特別なチカラだの、英雄だの、ちーとだの言っておけばホイホイ従うんじゃ無いのか? 」


 先程とはまるで違う口調で、老人はメガネの男性に声を掛ける。それも恐ろしい程に偏見に満ちた内容を。


「そのように聞き及んでおりますが…」


「それなのに奴は従わない。つまりお前はワシに嘘を吐いた。重罪だな」


 メガネの男性を見下し言葉を遮りながら、老人は虫でも払うようにシッシッとメガネの男性を払う。

 直後、近くに控えていた衛兵がメガネの男性の両腕を掴んで、少年の位置からでは死角になっている影の外へと引き摺っていく。


「お待ち下さい! 王よ! 私に、私に弁解と挽回の機会を! 」


 引き摺られて行くメガネの男性は喉が潰れる勢いで叫び続けるも、その様子に誰も目もくれず、王と呼ばれた老人自身も既に興味を失い少年の方へと向き直っている。


「さて、貴様」


 もはや二人称すら変わった冷たい態度で、王は少年にもう一度口を開く。


 もし先ほどと同じ質問を投げかけられたら頷くしか無い。そんな空気を漂わせて。


 だが、ここで王は予想外の言葉を吐いた。


「ワシの時間を無駄にしたんだ。相応の報いを受けろ」


 直後、少年の背後から衝撃。


 少年は後ろから迫った衛兵によって前方へ倒され、そのまま背後から組み伏せられる。


「は……? 」


 ─理解が追いつかない。


 この数分で起こった事、自分の身に今起こっている事。目まぐるし過ぎて何も考えがまとまらない。

 ただ一つ分かるのは、状況は常に悪い方へ悪い方へと転がり落ちて行く事。それだけだ。


「とはいえ、最後の機会だ。

 おい、アレを使え」


 組み伏せられた状態で少年は必死に首を回し、『アレ』とやらを何とか確認する。


 衛兵が持ってきたのは四角い箱のようなものと、箱から伸びる2枚のパッド。

 言ってしまえばAEDのような形状。


「なにを…」


 言い切る前に2枚のパッドがブラザー越しに両肩甲骨辺りに設置され、


 直後、全身を衝撃が貫いた。


 まるで高いところから転落したあの感覚。

 肺の中の空気が全部押し出されるあの感覚。

 経験はないが、トラック等の大型車に轢かれたらこんな感覚だろうなと思わせる、内臓の潰れるような強い衝撃。


「ガッ……ハァ……」


 言葉も出ない痛みに少年はうめく。

 だが、周囲の人間は既に少年への興味を完全になくしたように他の場所を見ている。

 何事かと少年も首を上げて自分の前方を見る。


 そこには、先ほどまでなかった鉄の棒が転がっていた。


「何だ…ソレは? 」


 王に問われた衛兵が、恐る恐る目の前を転がる鉄の棒を持ち上げ、王の目の前まで運ぶ。


「どうやら鉄の棒のようです。そして、こうして持ち運べる以上、魔力によって形成されているものではなく、魔力を使って創り出したものかと」


「つまり? 」


「能力者から離れても、能力者が居なくともこの鉄の棒は使えます」


 そう聞いて、王の両頬が三日月のようにニヤリと釣り上がった。


 少年には何がそんなにご満悦なのか一切理解できないが、どうやら自分が貰った能力とやらはとんでもない性能スペックを有しているらしい。


 ─これが現状打破の交渉材料に出来れば…


 この場に来て初めての好機に、少年は頭を回し始める。


 だが、


「ならば、魔力が枯渇するまで使え。切れたら回復するまで牢にでも繋いでろ。

 場所は…まぁ死ななければどうでもいいさ」


 時は既に遅かった。


「あ……ぇ……ッッ!! 」


 急いで言葉を紡ごうとした。

 慌てて交渉を試みようとした。


 でも、もうあの機械は自分に貼られている。

 おまけにこの鉄の棒をどうやって出すのかすら分からない。


 何の検証も画策も出来ないまま、何度も何度も衝撃を当てられ、ただただ鉄の棒だけを吐き出させられて行く。


 やがて「うるさいから全部、独房でやれ」と命令が下り、朦朧モウロウとする意識の中で、そのまま宮殿と思わしき建物の中を引き摺られて、暗い石造りの檻へと叩き込まれ、再びあの拷問のような行為が始まった。


 アレから何時間経過したか。

 窓すらない遠くで揺らめくロウソクの光以外の確認材料が無い中で、ようやくその時が来た。


「あー、コレじゃもう絞れねぇな」

「となると、また明日かね。

 あーあ、疲れた。じゃあ小僧、また明日な」


 どうやら目当てのサイズが出なくなったらしく、パッドが外されて衛兵達が去っていった。


 久々の静寂に少年は安堵する。

 安堵するが、同時に涙も流れる。


「なぁ……どうして俺、こんな事になったんだろうな…」


 さっきまで普通の高校生だった。

 授業を受けて、部活をやって、夕飯に差し障らない程度に友達と軽くコンビニで買い食いをして、両親と妹の待つ家に向かって帰って行く。

 暗い過去も、目を背けたい現実も無い。

 病気などの絶望的な未来もない。何も無い。

 平和なだけの穏やかで幸せな日々があるだけだった。


 それを奪われた。

 よく分からない理由でよく分からない場所に連れてこられ、よく分からない能力を与えられ、そして意味の分からない根拠で投獄され拷問の日々が約束された。


 あまりの理不尽に涙を流し、それでもボロボロにされた上に『魔力』とやらも枯渇して、反抗する準備をする体力もなく、


 少年、ミナト レンは暗い石畳の上で眠りについた。

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