第4話 絨毯爆撃

一夜が明けた。僕はリーナとサーシャに夜伽をしてもらい、エリシャとも性交を伴わない愛を交わして、リラックスした状態で戦争を迎えていた。


朝靄の中、敵軍の布陣が視界の先に広がっている。数え切れないほどの兵士が陣を敷き、破城槌のほか、数は少ないけど攻城塔や投石器も整然と並んでいる。敵軍の本陣は後方の小高い丘に位置していた。


あそこに、僕の愛しいセリアはいるのだろう。僕を殺そうとしていることに、少しは苦悩してくれているだろうか? もし死ぬなら、せめて最期にセリアのフェラチオくらいは味わわせてほしいなと、不謹慎なことを考えてしまう。


まぁ、そんな事情は兵士たちには関係ない。攻撃の合図を待ちながら、戦意をみなぎらせているのが見て取るように分かる。


「ふーん、勝つ気満々だねぇ」

「敵軍は勝利を確信しているようですな。兵力差を考慮すれば当然でしょうが」

「城下町は略奪を受けていないようだね。安心したよ」

「若様を殺して、ランベール公国を併合するつもりでしょうからな」

「おお、怖い怖い。王様って嫌な仕事だねぇ」


僕たちは城壁の上に並び、準備を整えていた。ガルヴァンが目を細め、敵軍を観察しながら口を開く。城壁では、一夜漬けの訓練を経て、ある程度紙飛行機の扱いに慣れた兵士たちが、それぞれの手に紙飛行機を持っている。ただ、彼らにも爆破の実演をして見せたので、多くの兵士は暴発しないかとビビっているようだ。


「若様、魔力を封入する作業の準備も整いました。5名とも、いけます」


僕の背後に控えているフレイアが、冷静に進捗を報告してくる。紙飛行機への魔力封入は危ないから、ぶっつけ本番だ。万が一の事故に備えて、リーナが結界を張ってくれている。


「よし。みんな、ここからが本番だ。慌てず、狙いを定めてくれ」


僕は紙飛行機を手に、兵士の一人一人を見つめながら声をかけていく。


「確かに兵力差は大きい。でも、僕たちにはこの新兵器がある。これから、その真価を見せてあげるよ。大丈夫、勝利するのが僕たちであることは、すでに確定事項だ」

「敵将の首を、きっとお兄様に届けてみせますわ」


セリア――。敵軍の指揮官であり、僕の婚約者である彼女の姿が脳裏をよぎる。優雅な黒髪を持ち、聡明で優しい彼女が、今は敵将として僕を殺しに来ている。実に切ない話だ。彼女が僕の目の前に立つ時、果たして僕はどんな顔をしているだろう。


「お兄様、セリアが生きていればお愉しみいただけるよう、殺さずに捕えますね」


エリシャが僕の横顔を見上げて訊ねてくる。どうも、迷いが顔に出てしまっていたらしい。エリシャのさっきの発言は、僕を試したという事か。


「……エリシャと兵士の無事が最優先だよ」


僕はあいまいな返答をする。今は余計な感情に流されるべき時ではない。セリアと僕の関係は、個人的なことに過ぎない。まずは、僕の国王としての役割を果たすべきだ。


敵軍の動きが慌ただしくなる。攻城兵器を前進させる準備をしているのだろう。10人ほどの騎兵が、威力偵察のためにこちらに向かってくるのが見えた。1人は魔法騎兵か。ぜいたくな戦力を保有しているものだ。


「まずは彼らに、この新しい戦術を見せてやろうかな?」


僕は紙飛行機を手に取り、軽く息を吸った。折った時に込めている魔力を僕とつないで、わずかに調整する。そして、僕は朝焼けの残る空に向かって、紙飛行機を飛ばした。滑らかな弧を描きながら、偵察の騎兵たちへと飛んでいく。僕は操作して、垂直落下させる。さながら、急降下爆撃だ。


紙飛行機が爆発した瞬間、静寂を切り裂くような轟音が戦場を覆った。


「ドォォォォォォォン――!」


耳をつんざく音が響き渡り、まるで地鳴りのように地面が震えた。音圧が辺り一帯を支配する。その轟音は、この戦場にいるすべて者の恐怖心を引きずり出すような重さを持っている。


そして、土埃が晴れたとき、10人の騎兵はほぼ全壊していた。貴重な魔法騎兵が張っていた結界も、やすやすと貫通したようだ。生き残りの数名も、重傷を負っているようで、動けていない。


兵士たちから、どよめきの声が沸き上がる。敵軍も、動揺している様子が見て取るように分かる。思った以上の戦果だった。たった1枚の紙飛行機が、これだけの破壊力を持つ。戦争の形が、大きく変わる。それを成し遂げたのは、僕なのだ。


「あはははっ、まさに爆撃だね」

「凄まじいですな……これほどまでとは」

「お兄様のすばらしさ、エリシャは本当に感服いたします」


「ガルヴァン将軍、どう思う」

「はい。これだけの威力であれば、殲滅は容易でしょう。敵の攻城塔や輜重品は破壊せずに鹵獲しましょう。それらを利用して、次の戦いを有利に進める必要があります」

「となると」

「はい。叩くべきは敵本陣や指揮官となりましょう。フレイア、魔力封入の準備は整っているか?」


ガルヴァンが声をかけると、フレイアは顔を上げ、短く頷いた。


「5機すべて、合図に合わせて封入を開始します」

「よし、魔力封入を開始してくれ。通常の紙飛行機は、まずは200機。合わせて一斉に放つ。すべてを敵軍に叩き込むぞ。魔力封入を終えたら、すぐに次の準備をするように。できるか?」

「もちろんです。魔力切れで倒れるまで、続けます」

「良いか、皆のもの。攻城塔や輜重品は避けろ。あれは我々のものになる。本陣や指揮官を狙え!」


イザークやレオナルドも、兵士に指示を出していく。最後のコントロールは僕がするんだけど、狙いが外れていない方がやりやすい。僕は神経を集中させて、200機の通常機と、5機の特別爆撃機に魔力を通わせる。同時操縦――10数年、僕がリーナやサーシャと遊びほうける女好きの若様と噂をされながら、極めた技術だ。


そして、兵士たちは一斉に紙飛行機を構え、魔力を込めた特別機5機と合わせて205機が城壁の上に揃った。その数は圧巻で、朝日を受けた光景は、さながら無数の鳥の群れが空を埋め尽くしているようだった。まぁ、敵にとっては死を運ぶ鳥だ。


「全機、放て!」


僕の声が響くと同時に、紙飛行機たちが次々に空へと飛び立つ。それぞれが滑らかな軌道を描きながら敵陣に向かっていく。投げ損ねたヤツは、速やかにサポートして気流に乗せていく。


実にキレイな光景だった。敵も、これが恐ろしい存在であることにはすでに気付いている。投石器や弓矢で撃ち落そうとしているけど、高度が足りない。とにかく、僕の戦争は位置取りが重要だな。そんなことを考えながら、200機の紙飛行機に垂直落下の指示を出す。そして、残る5機の紙飛行機は、さらに精密に動かしていく。


左翼と右翼の指揮官をめがけて1機ずつ、そして残る3機は敵本陣へと向かう。


「セリア、ごめん」


まずは、通常の紙飛行機200機がその戦場を埋め尽くすように、それでいて攻城兵器の周囲だけは避けるように着弾する。無数の閃光と爆風が、敵軍全体を混乱と恐怖で覆い尽くしていく。煙と土砂が舞い上がり、兵士たちの悲鳴が次々と響いた。


「やめて……やめてくれぇぇぇっ!」


敵兵の叫び声が、爆発音の合間に、戦場に妙に響き渡った。ただそれも、次の瞬間には轟音に飲み込まれていく。


そして、左翼と右翼の指揮所が吹き飛んだ。3機の特別爆撃機が敵本陣に吸い込まれていく。次の瞬間、戦場を揺るがす轟音が響き渡った。


城壁の上からその光景を見下ろしながら、僕は短く息を吐いた。戦術は成功した。砂煙の中から見えたのは、無惨に崩れた指揮所と、一帯に転がる無数の死体。そして、上空を見上げながら逃げ惑う兵士たちの姿だった。指揮系統を失った部隊があちこちで混乱しているのが見て取れる。


「作戦は大いに成功したようですな」


ガルヴァンが声をかけてくるけど、浮いた様子はない。ガルヴァンも、痛いほど分かっているのだ。あの本陣の中に、セリアがいた可能性は高い。僕の頭には、指揮所が爆風に飲み込まれ、彼女の身体が無惨にも引き裂かれる光景が鮮明に浮かんでしまっていた。


「死んだかな、セリア……」


声に出して呟くと、言葉が想像以上に冷たく響いた。婚約者として共に過ごした半年間の記憶が、一瞬頭をよぎる。だが、今は敵だ。それ以上考える必要はない。すぐ隣でエリシャが何か言いかけたけど、その言葉は音にならなかった。


「若様、敵の部隊は壊乱しています。指揮系統を喪失し、後方の部隊は逃走を図っています!」


遠目の魔法を使っている偵察係が報告してくる。その声には、成功への興奮が含まれていた。彼に聞けば、セリアの生死は判明するかもしれない。だけど、その気にはなれなかった。


「フレイア、準備はできているかい」

「はい、魔力封入は間もなく完了します」

「ありがとう。そこまでで良いよ。その5機で、打ち止めだ」


僕は自分に言い聞かせるように呟き、エリシャたちへと顔を向けた。紙飛行機を投げるためにいた200名の兵士を除いて、残る300名の兵士は城門前で待機している。


「ガルヴァン、エリシャ、準備はいいかい?」

「もちろんです。速やかに突撃の準備に移ります」

「いつでも参ります。私の第2軍で、お兄様に吉報をお届けしますわ」


その凛とした青い瞳には、迷いの色が一切ない。吉報とは何か……それを質問する気にはなれなかった。


「よし。5機の特別爆撃機が着弾した直後に、城門を開く。2人とも、よろしく頼む」


5機の特別爆撃機が放たれると、敵軍はさらに混乱を極めた。武器を投げ捨てて、降伏のために城壁へ向かってくる者もいる。安全だと判断したのか、攻城塔の周囲に人が群がっている。


ガルヴァンとエリシャ、そしてイザークやレオナルドたちは、城門へと慌ただしく降りていった。その姿を見送りながら、後ろに控えていたリーナが、遠慮がちに声をかけて来る。


「若様……」

「今は何も言わないで、リーナ。戦争に勝つことが最優先だ」


そして、5機の特別爆撃機がとどめと言わんばかりに、比較的健在だった、後方の敵軍に損害を与えていく。同時に城門が開かれて300名の兵士が突撃し――ランベール侵略戦争は、瞬く間に終結したのであった。

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転生皇帝と美姫たちの英雄戦記 柚子故障 @yuzugosyou456

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