第3話 趣味部屋の秘密

扉を開けると、全員が部屋の中を覗き込んで息を飲んだ。壁際に積み上げられた無数の木箱。その中には膨大な数の紙飛行機が丁寧に収められている。山のようにそびえるその箱を見て、誰もが言葉を失っていた。


「これは……?」


ガルヴァンが硬い声で尋ねる。そう、ガルヴァンですら初めて足を踏み入れる、僕の秘中の秘だ。国家機密と言っても過言ではない。


「紙飛行機だよ」

「紙飛行機とは何ですか、若様?」


ガルヴァンの副官であるイザークが首を傾げる。ああそうか、そもそも飛行機という概念がないもんね。もっと言えば、折り紙という文化もないのだ。


「紙飛行機とは、空を飛ぶ道具さ。10数年かけて折り続けてきたんだ。練習もここで兼ねてね」


僕は机の上から魔力紙と同じ質感の普通紙を一枚取り上げると、紙飛行機の折り方を実演して見せる。実に簡単な、やり方を覚えれば幼稚園生でも作れるようなヤツだ。そして折り終えた紙飛行機を、ガルヴァンたちに示す。


「この木箱に収められているのは、すべて同じものなのですか?」

「そうだよ。1箱に、ざっと1,000機かな」


僕はあえて「機」という単位を使って見せる。まぁ、すでに一生分の戦争用の備蓄はあるだろう。この世界の魔力紙は日用品レベルであり、決して高級品というわけではない。真似をされて再現されると嫌なので、これまで隠し通してきた。


「こんなに大量のものを……若様がお一人で? 魔力紙をこのように使うだなんて、大胆な発想をいつ、どこで……」


魔法士であるフレイアが呻くように、驚きの声を漏らす。まぁ僕も、この発見をした時には驚いたよ。何で誰も思いつかなかったんだ?ってね。


「僕だけじゃないよ。エリシャ、リーナ、サーシャ、みんなが手伝ってくれた。まぁ、彼女たちの助けがなければここまでの数は無理だったね」


その言葉を聞いたガルヴァンが眉をひそめる。そう、この部屋は立ち入り禁止だけど、3人だけは出入りを許していた。だから、僕がいけないお遊びをしているという噂を立てられたこともある。


まぁ、3人を相手に、息抜きと称してそういう行為もたっぷりと楽しんでいたから、間違いではない。サーシャのそびえ立つ双子山を堪能したり、エリシャにあんな格好をさせたり、リーナとあんなことやこんなことを愉しんだり……実に良い性生活だった。


エリシャの副官であるレオナルドは、感慨深そうに部屋を眺めている。


「なぜ、そのような重要なことを私たちには……いえ、若様を責めているわけではございません。エリシャ様がこの部屋でどのようなことをされているのか、ずっと気になってはおりました」

「信用していなかったわけじゃないよ。ただ、秘密を知る人間は少ない方が良いからね」


少し柔らかい笑みを浮かべながら言ったけど、心の奥には違う気持ちがある。この秘密を、エリシャたち以外に共有するつもりは、最初からなかった。父上にも、母上にもだ。転生者として共有した過去や価値観は、僕たちだけが持つ絆だった。


「この紙飛行機が珍奇なものであることは理解できました……ですが、このおもちゃが……失礼。魔力紙が、戦況を覆す一手となるのでしょうか?」


イザークが少し困惑した声を上げる。まぁ無理もない。今のところ、これの価値はただの魔力紙で作ったガラクタだろう。僕はさっき折った紙飛行機を手に取ると、軽く放った。それは部屋の中をふわりと舞いながら、滑らかな曲線を描いて机の端に着地する。たったそれだけだけど、ほぅ、という感嘆の声が上がる。


「こんな感じに飛ぶんだ。紙だけど、正確に投げれば驚くほど遠くまで飛ぶ。それに、ここにある全てに僕の魔力を通してあるから、ある程度動作を操作できる」

「方向を操作……ですか? 若様、簡単なことのように言いますが、それは容易なことでは……」

「だから、練習してきたんだよ。10数年間、僕は魔力を練り、紙飛行機を繊細に、多数を同時に操ることだけを心掛けてきた」


フレイアの目が驚愕で見開かれる。さすがに。魔法士であるフレイアには価値が分かってもらえたようだ。長年の努力の意味を理解してもらえると、気持ちが良い。


「フレイアは、爆破用の魔力紙に魔力を追加で封入することができるのは、知っているよね」

「はい。1~2分後には暴発しますが、鉱山での発破には便利なので、よく使われます」


他は、地雷のようにも使われることがある。その程度の運用はすでに考案されているのだ。ただし、魔力紙は紙だ。短時間しか持たないし、悪天候時の耐久性に欠けるので、使われてこなかった。ただ、面積の小さい紙飛行機なら、風向き次第だけど雨天時でも運用できる。さすがに、嵐レベルではダメだろうけど。


「そうだね。タイムリミット付きだけど、逆に考えれば、少しばかりの時差を生んでくれるんだ。魔力封入した紙飛行を飛ばせば、遠方で大爆発を起こせる。例えば、攻城塔や本陣を直接叩くことができるんだよ」


フレイアは実に納得してくれたようだ。この国にいる5人の魔法士が魔力を封入すれば、5発の大型爆弾のできあがりである。


「この紙飛行機が、遠方で爆発するのですか。射程は?」

「300メートルくらいかな。高所から投げ下ろしたときや、風向きによっては、1キロはいけるだろうね」

「先ほど、同時にと仰いましたな。どれくらい、操れるのですか」

「まぁ、500ってところだろうね。疲れるから、連続は辛いけど」


質問を繰り返すうちに、ガルヴァンが興奮していくのが伝わってきた。灰色の瞳も、徐々に期待の色に染まっていくのが分かる。イザークたちも、少し遅れて、この大量の紙飛行機がもたらす革新に気付いたようだ。


「愚問ですが、若様はその500の紙飛行機と、5つの魔力封入された紙飛行機を、どのように運用なさいますか?」


僕はエリシャとリーナに視線を配る。そして、にやりと口角を上げた。


「もちろん、敵陣に降らせるのさ。無慈悲な紙飛行機の雨をね……こういうの、絨毯爆撃って言うんだよ。覚えておいてね」


そして僕たちは練兵場へ赴き、的を爆発四散させて、紙飛行機による爆撃の恐ろしさを知らしめたのだった。

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