第2話 戦火の中の忠誠
ランベール城内の軍議室には、城を守るための将官たちが一堂に会していた。広げられた地図には、敵軍の進行ルートが示され、駒が置かれている。各自の視線がそこに注がれている。
室内には誰かの息遣いさえも響くような、言いようのない緊張感が広がる。駒の動き一つが、僕たちの運命を左右していくのだ。そして、駒の色の差は圧倒的だった。
「敵軍の主力は中央に集中して布陣しております。攻城塔と投石機を前方に配備して、破城槌を突撃させ、城門の中央突破を狙っているようです」
イザーク=ハルトネルが地図を指し示しながら、冷静に分析する。ガルヴァンの副官である彼は、まだ25歳と若いが優秀な軍人だ。同年代で言えば、ヴィクトールの次くらいには優秀だろう。
「数任せの力推しですが、その力差があるだけに、一度取り掛かられると厳しい戦いとなるでしょう。まずは攻城兵器を破壊するのが急務かと」
「では即座に夜襲をかけて敵を叩き、敵勢を混乱させるべきかと……私が刺し違えてでも、お兄様を裏切ったセリアの首を討ち取ってまいります」
勇ましい発言をしたのは、エリシャだ。エリシャ=ランベール、血は繋がっていないが、僕の義妹である。
揃えられた金髪を靡かせ、その美貌は6公国で随一と称えられる。僕としては、この天使のように可愛いエリシャは世界一だと思っているので、この評判は不満でしかない。
なお女性でありながら軍才を示し、第2軍を任されている。もちろん、王族であるが故の出世だけど、その能力を知るから、侮る者はいない。今は、男性のように軍装をしている。もちろん、男装のエリシャもとても美しい。
「恐れながら、エリシャ様。敵も夜襲は予想しており、成功率は低いかと」
老将ガルヴァンが低い声で反対する。
「敵の規模を考えれば、100の兵を喪うだけでも、この城は瞬く間に落ちます。ヴィクトールが兵を取りまとめて救援に駆けつけるはず……明日は我慢の一手です」
エリシャはガルヴァンを真っ直ぐに見つめ、毅然とした態度で答えた。
「では、私が近衛を率いて闇夜に紛れ、後方の輜重を狙います。攪乱するだけでも、士気への効果はあるかと」
「いや、それは許可できない。エリシャ、気持ちは分かるが落ち着きなさい」
「承知しました、お兄様」
僕の言葉を受けて、エリシャは素直に意見を引っ込める。顔に似合わず苛烈な性格だけど、僕にだけは昔から甘いのだ。そんなエリシャを、僕も溺愛している。
「恐れながら、具申したいことがございます」
フレイア=アークライトが一歩前に出た。赤髪をポニーテールにまとめた彼女は、魔法部隊の指揮官である。とはいえ、魔法士は貴重な戦力であり、この城には5人ほどしかいない。1万人の部隊に100人が、適正な割合だ。フレイアは一歩前に出ると、冷静に提案を始めた。
「若様、私の魔法士部隊は少数ですが、精鋭揃いです。私の部下たちをエリシャ様の近衛部隊に組み込み、さらに私がナイトフォール殿の隠密部隊と共に、陽動します。成功すれば、十分な戦果が見込まれるかと」
「ナイトフォールとの二面陽動か……それでも、リスクが高いよね。フレイアが考える、成功する確率は?」
僕は腕を組みながら問いかけた。斥候や諜報などを主任務とするナイトフォールは腕組みをしたまま、静かに参加への肯定をしている。同年代であり、普段はお喋りな奴だが、こういうところでは目立とうとしない。フレイアは少し考えた後、きっぱりと答える。
「7割ほどと試算しております。敵は早期の勝利を焦っている、とのガルヴァン将軍の見立てもあります。若様、敵軍は長期戦に備えた補給線を持っていません。夜襲で輜重隊を叩けば、兵士たちに動揺が広がるでしょう。補給を絶たれた軍は、たとえ1万でも烏合の衆となりかねません」
「まぁ分かるよ。だけど、敵もそれは承知の上で防備を厚くしているはずだ。その陽動で、君に被害が出る可能性は?」
フレイアは一瞬口ごもったけど、すぐに決意を込めて答える。
「覚悟の上です。魔法士が……私がいるとなれば、敵も目の色を変えて私たちを追うでしょう。この髪色は目立ちますし、囮になる価値はあります」
「ありがとう、フレイア。良い提案をしてくれたと思っているよ、だけど、却下だ」
「ですが、500人と1万人では、いくら籠城をすると申し上げましても……」
「無駄死には許されない。この攻城戦で勝利したら、僕たちはグリフォード公国を叩きに行くんだからね」
全員が一斉にざわつく。この苦境をどう凌ぐかという軍議をしているのに、勝利を前提とした反転攻勢の話をし始めたんだから、まぁ無理もないだろう。
「忠誠心はお汲み取りあげてください、若様」
「もちろんだよ、ガルヴァン将軍。君たちが僕の……この国のために命をなげうつ覚悟であることは、大変に嬉しく思っている」
「ところで……若様は、先ほどから勝利を確信していらっしゃるようですな」
「ああ、無策というわけではないよ」
僕は立ち上がると、軽く手を挙げた。この苦境においても、皆の忠誠心は、改めて確認することができた。さて、そろそろお披露目しても良い頃合いだろう。
「では、僕の策を教えてあげよう。僕の趣味部屋を見に来てくれないかな? 明日ね、やってみたいことがあるんだよ」
室内が一瞬、静まり返る。まぁ、僕は軍事にはそれほど頓着しない姿勢を見せてきた。義妹であるエリシャが勇猛であればこそ、なおさらだ。その若い国王様が、何かをしようとしているのだ。
「若様……例の、あの趣味部屋、ですか? いつも鍵をかけて、大切そうにしている部屋でございますか」
エリシャの副官であるレオナルド=グレイフが困惑した声で尋ねた。亡くなった父上より少し年上で、経験豊富で冷静沈着。そして、エリシャへの父親的な愛情と忠誠心の高い人物だ。
「うん、そうだよ」
エリシャとリーナ以外は、不安そうな顔をしつつも、興味が抑えられないといった表情だ。あの若様が、これほど自信満々とは、いったい何を……そういう考えが、表情から見て取れる。
「見れば、きっと納得すると思うよ。そして、これまでの人生で僕が行ってきた意味不明な行動の真意も、教えてあげよう。君たちだけに、特別にだよ?」
軍議室に静寂が戻る。誰もが、次の僕の言動を待っている。地図上の駒が、風もないのにカタンと倒れる。これは吉兆だな、と僕は感じた。
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