転生皇帝と美姫たちの英雄戦記
柚子故障
第1話 小国の若様
平凡な大学生だった僕が平和な異世界に転生したのは、前世でのことだ。
前世の僕は皇帝となり、世界を制覇した。そして40歳くらいの時にこの世を去った。だけど奇縁があって、3人の女の子と共にこの世界へ転生してきたのだ。
この世界は、なかなかに厳しい世界だ。飢えるほど悲惨ではないけど、戦乱の時代の中にある。
西の雄と言われるクロイツ帝国。その南側に位置して属国とみられている、6公国。そのうちの1つ、ランベール公国の嫡男として僕は転生した。
これは、そんな僕が前世からついてきた女の子たちといちゃいちゃし、現世での美女や美姫を我が物とし、戦争を勝ち抜きながら国を平らげ、世界を制覇していく。そんな物語である。
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「壮観だねぇ、ガルヴァン将軍」
僕は片肘を城壁に乗せながら、眼下に広がる松明の海を見下ろしている。光の列はまるで夜空に降り立つ星のようで、美しい。まぁこれが、僕を殺そうと遠路はるばるやって来た敵軍のものでなければ、もっと綺麗に感じていることだろう。
「若様。あまり身を乗り出しますと、狙撃魔法の恐れがございます」
「大丈夫だよ。リーナの結界魔法は優秀だから」
僕は傍らに控える護衛メイドのリーナを振り返って、微笑む。リーナもまた、ウェーブのかかった銀髪を揺らし、黄色い瞳を闇夜に輝かせながら微笑んでくれる。
「しかし、よくもまぁ、これだけの数をかき集めたものだよ」
「まったくもって、その通りですな」
隣に立つ老将ガルヴァン=ドレイクが、低い声で答える。白髪のオールバックに刻まれた深いしわと鋭い灰色の瞳が印象的で、筋肉質な体躯は老いてもなお衰えを知らない。
「敵軍の規模は約1万。主力は騎兵で、残りは歩兵と槍兵。攻城塔と投石機は少なめですな。破城槌を多めに準備しています。とにかく、行軍速度を優先した構成です」
彼の声には、長年戦場を駆け抜けてきた者の経験に裏打ちされた重みがある。僕にとっては大変に頼りになる存在だ。
「1万か……うちはかき集めて5千。今、この城にいるのは、500人ってとこかな」
僕は軽く目を細めながら、遠くの陣形を観察する。もう遠い記憶だけど、まるで戦争ゲームのようだなと、不謹慎ながらそんな感想を抱いてしまう。
「父上が亡くなって、僕が王位を継いでまだ1カ月だというのに。舐められたものだよ」
ガルヴァンもまた、同感だと言わんばかりに静かに息を吐く。
「グリフォード公国がここまで迅速に動くとは予想外でしたな。その判断と行動の速さは見事でございます」
「見事……ね。僕も暢気に褒めてあげたいところだけど、そうはいかないか」
僕は呟きながら、こっちに向かっている軍勢の動きをじっと見つめた。
「でも、少し焦っているみたいだ。輜重隊が手薄すぎる」
「ええ、とにかく早期に決着をつけたいようですな」
「となると、クロイツ帝国には無断だね。奇貨居くべしの心境かな?」
「耐えきれば、外交で凌げるかもしれませんな。急ぎ、残りの4公国には使いを出します」
その時、伝令が駆け寄ってガルヴァンに耳打ちをする。その報告を聞いたガルヴァンは、眉をひそめた。僕に向き直って、渋い声を苦々しげに吐く。
「若様、大変申し上げにくいことですが……敵軍の総大将は、セリア=グリフォード王女殿下のようです。アレン様を含めた王族が自害し、エリシャ様を引き渡せば国民に危害を加えないとの書簡が、副官のヴァルター将軍から内密に届けられております」
予測の中にはあったけれど、まさかの名前が出てきた。思わず、乾いた笑い声が出てしまう。
「あははっ、セリアが総大将か。婚約者を殺しに行かせるとか、公王殿も容赦がないねぇ」
「ええ、お2人の心中をお察し申し上げます」
「降伏したら、婚約者のよしみで、斬首する前にキスくらいはしてくれるかな?」
そう、セリアは僕の婚約者であり、この国にも幾度となく来たことがある……昨年に至っては、半年間を共に過ごした。相思相愛だとは思っているけど、まぁ国家とはこんなものだろう。
「若様、それは……」
「冗談だよ。セリアが相手なら油断はできないね。図上演習での彼女の手腕は、本物だったよ。でも、もったいないなぁ。戦場だから殺し合いになるし、捕えたら処刑しなきゃいけないかな? 美人なんだよね、セリアって」
ガルヴァンが少し言葉に詰まる。昼行燈のように呼ばれていた僕の真意を、つかみかねているようだ。のんびり屋の女好きの気楽な若様。僕の評価は、そんなものだ。それが、仲睦まじくしていた婚約者を殺すつもりだなどと、口にしたのだ。
「若様は、この戦争に勝てるおつもりのようですな」
「もちろんだよ。そうでなければ、今頃逃げ出すか、泣き出してるんじゃない?」
「ええ、まったくもってその通りかと。不躾ながら、若様の胆力に感服しております」
「ま、普段の僕を見ていれば、そんなものだろうね。大して役に立たない魔力紙を大量に購入して、せっせと意味不明な行為に精を出してきたんだから」
ガルヴァンの返答は聞かなくても分かる。というか、城のみんなの評価がおおよそそんなものであることは、僕はリーナから聞いている。
「若様、軍議の準備が整いました」
「さぁ、続きは軍議で話そう。皆が待っている」
僕は声をかけてくれたリーナの肩を軽くたたくと、軍議室へと向かう。後ろをついてくるガルヴァンの足音に、僕を侮る雰囲気はない。
内心で笑いながら、僕は歩いていた。とうとう、僕の時代が来るのだ。父上が亡くなり、都合よくグリフォード公国が攻めてきてくれた。諸国の感情を損なうことなく滅ぼすチャンスをくれたのだから、感謝したいくらいだよ。
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