第5話 合格者に選ばれて

 原稿用紙六十枚ほどに、思いの丈を書きなぐったエロ小説の完成原稿が積み上がった。時計の針を見ると制限時間の五分ほど前だ。


「ふ~う、なんとか間に合ったようだ」


 僕は額にかいた汗を手で拭いながら、他の受験者を見渡してみた。すでに小説を書き上げて机に突っ伏している者。頭を掻きむしりながら、最後の抵抗を試みている者。万策尽き、すでに心ここに在らずといった表情で天井を仰ぎ見ている者等々。隣の中年男性はというと、すでに戦意喪失といった体で、山のように積まれた原稿用紙を一枚一枚食いちぎっている。これは残念ながら期待薄だな……。


 そして、唐突にけたたましい終了のベルが教室に鳴り響いた。


 試験の概要を記した別紙の『幼女』という箇所にだけ文字を隠すようにシールが貼られていて、僕はそれをめくる。 

 そこには『ようじょ』と印刷された文字が現れた。なるほど、同じ読みでも『幼女』と『妖女』あるいは『養女』もありか? 

 要は、男を惑わず淫乱なヤリマン女をヒロインにした官能小説を書けというわけだ。手前味噌だが、完成した原稿はかなり良い出来に仕上がったと思う。


***********************************************************************************


 書き上げられた官能小説の原稿を回収した試験官が教室を出ていってからほぼ一時間が経過しころ、教室に、再び件のロリ試験官が入ってくる。

 手には一人分の完成原稿を抱えているようだ。


「皆、ご苦労だった。いや~、実に傑作揃いだったぞ。ここにいる転生希望者の秘めたフェチズムの展覧会を見せつけられたようで、読んでいていちいち感心したり、笑わされたり、こいつ、こんな性癖があるのか? などと飽きることがなかった。いや~こんな楽しい採点は久しぶりだ」

 試験会場の受験者らはみな一様に苦笑を浮かべているが、試験結果の発表に備えて皆身構えている。


 成績の発表は唐突だった。


 音もなく、テレビの砂嵐みたいな一迅の風が通り過ぎたかと思ったら、次の瞬間には目の前の光景が一変してた。


「な、な、な、な……?!」

 人間、あまりに自分の理解を超越した事態に遭遇すると、まともに言葉も発せられなくなるらしい。

「な~に、心配には及ばん。彼らは記憶を消去され、無事に元の世界に返されただけだ、安心しろ」

「えっ、今までいた僕を除く他の二十九人の異世界転生希望者はどこに?」

「話を聞いていたか? まあ、冷静になれと言っても無理からぬことか……」

「え……? ロリ……いや、試験官さんと僕だけ?」

 いきなり教室内は僕とロリ試験官の二人だけになっていた。

「おめでとう。この度の合格者は、受験番号二十七番の君、野辺山拓郎、お主に決定だ」

「へっ、ええええー?! 僕が合格?」


 別に異世界への憧れなど持ってはいなかった。

 いわゆるオタク系のジャンルには一切興味は無く、むしろ毛嫌いしていたほうだった。

なのに、どうして?


 しかし、果たしてそうと言いきれるだろうか?


 境界のない世界に閉じ込められて、今後の人生を全うするだけで良いのだろうかという獏とした疑問が無いわけでもない。この地球上に生きる大半の人間は自由に移動する権利は有しているが、自由に移動できるのはごく一部、才能に恵まれた選民に限られてはいないか?

 見えない、しかし強固な枠の中で歯車のようにひたすら働き続けることが果たして幸せと言えるのか?

 部品のひとつとして貴重な人生の殆どを費やすと思うと、なんとも鬱々とした気分に苛まれるのも確かだ。


 そして、ロリ試験官からのさしたる説明もなく、僕は突如異世界に飛ばされていた。

                             

                                   〈了〉

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異世界行って官能小説書いたら意外と需要があった。 ねぎま @komukomu39

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