婚約者を捨てて妹に乗り換えた旦那様

大舟

第1話

「エリステラとの婚約、本当にこのまま続けてもいいものか…」


優雅な装飾が施された部屋の中でそう言葉を漏らすのは、貴族の中でもかなり上位の位を有しているノリントン伯爵だ。

婚約者を持っているとは思えないいぶかし気な表情を浮かべながら、やや煮え切らないような思いを抱ている様子。


「どうされたのですか伯爵様、なにかお悩みのようですが」

「あぁ、グレイか」


ちょうどその時、伯爵のもとに紅茶を届けに来たグレイがその姿を現し、伯爵に対してそう言葉を発した。

伯爵のつぶやきが耳に入っていた様子で、やや心配そうな雰囲気でこう言葉を続ける。


「エリステラ様に関しての事ですか?」

「あぁ、まあな…」

「なにかあったのですか?私が見ている限りお二人の雰囲気はかなり良いもののように思えてならないのですが…」


グレイの言う通り、周囲の人々から見た伯爵とエリステラの関係は非常に仲睦まじいものであり、まさに相思相愛と呼ぶにふさわしいものだった。

そのどこに悩みを抱く要素があるのか分からないほどに。


「良い事ですか?それともあまり良くないことですか?」

「うーむ…。どちらともいえないな…。一般的にはよくないことなのだろうが、僕の決断次第では良い事にもなりうる話だ」


難しそうな表情を浮かべながらそう言葉を発する伯爵の姿に、グレイはあまり的を得てはいない様子。

そんなグレイの様子を察してか、伯爵はその雰囲気のままに衝撃的な言葉を続けた。


「まぁいい。グレイには本当の思いを明かしても問題はないだろう。実は僕は今、エリステラの事を婚約破棄しようかと悩んでいるのだ」

「!?!?」


なんの前兆もなく突然にもたらされたその言葉。

それにグレイが驚きを見せないはずがなかった。


「な、なんのご冗談ですか??婚約破棄などあるはずがないではありませんか伯爵様…。エリステラ様とのご関係があんなにも順調であるというのに…」

「順調は順調だとも。しかし、どうやら僕が本当に愛するべき相手は彼女ではないのではないかと思い始めてきたのだ…」

「は、はい???」


この期に及んでそんな言葉を発する伯爵の態度が信じられないのか、グレイはいまだ驚きの表情を浮かべたままでいた。


「そ、それはおかしいですよ伯爵様!エリステラ様の真摯さは伯爵様もよくご存じの事でしょう??婚約関係を結ばれてからというもの、エリステラ様は本当にこの伯爵家のために必死に動かれているのですよ?それを婚約破棄だなんて、とても私には現実として受け入れることができないと言いますか…」

「まぁ焦るなグレイ。話はまだ最初の段階…。僕にもいろいろと思うところがあるということを理解してくれたまえ」


グレイに対してそう前置きを行った後、伯爵は自身の率直な思いを説明し始める。


「僕も最近知ったのだが、実はエリステラには妹がいたのだ。名前はアリスと言ったな。もちろん接点など全くなかったが、そんなことを知ってしまったら、男なら気になるだろう?どんな人物なのだろうかと」

「……」

「それで、エリステラに黙ってアリスト二人で会う約束を結ぶことができたのだ。内心、僕は非常にわくわくしていた。こんな思いを抱いたのはそれこそ、初恋の時以来だったかもしれない。それくらいにアリスと会う瞬間を心待ちにしていた」

「……」

「そして当日、僕らは街の中にあるレストランで待ち合わせをした。そこにどんな人物が待っているのかとワクワクしながら向かった僕に対して、彼女はその期待を超える姿を見せてくれた。それはもう、完璧と言えるほど僕の好みの女性だったのだ!」


声高々にそう言葉を発する伯爵であるが、グレイはその内心で冷ややかな言葉を連発させる。


「(それは単に、浮気というシチュエーションに興奮しているだけなのでは…。そこまで好みではない相手だったとしても、背徳感が快感の後押しをしてくれるという話はよく聞きますし…。そもそもエリステラ様に黙って会いに行った時点で、最初からその気だったのではないかと思わずにはいられませんが…?)」


しかしグレイのそんな感想など知る由もない伯爵は、自慢げに話を進めていく。


「どうやら向こうも僕の事を相当に気に入ってくれてな。これがなかなかいい愛称だったんだよ。グレイ、お前だってわかるだろう?いい悪いというものがあるんだよ」

「(はぁ…。気持ちの悪い話で仕方がないですね…)」

「だからこそ僕は、今真剣に悩んでいるんだよ。確かに君の言う通り、このままエリステラとの関係を無難に続ける方が安心安全な道であろう。しかし男として本当にそれでいいのかと。男であるなら、女を見るなら本能で見るべきなのではないかと。僕の本能は間違いなくエリステラではなくアリスの方を刺している。そして僕の心はそれに従いたいと思っている。…僕の苦しみを少しは理解してくれたか?」

「(いえ、全く)」


婚約破棄に関して悩みあぐねている様子の伯爵。

そんな彼が答えを導き出すまでに、そう長い時間はかからなかった。

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2024年12月18日 20:01
2024年12月19日 20:01
2024年12月20日 20:01

婚約者を捨てて妹に乗り換えた旦那様 大舟 @Daisen0926

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