第4話 初めまして、異世界様
ーー暗い、黒い、重い闇が全身に纏わりつく。
眠りの感覚ではない。
もっと逆。
一日を、それまでのことを忘れられる安眠ではなく、全ての時間を決して忘れることなく『魂』に刻めと言われているよう。
ーーこれが「死」か、と暗い海を泳ぐ感覚に呑まれている銀髪の少女は他人事のように茫洋と思う。
唐突な終わりだったし予期せぬ人生の「死」であったからか、未だに実感が持てていないのは事実だ。
そもそも、「死」の概念の海の中にいるのに何故思考などという働きが出来るのだろうか。
「ーーなぁなぁ。本当に大丈夫なのか?」
???
ない首を傾げてみる。
どこからか、声がしたような気がした。
「しつけーぞハル。……大丈夫なんだよな?」
やはり、声が聴こえる。
お日様みたいに温かい声が。
どこからするんだろう?
辺りを見回す。
「ハルもユウマも心配し過ぎだ。熱も引いたし、じきに目を覚ます」
けれどどこにもその声の主たちはいない。
平衡感覚が失せる果てのない無明の中だから視認不可なのか、それとも単純に幻聴なのか。
ただ、幻聴にしては奇妙に生のある明確とした音で、だから気にしないなんてことは、できなくて。
「……水、ぶっかけたら起きねぇかな」
「……熱湯の方がいいんじゃねーか?」
「アホか貴様らは‼︎」
「「ですよね‼︎」」
もどかしかった。
存在しないのに首を巡らせて、暗闇の中を歩く感覚が。
おかしかった。己の死を認めて、いいや実際死んだはずなのに、死後の世界を揺蕩う『魂』の断片に過ぎない不完全な何かなのに。
こうして気にする自分の愚かしさが。
もういいか、と少女は息を吐く素振りをする。
どうせただの幻聴。
どうせもうすぐ死ぬ。
そうすれば何も考えることなく。
静かに、永遠に。
ずっと。
苦しむこともなく。
ーー嘘つきだね。
「ーー‼︎」
心臓を潰されるような、殺害宣告のような冷たい一言にゾッとなって、銀髪に蒼眼の少女は飛び起きた。
まるで夢の中で高所から落下しそうになり慌てたような感覚。
ーーサクラ・アカネは茫然となった。
まず、駅じゃない。
更に言うなら自分の部屋ですらない。
ベットの上で上体だけを起こしているアカネの視界に広がっているのは中級クラスのホテルのように小洒落た部屋。
白地の壁には鮮やかな波の絵が描かれ、観葉植物の緑が映える爽やかな、窓の外のバルコニーの奥に広がる青の水平線が美しい一室は、どこか南の島のリゾートホテルのように壮観で瀟洒しょうしゃだ。
ここは、どこなのだろう。
「ーーおはよう。元気のある目覚め方で何よりだ」
と、思わぬ声にハッとなって茫然となっていたアカネの意識が輪郭を取り戻す。
覚醒前の現状とは全てが異なる環境の効果もあって、すぐ真横に人がいることに気がつかなかった。
驚くように目を向けた先、ベット横の椅子に腰掛けながらこちらに微笑んでいたのは赤髪美女だった。
真紅の薔薇の色彩を魅せる長い髪に夕焼けを連想させる双眸。二〇代前半に見える妖艶な肌は、しかし一〇代前半のそれ。
女性的魅力が惜しまれることなく詰まった魅惑の身体を、黒の革ジャンにタイトなズボンで包む様はまるで大型バイクを乗り回していそう。
故に、なのか。
絵画の中の女神のようなのに、平和や愛、豊穣の光は感じられない。
戦女神。
歴戦の刀剣を構えているような、隙のない戦美の化身。
「どうした。まだどこか不調なのか?」
現実離れした美貌に魅入っていたらその輝きがぐいっと覗き込むようにして近づいてきたので、思わずアカネは身を引いた。
その反応に、美女は微笑む。
「失礼。いきなり知らない人間に近づかれたら警戒するのは当然だな。そういえば、まだ名乗ってもいなかったな」
言うと、美女は長い細い脚を組んで、
「私はセイラ。セイラ・ハートリクス。呼び方はセイラでいい。敬語もいらない。よろしく」
「……あたしは、『紗空あか音』です。よろしく、お願いします」
つい反射的に、一応礼儀としてアカネも名乗りはしたが、当然のように日本人じゃない。
髪色や顔立ちから予想はついていたが、アカネ同様それが地の日本人という場合もある。
言葉も通じるし、不確定ではあったのだが、名前が明らかな横文字。
ますます、謎が謎を呼んでいた。
電車に轢かれたはずなのに。
それともあの絶死の状況から救われたのか。
だとしたら何故海辺の部屋に。
……というか。
さっきからずっと気になっていたのだが。
「えっと。なに、このカワイイ犬は」
母性本能が騒ぐチワワサイズの白銀のミニチュアドックが、アカネの膝上にちょこんと座っている。
ぬいぐるみのような、けれど確かに呼吸を繰り返す、アカネは一度も見たことがない激かわ犬種。
ーー違和感。
「おれはギン。よろしくな」
「……」
アカネは何度か目を瞬かせた後数回擦る。
あれ。いまなんか。
喋らなかった?
「セイラさんって腹話術出来るんですか?」
「私じゃないぞ」
「おれだけど」
いよいよ意味が分からなかった。
部屋を見回し、改めて白銀犬を見る。
果たして、犬は言った。
「おれ、だけど」
「犬が喋った⁉︎」
ーー違和感。
現実離れした衝撃展開に度肝を抜かれて、アカネは咄嗟にベットから勢い良く飛び出した。白銀犬はセイラの頭の上に羽毛のように着地し、それからそっと息をついた。
ちょっとまって。
いぬってそんなことするっけ?
「犬だって喋るよ」
「そんなわけあるか!」
極めて不思議そうに首を傾げるギンではあるが、残念ながらアカネが知る犬という種に人間味溢れる仕草や、ましてや言語能力を取得するビックスキルはない。
とにかくツチノコ以上宇宙人未満の謎を纏う激かわハテナ犬の正体は神に任せるとして、アカネは次の気になる点に目を向ける。
部屋の奥、二人の少年が仲良く血を吐いて倒れていた。埒外の美女に喋る犬の次は、まさかの殺人被害者二名の追加とか処理しきれない。
と、若干引いてたアカネの手を、二度目の生を授かったみたいに飛び起きた一人の少年が笑顔で握ってきた。
顔ちかっ、距離感っ。少しのけ反った。
「よかった起きたんだな! もうどこも悪くねぇのか? ならよ、メシ行かねぇか? ウメェところあるんだよ! あ、オレはハル。ハル・ジークヴルムだ! よろしくな! でよ、オレのおすすめはーー」
「どけビック胃袋。選手交代だ」
藍色の髪に勝ち気な顔立ちの、淡い紺の瞳。活発を絵に描いたように明るく、クラスにいたら毎日先生に怒られていて授業中は居眠りし、部活は運動部系で友人が多そうな少年。橙色と黒を基調にした軽装で動き易そう。
そんな彼を蹴っ飛ばしたのはキリッとした目つきの少年だ。栗色の髪に金晶の瞳。端整な顔立ち。灰色の生地に赤色の模様が描かれた和服を着こなす姿は、部屋の中では一番見慣れた、けれど独特の雰囲気が漂う和の個性。
ーー違和感。
「オレはユウマ。ユウマ・ルーク。よろしく」
「……どうも」
優しげに笑った栗色髪の少年に、アカネはボンヤリと返す。
明らかに、だ。
明らかに何かがおかしいのに、その正体が掴めなくてアカネは思考に沈む。
まず、そもそもの前提としてアカネは確実に轢死しているはずだ。
あの絶死の状況から逃れる術などありはしない。
仮にあったとしても、目覚めた場所が海辺の部屋なのは絶対におかしい。
異常だ。
起きた時から感じてた違和感。
現状の不可解。
コレを一つにまとめて言葉にして答えるなら。
いささか信じ難いが。
つまり。
これは。
「ーー異世界、召喚?」
可能性は、ない、とは言い切れない。
最後の異世界物語ー剣の姫と雷の英雄ー 天沢壱成 @Reply
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