第3話 門が開く音ー弐

「ありがとうございました! 本当にありがとう!」


 そう言って嬉しそうに頭を下げた依頼者の男性はハルたちが取り返した指輪を握り締めながら、愛する人が待つ唯一無二の場所へと戻っていった。


 〈煙盗〉をぶっ飛ばし、ハイロ駐在の国家直属治安維持組織に身柄を任せた後の、ビーチ沿いに構える飲食店での話だ。

 

 青い海と白い砂浜。


 人々の楽しそうな雰囲気が一望出来る立地条件文句なしの洒落た店で、ハルとユウマの男二人はキザッたらしく依頼者の背中を見送っている。


「いいってことよ。プロポーズ頑張れよ。お前なら大丈夫だぜ」


「惚れた女を泣かすんじゃねぇぞ。幸せにな」


「悲しいくらいに見てないぞ。早く座れ」


 依頼者の男性はもう恋人しか見えていないらしかった。


 アイスコーヒーを飲んでいたセイラに気付かされ、けれど気にすることなく少年二人は椅子に座った。


「上手くいくといいな、あいつ!」


「いくだろ。盗られた指輪を必死に探すような男だぜ? 女の方も断るなんかねーよ」


「結婚か。……いいものだな」


「「セイラは無理だろ」」 

  

 二人揃ってボコボコにされた。


 間髪入れずに殴られた。

 そういうところだよ、とは流石に口が裂けても言えないハルとユウマは血に沈む。

 ニ〇代前半の女の子は恐ろしいのである。特にセイラさんは。

 

 しかしまぁ、こんな三人ではあるがやっていることは実に好感を持てる類だ。

 

 拠点は「サフィアナ王国」領土内の街アリア。

 極東の「倭国」にすらない巨大な魔法樹『桜王』が聳え立つ、桜が降る街とも言われているそこで、ハルたちは人助けをしている。


 何でも屋、〈ノア〉。


 困っている人がいれば依頼を受けて報酬を貰い、解決する。

 

 「アリア」では当然知らない者はいないし、国内でも名は知れ渡りつつあるから今回のようにわざわざ外から依頼に来る人もいる。

 プロポーズする予定だったはずが、〈煙盗〉に指輪を盗まれたという。だから犯人を見つけ出し取り返した。

 

 その一番の立役者がギン。

 鼻が良い犬。

 喋る犬。

 

「お店に迷惑だよ三人共。また出禁になっちゃう」


「「「犬が喋った⁉︎⁉︎」」」


 他の客と店員だ。


「そりゃ喋るでしょ」


「「「んなわけあるか‼︎」」」

 

  他の客と店員だ。

 これは毎度の反応なのでギンは流し、そしてハルとユウマが生還したところで注文していた大量の料理がテーブルに運び込まれた。

 

 殆どが目を輝かせるハルの胃袋の中に消えることになるのだが、仕事終わりで一泊二日のリゾート満喫ライフ。

 全員が食欲旺盛だった。

 次々と空皿を量産する中、会話が弾む。


「メシ食ったらやっぱ海か! 海の家で焼きそばか!」


「ここで食ってけ底なし胃袋が。ビーチっつったらナンパに決まってんだろハル! 何のために鍛えてると思ってんだ!」


「そのためではないのは確かだ」


「私は雑誌に紹介されていたスイーツ店に行こう。そこのアイスが美味いらしい。……だがここはリゾート地だしユウマみたいなアホにナンパされる可能性が……」


「「いってらっしゃい」」


「あ、セイラがむくれた」


「なんじゃこりゃあ! うますぎだぞ燦魚の唐揚げ!」


「おい見ろよハル! 美女がガラの悪い男共に絡まれてーーってなんでお前が助けてんだセイラ⁉︎」


「いいなぁみんなは。どこかに喋る可愛い犬いないかな」


「「「いるワケねーだろ!」」」



 とか言いながら、結局は全員で楽しむのがハルたちだ。

 そして。

 昼食を終え、完全にオフモードの時だった。

 店を出た瞬間であった。

 

 ぱき、ぱき、ぱきぱきぱき、ぱき……と。


 ハルたちの目の前の虚空が縦に裂けた。亀裂が走った。硬質な音と共に、空間の歪みが広がっていく。

 驚く間もなかった。

 全ては一瞬だった。

 永遠に思える一瞬だった。

 

 亀裂は横にも広がり、やがて『門』のように、けれどどこか乱雑に開門され、奥に覗くのは濃密な闇。


 光の介入を是としない、黒一色の不気味な世界。

 そこから、決定的な動きが生じた。

 誰にも止められない運命の歯車が、回る。


「ーーな」


  黒い門の向こう、闇の胎から現れたのは。

 

 ーー気を失った、銀髪の少女だった。

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