魔法使いのテロリズム。

松葉たけのこ_@バッタケ!

――魔法使いのテロリズム。


 帝王による帝政が敷かれてから17年。

 新帝国、2041年12月24日。

 クリスマスイブのその夜11時17分、その国の帝京駅19番線ホームだ。

 爆発があった。


 死者3名、負傷者18名を出した“爆発”は、帝政を狙ったもの。

 死者、負傷者は全員が“育成省”の人間だった。

 健全な帝国人の育成を名目に、反帝政思考の人間を徹底的に殲滅する省の役人。

 つまりは、帝政側の人間だ。


「んーで、肝心の爆弾は見つかってないんだって」


 男子高校生である矢島やじまの話を聞いて、同じく男子高校生の佐伯さえきは欠伸を返す。

 このリアクションが示す意図はこうだ。


 何だ、この話は。

 それが男同士で通学中に出す話題か。

 いくら今朝のニュースで話題になっているとはいえ、もっと他にあるだろう。

 しかも、同じ話題をかれこれ10分も繰り返している。もうそろそろ学校に着くぞ。

 ただでさえ、大荷物を鞄に入れての登校なのに。


 佐城は通学路に指定された住宅街の細道から、空を見上げる。話題を変えようと試みる。


「そういえば、昨夜のコメディ番組見たか」

「そんなん見てる場合かよ! てか、お前は何をそんなに鞄に詰め込んでんだ!」


 話題変更作戦、失敗。

 早々に諦めるか。

 ブロック塀の上で寝そべる黒猫を見て、佐伯は一つ溜め息を吐く。


「なあ、どうやってやったんだろ。だって、普通じゃ出来ないだろ? 狙った人間だけを殺す爆弾とか」

「殺しただけじゃないだろ。負傷者も出てる」

「その負傷者だって育成省の下っ端じゃんか。イブの帝京駅なんて混雑したとこでよくやれたよな」


 矢島は佐伯にまくし立てる。

 それから、急に静かな声で言う。


「父さんが言ってたんだ。こりゃ、まるで魔法使いの仕業だよ」

「そう言えば、矢島の父親って統率機構とうそつきこうの人間だったか……」

「ああ。父さんは仕事熱心な刑事デカだから、爆発事件の現場にもいの一番に駆けつけた。それで……――見たらしい」


 佐伯が矢島の言葉に立ち止まる。


「何を……見たんだ――?」


 矢島は佐伯に合わせて止まると、振り返る。


「魔方陣だってよ。白いチョークで書かれた魔方陣が駅の床に所々書かれてやがったらしい」

「……ふーん」

「何だよ。さっきは、興味無さげなリアクションしてたのに……ホントは興味津々か?」


 佐伯は真顔で矢島を見つめる。

 その足元を黒猫が通り過ぎていく。


「なあ、矢島。俺達ってさ、何の為に学校に行くんだ?」

「え、そりゃあ勉強する為だろ」

「何の為の勉強だ?」


矢島は顎に手を添えて、少し考える。


「帝王様に将来尽くす為だろ」

「それは何の為だ――?」

「は」

「そうする事でお前は幸せになれるか、両親は幸せになれるか」


 佐伯は素の自分としてのリアクションを続ける。

 本来の感情を曝け出してみせる。


「国民は幸せになるか」


 そう言って見つめた後、矢島を伺う。

 矢島は少し首を傾けた後、いつもの調子で返してくる。


「何だよ、それー。反帝政派のテロリストみたいなうわ言を放り投げてくんなよな」


 この反応に、佐伯は肩をすくめて、呟く。

 矢島に聞こえないように、一言だけ。


「テロリストね。所詮そうなるか」


 佐伯は昨日、遅くまで起きていた。

 さっきの“欠伸”もそのせいだ。

 帝京駅にいたせいだ。

 そこで、爆発の魔術ペンタクルを仕込んでいたせいである。


 佐伯の鞄の中には、大きな魔導書ソロモン王の鍵が入っていた。

 帝王を殺す為の武器が。


「俺がやっている事件テロは、正義じゃない」


 つまり、帝京駅の爆発事件テロリズムの犯人は、佐伯だ。

 この男子高校生による事件の手口は、誰にも解明されていない。

 少なくとも、今は。


「ん? なになに、声小さくね?」

「何でもない。とにかく行こう。学校に遅れる」


 その日も他愛無い朝を佐伯は走っていった。

 続いていく高校生らしき青春の冬景色に、佐伯は眩しそうに目を細める。

 きっと彼が、もう二度と溶け込む事の出来ない――遠い日常を見ている。


「佐伯、足速すぎ。俺……追いつけないって」

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