冬に咲く、君の花。

雪方ハヤ

春に咲かない、“普通”の花。


 これは勉学にしか目がない感情を知らない少女の心が、【彼】との文化祭準備で、“楽しい”を知る物語である。



「大好きだよん〜!付き合ってください!」



 その差し掛かった手は彼女にとって初めての告白された経験だった。


「付き合うことはなにをするかはわかりませんが、勉学のさまたげにならなければどうぞよろしくお願いします」


 彼女は告白を軽々と受け取った。彼女は“付き合うこと”を親しい男女関係を作ることだと思っていた。彼女は人生で“好き”という言葉の意味を自分で探ったことはなかった。



 彼女の名は冬咲ふゆさくカリン、高校三年の学年で有名な学歴厨であり、彼女の努力を一言で表すと【きもい】、それぐらい勉学にしか目がなかったのだ。

 彼女の容姿はごく一般的な女子生徒で、漫画のヒロインのような金系の髪や色鮮やかなカラーアイズもなく、乳白色にゅうはくしょくの肌に黒髪で、もみあげが長く、前髪はきちんと前に揃っていて、瞳も普通の黒い清楚な女子。勉学以外のほとんど知識がないドジっ子に近い人だった。


「よろしくお願いします!」


 一方で元気よく告白したのは、同じクラスの共川アオキで、言ってしまえば彼女と真逆だ、勉学には一切取り組みたくない、しかしそれ以外何事にも全力で楽しんでいた。


 付き合って一週間、いつも声をかけたのは共川の方だった。

「カリンちゃん昨日何食べた〜?」


 共川もこれは初めての告白だったため、色々わからなくて、ただ優しく接することしかできなかった。

桜餅さくらもちです」

「へぇー!おいしいよね!桜餅、カリンちゃんにジュース買ってきたから飲んで!」


 それはごく普通のオレンジジュースだった、学校の自動販売機の端っこにある、人気のない普通の飲み物だった。


「わざわざ買っていただきありがとうございます。共川さん」


 彼女の言葉遣いはいつも丁寧で、付き合っている関係どころか、友人にすら見えない。そんな彼らがそろそろ学校の“大きな”イベントを迎えるときが来た。


「二週間後、文化祭がやってくるから、作業が当日に間に合うために、一人一回は必ず放課後残ってクラス演劇の準備をしてもらう」


 文化祭だ。三年生にとって、半数ぐらいの人が人生で最後の文化祭を迎えることになる、もちろん彼らはやる気満々だ。


「カリンちゃん今日準備にくる?」

「はい、私は行くつもりです」


 彼らの学校の文化祭は、例年12月に行われる、とても寒い時期で、受験を迎える三年生にとってどうしようもない時期である。


「カリンちゃんあの白の画用紙持ってきて!」

「分かりました」


「カリンちゃんあそこにテープ貼ってくれない?」

「分かりました」


 彼らのクラスの演劇は国語の教科書で有名な

『竹取物語』で、冬咲の役目が奇跡的に【かぐや姫】になった。

 そんな彼らの初日の準備はとても順調で、みんな楽しく準備したが、冬咲の表情に変わりはなかった。冬咲が帰っているとき、共川がついてきた。


「カリンちゃん今日の準備楽しかった?」

「いいえ」

「え?」


 すると、冬咲は共川に顔を向けて、無表情でまるで機械のように言った。


「あなたにとっての“楽しい”とはなんですか?」


 その質問に、共川は戸惑った。何を答えるかは知らなかったのだ。


「文化祭準備や文化祭をやったところで、何か得られるものはあるのですか?」


 しかしそう軽々と言っている冬咲に対して、共川は言い訳を言うように反発した。


「思い出だよ!思い出ができれば楽しくなるの!」


「思い出ができたところで、いい大学に行けるのですか?」


 冬咲の無感情の質問の弾丸に、共川の心が氷に触れたように冷たくなった。


「なんでそんなことを……っ?」


「よく分かりました、文化祭とは意味のない時間をみんなで過ごすものなんですね」


 共川の足が止まった、しかし冬咲の足は止まらず、そのまま歩いて歩いて、まるで共川がいないように。


「カリンちゃん……」


 すると、冬咲は足を止め、ゆっくりと共川の方へ体をそららした。冬は暗くなるのが早い、午後5時にも関わらず、夜灯が光っている。路上にいる人は多くも少なくもない。ごく普通の街並みだ。


「別れましょう」


 冬咲の言葉は変わらない無感情で、ごく普通の声だ、しかし今はそれは普通ではない。それを受けた共川の感情も普通ではない。


「このままだと、勉学の妨げになりますので」



「わかった」


 そうやって、冬咲と共川の初めてのお付き合いは終了してしまった。冬咲の感情に揺るぎはなかった。しかし共川は悲しかった、というよりも、冬咲の心を“普通”にしたかった。


 その後、冬咲は一度も放課後の文化祭準備に行っていなかった、なぜなら一人最低で一回は行けばいいから。


 そしていざ文化祭前日のリハーサルまでやってきた、準備はギリギリだが、間に合ってはいた、衣装も着ている状態で、舞台に立つ。


「『いまは昔、竹取のおきなといふもの有けり……』」


 ナレーションの声に続き、冬咲の【かぐや姫】は脚本通りに進み、いざ“月に帰る”とこまで来た。体育館には光がつけてなく、舞台にしか微小のライトがついていて、とても臨場感がある。彼らのクラスの『竹取物語』は色々アレンジし、とても悲しい物語に変えていた。


「かぐや姫行かないでぇ!!」


 そう泣き叫んでいたのは、【石作りの皇子みこ】を演じた共川だ、彼の演技はあまりにも上手であり、瞳から涙が溢れて、膝が地面とキスし、あたかも石作りの皇子本人であるように見える。


「悲しいよ!!お願いだから!!幸せにしてあげるよ!」


 感情を知らない冬咲の心は、“それ”を真正面に見たときに初めて動揺した。“幸せ”とは?“悲しい”とは?彼女は初めて“感情”に興味を持った。


 そして【かぐや姫】は雲の画用紙が貼ってある上昇台に乗り、月に帰り、観客の視界からどんどん姿が消えた。


 しかし【かぐや姫】はまだ見えている、【石作りの皇子】が号泣している姿を。なぜだろう、感情を知らない少女は泣いている少年を見たら、心が締められているように息ができなくなる。


「ご覧いただきありがとうございました!」

 ナレーションが物語の結末を締め、クラス全員が舞台裏に集まった。



「よくやった!!」

「しゃい!!!!」


 みんなの顔がぐしゃぐしゃになるぐらい笑って、クラスの“陽キャ”達が雰囲気をどんどん盛り上げた。


 冬咲は同じく大笑いをしている共川の方を静かに見つめた。

 感情とは奇妙なものだ、さっきまで泣き叫んでいる人が、次の瞬間で大笑いをすることは、感情を知らない少女にとって、理解ができないものだ。しかしそれを少しずつわかってきたのかもしれない。


 リハーサルが終わり、みんな興奮の感情と期待の感情を込めて、学校から離れた。


「嬉しい……笑う、悲しい……泣く」

 冬咲は自分なりに“感情”というものを整理しようとささやいた。

 すると、冬咲の後ろに誰かがこっちへ走ってくる足音が聞こえた。

「……っあ」


 振り返った先には、【石作りの皇子】の共川アオキだった。

「カリンちゃん!」

 共川は手を大きく振りながら、冬咲の名を呼んだ。


「なにかご用はありますか?」

「わかったんだ、“楽しい”を!」


 共川の声には、“興奮”、“荒い息”、“なにかを伝えたい気持ち”が混ざっている。まるで【かぐや姫】を月まで追うことができた【石作りの皇子】のように。


「ごめん、前は俺が“楽しい”というものを知っていなかったくせに君に言った……でも今は言える!」


 冬咲の表情は変わっていないが、心が少し動揺した。彼女は知りたい、“楽しい”とは?“感情”とは?


「その前に……先になぜカリンちゃんはそんなに勉強に力を入れたいの?」


 共川の声にはまだ荒い息が残っている、しかし冬咲の記憶はその声のおかげでよみがえった。


「母様が……喜ぶから」


 冬咲の母はもしかしたらズル賢い人ではあるが、決していい母ではなかったのだ。 

 幼少期の冬咲に勉学にしかさせなかったのだ、それにも訳があった。


「借金二千万をいつ返すんだ!?」

「ごめんなさい…..来週、来週なら返します!!」


 冬咲の母はただの生粋きっすいのギャンブラーだった、生きがいはギャンブル、酒、タバコ、冬咲が7歳のときに父と離婚し、ようやくバイト生活に戻ったが、借金で苦しんでいたのだ。


 そんな母女らがとある日にこんな人と出会った。外国人っぽい金髪の三十代男性と冬咲と同じ年齢の男の子。


「資金をあげるから、娘を東大(東之激凄大学ひがしのげきすごだいがくの略)に入り、俺の息子と結婚すればお金持ちになってあげる……?」


 来者はカナダから来たお金持ちらしい、高度の学歴厨らしく、特に日本の女性が好みらしい。貧困な母女らにそれしか生きれる方法はなかった訳ではない、しかし母は心の奥底までギャンブルが好きだ。金が欲しいのである。


「だから……文化祭後、地方から離れ、都会の進学校に転校し、最後の月日に受験勉強に力を入れることになったの」


「そんな……」


 冬咲だけではなく、共川もその言葉を聞き、どうしようもなくなった。


「それで……“楽しい”とはどういうものなんですか?」


 共川がもともと用意してたセリフを吐けなくなった、しかしだからこそそんな悲しい過去や未来が待っている冬咲に対して自分で“楽しい”を探して欲しい。


「明日の文化祭……必ずわからせてあげます、楽しみにしててね!」

 そう言ったあと、共川はすぐに走り出して、帰った。


「はい!!」


 冬咲は感情について徐々にわかってきた、“楽しみ”とはワクワクして、明日を待つことだと。



 そしていざ文化祭当日、朝の教室はいつも人が少ないが、今日はみんな早く来ている。冬咲もそのうちの一人だった。


「みんな!悔いのないように頑張ろう!」

「うぇい!!」

 みんな一致団結し、闘志とうしとやる気にまとまれている。


 文化祭が始まり、すぐさまクラス演技が回ってくる、しかし少しは感情を知った冬咲の演技はとてつもなくうまい。


「わたし……月に帰るよ……」


「かぐや姫行かないでぇ!!」


 号泣する【石作りの皇子】と、月に帰る【かぐや姫】は当日のライトよりもっと輝いているように会場できらめく演技を披露ひろうしてくれる。


「悲しいよ!!お願いだから!!幸せにしてあげるよ!」


 共川の【石作りの皇子】の涙は、観客の瞳にも刺激するほどの威力があった。誰一人も鼻を啜らずにはいられなかった。“泣かない”先生も、目に何かを生産した。


「ご覧いただきありがとうございました!」


 舞台下の観客全員から拍手音が聞こえてくる。その音量は他のクラス演技より、何倍も、何倍も。


 演技が終わり、半数の演者の瞳にも涙が溢れていた。そして全クラスの演技が終わり、教室で休憩時間に入った。冬咲は静かに自分の椅子に座っていた。


「演技、うまかったよ」


 そう優しく声をかけたのは、【石作りの皇子】だった。

「ありがとうございます」


「この後、屋台だけど楽しみだね、一緒に行こうか」


「はいっ!」


 冬咲にイチゴのような甘酸っぱい表情ができた、生まれて初めてって言ったらおかしいけど、このような表情は滅多にない。


 冬中之夜とうちゅうのよる、暗い夜空、明るい校庭で、暖かい屋台が開かれている。


「わたし……いや、なんでもない」


 冬咲は何かを言いたかったが、恥ずかしくて顔を下げたが、妙に見える視線が隣のお好み焼き店の方を指した。

 それを見た共川の心が温まり、思わず笑ってしまった。


「ははぁっ!カリンちゃんの可愛かわいいとこみっけ!」


「……えっ!?」


 冬咲は唖然あぜんとなった、なぜなら自分が欲しがっていたお好み焼きに、共川は向かっているのだ。

「二つください!」


「はい!二つで六百円で〜す」


 共川はすぐに作りたてのお好み焼きを買い、ゆっくりと冬咲の方にお好み焼きを差し渡した。


「俺の奢り!」


 本当だったら凍ってて死んでいた冬咲の心が、目の前のお好み焼きと男で、どんどん温まり、生き帰ってきた感じがした。


「ありがとう……」


「やっぱカリンちゃんは敬語使わない方が可愛いね!」


「あっ!!ありがとうございます……ごめんなさい」


 冬咲の乳白色の頬に、桜色の温かみが芽生える、それは“恥ずかしい”という感情だけではない。

 そして二人は校庭全体を見渡せる、人がいない高所へ行き、ゆっくりと“楽しい”人達を見渡した。

「文化祭……どうだった?明日からカリンがいなくなるのは悲しいよ」


「“悲しい”ですか?」


「うん、でも今のカリンちゃんなら、感情を知り、“楽に”生きていけるはず!」


「”楽に”ですか?……っ」


 少し異常を感じた共川は真っ暗な闇に包まれる冬咲の方を見た。


「カリン……ちゃん……っ!?」


 気づいたら冬咲の顔がぐしゃぐしゃになり、涙が瞳から溢れ出し、声にならない声で、頑張って伝えたいことを伝えた。


「アオキくん……わたし、“楽しい”を知ることができたかもしれません……」


 冬咲が泣いている姿を見た共川は一瞬心配になったが、“それ”を初めて体験した冬咲にとっては“普通”かもしれない。


「楽しくても……涙は出るものですね」


「そうだね……もう泣かないでよ……こっちまで泣いてしまうじゃん……」


 共川の瞳に涙が作られ、徐々に冬咲の顔が見れなくなるほど、視界がこもってきた。


「“楽しい”とは……“普通”の幸せを感じて生きることなんですね」


「そう……だねぇ」


「アオキくんと過ごした時間……本当に楽しかった……っ!」


 冬咲は頑張って自分が今作れる一番楽しい笑顔で共川の方へ見つめた。


「ありがとう……カリン……ちゃん」


 冬の夜空は寒い、しかし彼らの瞳には暖かい熱流が流れていた。



 文化祭後、冬咲は運命さだめ沿り、都会の進学校へ進学した、共川や冬咲は悲しくない、なぜなら、お互いきっと今は自分が歩むそれぞれの“楽しい”を探していることを知っているから。



 長年後、一人の中年男性と一人の十代男の子が話していた。

「へぇーそれが、父さんの初恋はつこいなんですね!なんだか、漫画にありそうな“普通”じゃない話みたい!」


 男は笑顔で息子に向かって言った。

「バカぁ、“普通”とは、“一般”ではない、“普通”とは、その人にとっての“特別”なのだよ」


 すると、部屋のドアから、ノック音が響いてきた。

「二人ともなに喋っているんだい?」

 一人の中年女性が若々しい声で、優しく声をかけた。


「母さん!入ってきて!」


 女性が入ってくると同時に、男性は優しく微笑んで女性に向かって言った。


「君のことだよ……カリンちゃん……」


「そうかぁ!私達のお話……“楽しかった?”」


 冬咲の声は少し歳をとっているが、若々しく、まだ青春の日々の中にあるような女子高生に聞こえる。


「うん!楽しかった!」



 冬咲は転校後、努力を重ね、無事東大を合格したが母は急病により亡くなった。

 金持ちカナダ人の正体はただのテレビ局の“人間才能発掘”企画だったのであり、冬咲は優秀な結果(東大合格)を残し、補助金をいただいていた。


 冬咲へのインタビューで、共川との感動のエピソードが世界中を温まり、飛躍ひやくした有名人となり、再び共川の側に戻ったのであった。


「『彼がいるから、今の私がいる』ってね!よく見かける“普通”の感謝の言葉だけど……」


「あいつはめっちゃ泣いたからね!」


「“大好き”ってずっと泣き叫んでたよ〜!」



 共川アオキと冬咲カリンの物語はここまでが終わりではない、彼らは彼らの子に“バドン”を渡しただけだ、これからはその子に“感情”というものを知らせてもらう。

 リレーのランナーはバトンを渡したところで、“試合”は終わらない。



 学校で、彼らの子が一人の女の子に声をかけた。


「大好きだよん〜!付き合ってください!」

 彼は誰かのように手を差し掛かった。

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冬に咲く、君の花。 雪方ハヤ @fengAsensei

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