第6話 生徒会と約束
百田さんは漫画図書室によく一人で現れるようになった。
私が当番の日はよく現れ、定食屋にはいつ来てくれるのかと毎回聞かれている。
「伊織くんの予定が合わないと無理ですかね」
「伊織くんって、まだ高校生だよね。そんなに予定が詰まっているものなの?」
「すべてを私は把握してないので、わからないです。彼は財前財閥の御曹司でこれからの人脈づくりで財政界の大物たちやパーティーに出席、取り引きなども同行していると聞いています。私もたまに上流階級のパーティーには出向きますが、彼は色々な人に話しかけられていますね」
「伊織くんって、大変そうだね。旦那にはしたくないよね」
百田さんと話してみてよくわかったことは、彼女にとって伊織くんはアイドル的存在であっても、恋愛対象ではなさそうということだ。
最初は私への敵意も感じていたが、話を交わすごとに彼女から棘のようなものがなくなっていっている気がしている。
「伊織くん抜きでおいでよ。この前、秋葉原で小田くんたちとメイドカフェに行ったんだよね?」
「行きましたが、伊織くんが後でそのことを知ったら……面倒くさいことに」
「そうなの? 伊織くんって、案外束縛激しい方なのかな」
「それはどうですかね……あはは」
伊織くんが私への重い愛を抱えていることを知っているのは、私と小山先生ぐらいだ。生徒会メンバーは察しが付いているぐらいで確信はないようだ。
百田さんは何かを思いついたのか、私の手を掴んで歩き出した。
「生徒会室へ行こうよ」
「今からですか?」
「そうだよ。仕事中なら、忙しいから適当に返事してくれるはず。それに一人で行くって言えば、彼も焦って付いて来ようとするでしょ」
「それはそうですが、いつも生徒会室へ行ってるのにも考えがあってですか?」
「そうかな。一応、私も生徒会に入りたいんだよね。そうすれば、伊織くんたちともっと仲良くなれるでしょ。それに生徒会メンバーって、学内でも権力を持ってるでしょ。そういう人たちと関われば、庶民の私に簡単に手を出してくる人も減るでしょ」
思っていた通り、百田さんは賢い人だ。
自分の身を守るために生徒会へ入り浸っているらしいが、立花さんたちには嫌われていることはわかっていないみたいだ。
百田さんに引っ張られて生徒会室へ入ると、書記と会計にものすごく睨まれた。
私が一緒だとわかると、視線は和らいだ。伊織くんが珍しく鋭い目つきで私たちを見ていた。
「百田さん。何か、用かい?」
「お仕事お疲れ様。今度の日曜日にね、霧生さんと一緒に私の家の定食屋に来てほしいんだ」
「それは、予定が合わないと」
「別にいいんだよ。霧生さんは予定がないって言ってたから、一人で来てもらうから。ね、霧生さん?」
「あ、はい」
私が生返事を返すと、伊織くんはもっと険しい顔になろうとしていた。
持っているボールペンをカチカチと音を鳴らしていて、明らかに機嫌が悪くなっていた。
「僕も行こう。もちろん、真も一緒だけど」
伊織くんは貼り付けた笑顔を浮かべて言った。
「オレも? 別にいいけど」
「会長。いいのですか?」
「予定を合わせれば、行けないこともない」
「ありがと~」
彼女は伊織くんの手を握ろうとすると、跳ねのけられていた。
それに真くんは驚き、書記と会計は鼻で笑っていた。
「百田さん、そろそろ戻ろう」
「そうだね。お邪魔しました」
私は百田さんを引っ張って、外へ出ようとすると伊織くんが私の手を掴んで引き留めてきた。
「詩織は僕の手伝いをしてほしい」
「それなら、私も」
「君は必要ない。詩織だけでいい」
「言う通りにした方がいいよ、百田ちゃん」
「そうみたいだね。お邪魔したね~」
百田さんは一人で生徒会室へ出ていくと、私は微妙な空気の中取り残された。
伊織くんはなりふり構わず、私の手を強く引きながら生徒会長の席へ座った。
「詩織。膝の上に乗ってくれないか」
「はあ!? みんなの前だよ」
「お願いだ。僕はもう、我慢できない」
熱視線を伊織くんに向けられ、断りづらかった。
周りを見て助けを頼もうとしたが、みんないつものことのようにと気にせず仕事を黙々としていた。
「いいじゃないか。詩織ちゃん、最近百田ちゃんといてばかりだから」
「いや、あれは彼女が話しかけてくるから」
「僕が話しかけても、数分で終わらせるじゃないか」
「ごめん。伊織くんといるだけで女子の視線が釘付けになるから」
伊織くんは自分の膝を軽くたたいて、上に乗るように促した。
ものすごく恥ずかしい体勢で、私は整理してほしいと言われた資料に目を通す。
図書室改装についての取り決めだったようで、問題なければ生徒会長の判子を押していく。
途中から気恥ずかしさは忘れて、最終下校時間直前まで仕事をしてしまった。
「ごめん。伊織くん、図書室を閉めに行かないと」
「立花さん。付いて行ってくれないか」
「いいでしょう。会長が同行してもよさそうですが、目立ってしまいますものね」
私は立花さんと一緒に旧校舎へ向かうと、彼女から大きなため息が聞こえてきた。
「あなたってば、鈍感なんですから」
「え?」
「百田なんてどうして、生徒会室へ連れてくるのかしら。彼女がいるだけで最近は機嫌が悪くなってしまうのに」
「それはなんとなくわかるよ」
「会長は普段は彼女とも普通に接されていますが、あまりに仕事の邪魔するものだから生徒会へ来ないようには言ったみたいですわ。それがあなたを連れてきて、断り続けている実家の定食屋へ来いと要求されたのは驚きましたけど」
「彼女、ああ見えて賢いから」
百田さんを褒めることを口にすると、立花さんは首をかしげていた。
「何を企んでいるかわからないですわ、本当に」
「話してみると悪い人じゃないと思うんだけどな」
「あなた利用されているんじゃなくって? 会長は日曜日にあなたと過ごそうとされているようですがね」
「そうだったんだ。それは悪いことしたな」
伊織くんがたまの休日に予定を入れてしまったことを申し訳ないと思った。
だが、私も伊織くんに監視されている気がして自室では休息が取れている気がしないので、空いている客室で睡眠を取っている。
それは彼には言っていないが、バレていそうだ。
旧図書室へ行くと、百田さんが戸締まり作業をしてくれているようだった。
「あ、戻ってきた。もう戻ってこないと思ったよ」
「すみません。少し、仕事に夢中になってしまって」
「いいよ。小田くんたちはちょっと前に帰って行ったよ」
「あなた、図書委員でもないのに戸締まり作業するなんて、ありえませんわね」
「別にいいじゃない。その図書委員を生徒会に縛り付けてたの、どこの誰かしら」
正論を言われてしまった立花さんは何も言えず、一緒に戸締まり作業をしてくれた。
私たち三人で戸締まりをしたおかげで思っているより、早く作業を終えられて、私たちは生徒会室へ行った。
「百田さんも一緒だったんだね」
「そうだよ。まだ、生徒会の仕事は終わらないの?」
「もう終わるよ」
「それなら、一緒に帰りましょう」
明らかに伊織くんは顔を引きつらせて、断りたいと思っていそうだった。
真くんを除いた生徒会メンバーは彼女を好いていないのは明白だった。
彼女の目論見は上手く行きそうにないと思った。
「百田さん。先に帰ろうか、駅まで送るよ」
「いいの? ありがとう、詩織ちゃん」
いきなり名前で呼ばれた。
私はギョッと驚いていると、生徒会室の空気が凍り付いたような気がした。
これはいけないと思って、百田さんを連れて校門へ行き、霧生家の車に乗せた。
「すごい! 初めて、リムジンに乗ったかも」
「そっか……どの路線で来てるの?」
「JRだよ。うちの学校、最寄りってそれしかないから」
「ごめん。あまり電車に乗らないし、自分の家の近くからはよく乗るんだけど」
「お嬢様だよね、霧生さんも。それにしても、伊織くんって思ったより重いね」
笑いながら百田さんに言われたが、あの態度を見ればそういう感想になっても仕方がない。
だが、百田さんが嫌われているという自覚はないのだろうな。
彼女を駅まで送り届けると、満面の笑みを浮かべながら改札の中へ消えて行った。
「お嬢様にもご友人ができたのですね」
「友人になれたらいいけど、難しそうだ」
「そうなのですか?」
「うーん……彼女は一癖も二癖もあるから」
百田さんは立花さんの言う通り、何かを企んでいるのかもしれない。それとも、天然で人を煽ったりしているのだろうか。
どちらにせよ、伊織くんは私と彼女がいることはあまりよく思っていない。その辺りを解決しないと彼女とは友好関係は築けない。
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