第5話 漫画図書室と美少女特待生
放課後、図書委員の当番で本を旧図書室へ運んでいると声をかけられた。
「霧生様。大変ですわね、そんなの下っ端に任せたらいいものを」
「立花様。大丈夫ですよ、これくらい」
「ですが、あなたは……霧生財閥のご令嬢で図書委員長。別にあなたが下働きをする必要はないと思うのですが」
「下働き? 私は本が好きだから、図書委員会に入りました。でも、家柄だとか、生徒会へのコネクションがあるから委員長にさせられてしまいましたがね」
「あなたのそういうところが、会長はお好きなのでしょうね。私も嫌いではありませんことよ」
立花さんは照れながらそういうと、私が持っている本を半分持ってくれた。
「手伝いますわよ。今日は暇ですから」
初等部の頃からの知り合いである立花優華さんは最初、気が弱い私に突っかかって来ていた。
だが、伊織くんが守ってくれたこともあり、パーティーで一緒になることも増え、それなりに仲良くなった。
たまに生徒会に来る山のような申請書の無駄さを愚痴で聞かされ、生徒会へ入ってほしいと言われることもある。
「それにしても、会長が最近……苛立っているように感じますの」
「そ、それは……」
「あなたと会う時間が少ないからでしょうね。教室でも、あなたは取り巻きたちとお話ばかり、自分は転入生の相手をせざるを得ない。ストレスが溜まっているのでしょうね。ざまあないですわ」
「え? 立花様って、伊織くんのこと嫌いだったんですか?」
「嫌いじゃないですが……いつも余裕ぶっているところは気に入りませんの」
「それはなんとなくわかるような……」
「小田さんたちには敬語じゃないのですから、私にもそうしてよろしいですわ。そうしてくださらない?」
立花さんにため口を許された。
長い付き合いであるし、彼女とも知り合いから友達になれるかもしれないと浮足立っていた。
「立花さん。運んでくれてありがとね」
「いえ、別に。会長の未来の奥様なんですから、お手伝いするのは当たり前ですわよ」
「伊織くんの婚約者だからかぁ……そうだよね」
「ち、違いますわよ。えっと、あなただから手伝ったのですわ。もし、これがあの庶民の転入生なら、手伝いもしませんわよ」
彼女は顔を少し、紅潮させながら言った。
どうやら、立花さんも例の転入生に関しては懐疑的な見方をしているようだ。
噂に聞くだけでは、よくわからない。
男子とよく話していて、女子には自分から話しかけようとはしていないという。
彼女が自分から話しかけるのは、学園の二大王子である伊織くんと真くんだけで、他は勝手に話しかけてくれる。だから椅子から立ち上がることもないという。
ほとんど関わったことがないから、彼女のことはよくわからない。
「会長にくっついてきて、生徒会へ来るのです。仕事を手伝うわけでもなく、仕事の邪魔にしかなっていませんわよ」
「それは、大変だね」
「あなた、他人事だと思って……あなたがいかに善良な婚約者だったか、会計の山岸くんとお話していたところよ」
「善良って……」
呆れるように立花さんに笑顔を向けた。
旧館の漫画図書室へ到着した。
立花さんにはここでいいと断ろうとすると、中から談笑する声が聞こえてきた。
彼女は眉間に皺を寄せていた。
「私、一応監査させていただきますわ」
立花さんは気に入らない誰かがいることを察知したのだろう。
私たちは一緒に図書室へ入ると、案の定転入生の百田さんがオタサーの姫のように男子生徒に囲まれて、席へ座っていた。
「あなた方。ここは図書室ですわよ。図書委員不在でも、騒音を立てられるのはいかがなものかと」
「別に、旧校舎だからいいだろ」
「よくないですわ。普段、あなた方は利用されているのかしら?」
「利用は今日が初めてだけど、ここは自由に使っていいって小田くんたちが言ってくれたの。ねえ、小田くんたち」
「は、はい!」
完全に小田くんたちは緊張して、声が上ずっていた。
彼女を囲む男たちはギロリと小田くんたちを睨んでいて、完全に彼らの憩いの場を奪われてしまっていることは明白だった。
百田さん親衛隊のトップは私と同じクラスの、家柄だけで言えば小田くんたちよりよいので、歯向かうことはできなかったのだろう。
「でも、ここはたくさん漫画が置かれていて楽しいわ。学校の図書室って、漫画なんてほとんど置いていないから」
「そうですよね!」
「でも、少年漫画ばかりなのは残念かな。女の子もここへ来たいと思ったとき、見られないのは」
「それは、まだ試用段階だからですわ。ですが、騒がしくされるのなら、もうここは閉鎖するしかありませんわね」
立花さんが百田さんたちを睨みつけて言うと、親衛隊たちと口喧嘩を繰り広げていた。
「それはあまりにも横暴じゃないか!? 生徒会って、そんなに偉いのかよ」
「偉いですわよ。なにせ、学園に多額の寄付を個人的に会長をはじめ、役員たちは行っていますから。それに、あなた方みたいな規則を破る不良生徒を取り締まるためにも存在していますのよ」
立花さん優勢の口論だったので、この場は彼女に任せることにした。
私はその隙に小田くんたちに事情を聴いた。
「ここの場所、どうしてバレちゃったの?」
「それが……会長から話を聞いた百田殿が、ここへ親衛隊の方々と来られたんですな」
「伊織くんが?」
「そうなりますな。会長は庶民の彼女も漫画を読むだろうと思って、紹介されたのではないですかな」
小田くんたちの推理も間違ってない。もしかしたら憂さ晴らしかもしれない。
小田くんたちは私と一緒に過ごせているが、彼は彼女に付きまとわれて、まともに私と過ごせる時間がない。
その小田くんたちの憩いの場を潰せば、自分の元へ来てくれると思っているんじゃないだろうか。
そうだったとしたら、本当に申し訳なさすぎる。
「会長に一応、事情は聴いておくから」
「ありがとうございます! さすが、我らが女神!」
小田くんたちから手を掴まれて、拝まれた。
その様子を百田さんは見ていたのか、こちらへやってきた。
「そういえば、霧生さんって……ここを使えるように生徒会へ嘆願したって、聞いたよ。すごいね!」
「いえ、別に……」
「えっと、伊織くんと真くんとは幼馴染なんだよね。だから、言うこと聞いてくれたのかな」
「あなた! さすがに、それは彼女に失礼ではなくて?」
「いやいや、その通りだろ。財前会長って、霧生さんには甘々だろ」
私を介して喧嘩を始めようとしないでくれ。
伊織くんが私への過保護ぶりは学園では有名な話で、それが気に入らない女子たちも少なくない。
その一人に彼女もなっていくのかと諦めていたら、百田さんに手を掴まれた。
「今度、伊織くんたちとうちの定食屋に来ない?」
「あなた、彼女や会長がどんな人だと思ってますの?」
「クラスメイトだよ。みんなと私は仲良くしたいの」
「理想論すぎますわよ。そもそも、会長はお休みの日も予定は詰まっていますし、予定がなくとも婚約者の彼女との逢瀬する時間がなくなるではないですか。そうすれば、あなたは嫌われますわよ」
立花さんは相変わらず、百田さんに厳しい。
だが、百田さんはそんな立花さんに負けず、私に話しかけてくる。
「大企業のお嬢さんでも、お坊ちゃまでも、会社を支えてくれるのはたくさんの平社員だよね。庶民の生活を知らないと、いい会社経営なんてできないんじゃないかな」
「一理ありますね」
「だから、定食屋に来て、庶民の生活を知ってくれたらって」
「本気で言ってますの?」
「本気だよ。ずっと前から霧生さんとはお話したかったんだ。伊織くんの婚約者だって聞いてるけど、どんな子かなって」
「噂でよく耳にしませんか?」
「噂なんて、あてにならないよ。自分で関わってみないと」
彼女の考えは真っすぐで、庶民の中でも誠実だと思った。
常識のないところはあるものの、彼女は私に敵意は抱いてはいない気がする。
「サバの味噌煮込み定食はありますか」
「あるよ」
「なら、行きます。私、大好物がサバの味噌煮なんです」
「初耳ですわよ!?」
「たまに一人で食べに行きますから」
百田さんは嬉しそうに私の手を持って喜んでいたが、彼女がどういう目的で私に近づいてきたのかはわからなかった。
だが、今すべきことは彼女たちに注意することだ。
「図書委員長として、ここは原則漫画を読む方のために解放しています。そして、小田くんたちは漫画図書室を作るために協力してくださっています。そんな彼らを無下に扱っているなら、あなた方を出禁に致します。たとえ、それが特待生の百田さんであってもね」
「私はそんなつもりは……小田くんたちとも仲良くしたいって」
「なら、彼らに敬意を払い、読書の邪魔をするのをやめてください。今の状況だけを見ると、弱い彼らの立場を利用して、自分たちが都合のいいようにこの部屋を使おうとされている様子でしたよね。百田さん以外の方はそのようにされているように私は見えました」
「おい、会長の婚約者だからって」
「私は財前伊織の婚約者だから言っているのではありません。一オタクとして、彼らの権利を守りたいから、言っているのです」
はきはきとした大きい声で百田さん親衛隊たちに向けていうと、彼らは怯んだ様子で黙り込んでしまった。
「好きな漫画を読むためにここへきているのに、あなた方みたいな漫画に興味ない人たちに邪魔され、憩いの場が脅かされているのを見ていて許せない。私は図書委員長です! 財前伊織はこの件に関係ありません。彼の名前を出さないでください」
私が毅然とした態度で言い終わると、立花さんが拍手をしてくれて、百田さんに向けて言った。
「おしゃべりされたいのなら、よそでやってください。ここは霧生様のテリトリーであり、彼女の許可なしに入室、利用することは許されません。気に食わないのなら、生徒会へ直接意見書を寄こしてください。ですが、生徒会は彼女を支持していますので」
「わかったよ。ごめんね、霧生さん……でも、女の子が読めるような漫画も置いてくれたらうれしいな」
「一応、学校には申請しています。今日は一応、ライトノベルの単行本を持ってきたので」
「これ、ライトノベルだったんですの?」
「ライトノベル、知ってるんだね」
「えぇ、まあ……」
立花さんは思っているより、こちら側の人間なのかもしれない。
百田さんたちは私たちの言葉を聞いて、図書室から出て行った。
私は持ってきた単行本を詰めていると、小田くんたちも手伝ってくれるようだった。
「霧生嬢。我らを庇ってくださり、ありがとうございます」
「いや、別に私だって、小田くんたちに助けられている部分はあるから」
「ですが、我らはあのように強く出られませんでしたから。自分たちの憩いの場が脅かされていたというのに」
「それは仕方がないよ。だから、私みたいな強権力がある人間がいるんだよ」
「女神様! 一生ついていきます!」
オタクたちはノリで私を崇め始め、立花さんは冷めた目でそれを見ていた。
本の整理が終わると、私は貸し出しコーナーのパソコンをいじっていると、百田さんの名前が登録されていた。
「彼女、本を読むんだ」
「そうみたいですわね。結構、生物学の本が多いみたいですわね」
「さすが、特待生。でも、時と場合は考えられるようになってほしいな」
「それはそうですわね。まあ、彼女も使いどころですわ」
立花さんは図書室を見て回り、特に変なものが置かれていなかったため、図書室を出て行った。
漫画図書室の当番は私を含めて、三人で回している。
私は週三日入っているが、それ以外の日は私が選んだ図書委員に代わりをしてもらっている。
この学校にいる限り、財前伊織の婚約者というレッテル張りは消えないだろう。
だが、百田さんは私を私として少なくとも見てくれているような気がしたので、彼女の家の定食屋にはお邪魔してみたいと本気で思った。
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