エッグ

消しカス

エッグ

目を開くと、一面黒かった。

ただの夜とは違う。

ただの陰とは違う。

私以外を黒いインクで塗り潰したみたいな。

不思議と、私の姿ははっきりと見えるから、すぐに気がついた。

私が、何かを持っていることに。

きっと、現実的にはあり得ないことなんだろうけど、その時になるまで、

私が直立不動で立っていることにも、

その何かを両手で大事そうに包み込んでいることにも、

その手の中身を覗き込めるように胸の位置に掲げていることにも、

何ら疑問も持たなかった。

だけど、一度私の奇妙さに注目してみると、気になってしょうがなくなって、とりあえず手を開いてみた。もちろん、その中身を落とさないように。


卵。


鶏の卵だった。

私の握り拳ぐらいの真っ白な卵。

黒に負けないぐらい、太陽よりも白い白。


相応しくない、そう思った。

この奇妙な世界、この奇妙な私、それに釣り合いの取れない普通の卵。

一刻も早く、排除したくなった。

なんだか無性に、潰したくなった。

左手と右手を重ね合わせて、

手のひらで卵の温かさを感じながら、


ぐしゃり。


殻の抵抗も虚しく、両手を隔てるモノは無くなった。

手を広げてみると、ぬめりが

伸びて、伸びて、伸びて、

重力に従って、地に落ちた。

ねばねばの透明と黄色が混じり合った液体が、手にまとわりつく。

殻のチクチクと全卵のヌメヌメ。

普段なら、嫌な触感。

でも逆に、スカッとしたような、すっきりとした気持ちになって、

もっと、もっと、潰したい。

そんな衝動に駆られる。


また、卵があった。

気がついたら、そこにあった。

また、手に包まれて、そこにあった。

だから、潰した。


次は、足元に落ちていた。


ぐしゃり。


踏ん付けてみる。

靴裏にべっとりと、くっついて伸びる卵。

そんなの気にせずに、走り出す。

真っ暗な中、不思議と光る卵、目がけて。

一定間隔、列をなす丸を、リズミカルに、


ぐしゃ、ぐしゃ、ぐしゃり。


ぐしゃ、ぐしゃ、ぐしゃり。


ぐしゃ、ぐしゃ、ぐちゅ。


違った。

何かが、違った。

視線を下げると、右足の周りに、赤が広がっていた。

足を上げると、


ぼとっ、


雛。


ひしゃげた雛だった。



そんな、夢をみた。

夢なのに、鮮明に残っている。

あの景色、あの気持ち、あの触感。


「朝ごはんよ」


ダイニングに並んでいたのは、


目玉焼き

卵焼き

オムレツ

スクランブルエッグ


「卵、たくさん貰っちゃって」


私は、卵が食べられなくなった。

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