風を浴びたくて

@NRNnara

第1話 風を浴びたくて

 なぜだろう今日はやけに目が重い。疲労でフラフラの状態、身も心もすり減らしながらナラナラは会社へ向かうため、電車に乗った。彼は仕事が出来るわけではない。他に上司のゴマスリが上手くできるわけでもない。不器用な人だった。

「何もかも消えてくれないか」

 そう願っていた時期もあったが、今はただ仕事のことしか頭にない。

「パチパチ」

 ナラナラが電車で忙しそうにしていたら、隣で同じようにパソコンを打つ音がする。

 しかしその人は忙しそうに振る舞っているだけで、実際にはパソコンなどは持っている

わけではなく、パソコンや携帯の音を口づさんでいるだけだった。

 疲れているのかな。隣の人の事はさっぱり分からなかったが、疲労のため、考える余裕

すらない。だから何も気にしないで、終わる気配のない仕事に朝は集中した。

 一時間程電車に乗り、会社に着いたが、やはり今日の会議で使う資料は完成していない。

「そろそろだけど・・もちろん終わっているよな」

と上司から言われたが、ここで正直に言うことで怒鳴られるよりも、少しでも資料を進める方が良い。

「当たり前だろ」

仕事に専念していたためタメ口で返した。

 しかし上司も上司で部下の対応で忙しいためか、あまり気にしていない様子。

 なぜみんなが忙しそうにしているのか、それは今日は年に一回の重要な会議の日だからだ。

 上司のさらに上司の、さらに上司の何をしているのかわからない、散歩でもしているのではないか。そうナラナラも考えるほど、遠い存在の重役がこの重要な会議に参加する。本当に遠い存在すぎて、伝説として語り継がれているほどだ。何年も勤める彼も、今回が初めて拝見することとなる。

 噂では宙に浮いているという。それほどまでに噂が飛躍するのも、実はこの会議には毎年二人だけしか参加出来ないのである。

 そしていよいよ待ち望んでいた瞬間。上司と共に屋上へ向かった。

 今日だけは他の人が屋上に行く事は許されていないため人の気配がない。しかしそれ以外はいつもと同じ屋上の景色だ。

 何が起こるんだろう。疲れを忘れさせるほど内心ワクワクしていたが、失敗は許されないと、上司からもキツく言われていたため、顔には出さないでいた。

 風がない。いつもなら屋上は風が少しは吹くはずだがなぜか無風。そう考えていたらいつの間にか、ナラナラと上司は会議室にいた。

 重役と思われる方々がもうすでに席に着いていた。しかし上司に言われた通り、何があっても動じずに、今年の成果の発表を私は始めた。

 しかし始まると同時に異変は起こる。

「風を浴びたくてね」

 重役と思われる方がそう言うと席を立ち、どこかに消えてしまった。

 それでも私は気にせず発表を続けた。

 しかし異変は止まらず、他の重役も、次々と「風を浴びたくてね」

 と言い残しどこかに消えてしまった。

 最後に眉間にシワをよせている重役だけが残る。

 流石にこの人は大丈夫だろう。そう願っていたが、発表が終わる前にその人も消えてしまった。

 結果、残ったのは上司と私だけ。もはや何のために発表しているのか。誰のために発表しているのか。わからなかったが、動じずに最後まで発表した。

 気がつくとまたいつもの屋上。

「上司、いったい私は何のために頑張ったのでしょうか」

 寝ずに資料を作り続けた意味がなんなのか、聞かずにはいられない。

「まあまあ、ナラナラ君にとって上司のさらに上の人が何をしているのかさっぱり分からないだろう。それには理由がある、上司はまだ仕事をしなければいけない。だが上司のさらに上の人は、風を浴びて悩み事や考え事などを綺麗さっぱり忘れてリセットする必要がある。そうでもしないと仕事に埋もれてしま

うのだ」

「なるほど」

 そう答えるしかなかった。

 確かに風を浴びると、悩み事などは忘れる感覚はある。しかしそれは一時的なもの。

 しかし実際に人が消え、会議室を目にしたことが頭に残る。もしかしたら一時的でない風を浴びる感覚もあるのかもしれない。そう考えることにした。

「これは世代交代の儀式でもある、つまり上司である俺は、もうこれで上司のさらに上に

昇進した事となる。そして君が次の上司になるのだ。これで俺もようやく風を浴びること

ができる」

 彼は少しだけ働いている会社を眺めた。

「風を浴びたくてね」

そう言い残すと上司はどこかに行ってしまった。とても清々しい表情だった。

 私は会社に戻ると同じ同僚であり、部下だった者から「上司」と呼ばれた。

 もうナラナラという名前を覚えている者は誰一人としていない。私も自分の名前が上司

と思うようになった。

 また仕事まみれの中、いつものように電車の揺れに耐えながら仕事をしていると、元上

司だったはずの者が、隣にいる。

 何やら電話をしていたが、もちろんバナナを片手にもしもしと、実際には電話はしてい

ない。元上司が、上司であった頃によく電話をしていたため、リセットしても体が電話をすることを覚えているようだった。

 資料を作らねば。今年は上司となったナラナラがニ度目の重要な会議に参加する年。

部下に渡す資料作りで忙しく、元上司に会っても驚かない。

 いよいよ二度目の会議が始まる。

 会議では元上司だった者が、上司の上の重役として会議に参加していた。

「風を浴びたくてね」

 重役はそう言うと、どこかに消えてしまった。

「風を浴びたくてね」

 上司となったナラナラは部下にそう言うと、どこかに消えてしまった。

 上司は風を浴びる事で重役になるが、重役が風を浴びたらどうなるのだろう、本当に消えてしまうのかもしれない、しかしナラナラにはそんなことなど考える余裕がない。

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