第1話

何で私なんかにカミングアウトするのさ、同性の男の人が好きだなんてさ。


「そうなんだ。そっか…、ずっと苦しかったよね?話してくれて有り難う」


…って私はどうすればいいのよこの先。タツキを諦めるしかないの?私あんたが好きだったし。恋してたんだよタツキ、あんたにずっと。だけどもう私、勝てないじゃん。あんたが恋してる奴に勝負すらできないじゃん。だって私、女だから。



 私の名前は安西桜。大学二年生。同期の樹が、自分はゲイだと打ち明けてくれたのはひと月ほど前。ゼミの帰りに合流して駅までの道を二人で歩いていた時だった。


「ねぇタツキ、駅前に新しくできたカフェに寄ってかない?時間ある?」


いつもみたいに、本当にいつもみたいに自然な会話が流れるはずだった。次の瞬間樹はグッと足を止め、しっかりと顔を上げて私を見るとそう言った。


「さくらちゃん、俺ゲイなんだ」


不意をつかれた樹からのカミングアウト。あれから一ヶ月、私の頭の中はずっとグルグルしたままだ。樹がゲイ…。想像すらした事がなかった。私には樹の言動の一つ一つがカッコよかった。男の子としてカッコよかったのだ。体の線の細さはあったけれどそれも私のストライクゾーンだった。マッチョじゃないところもガサツでないところも、樹の醸し出すムードの全てに恋心が溢れた。

樹と並んで歩く時、少し触れるその肘に私の手を絡めたいと思ったし、その肩から伸びた長い腕が私の背中に回って肩を抱いてくれたら…なんて、何度も妄想した。


タツキ、私はどうすればいいの?この恋、どうすればいいの…。何で私にカミングアウト?

あんたへの想いを諦めてって事? 知っていたの?私の恋心を…



 キャンパス内のランチホールで樹と私は向かい合って座り、二人でお気に入りのプリンを食べていた。私たちはスイーツの好みが合う。


「で、どんな人なの?その祥太朗って人」


私たちはごく普通の同期生の口調で、いつもみたいに、見つめ合ったりもせずお互いのプリンに目を落としながらスプーンを動かし、今樹が想いを寄せている男の話をしていた。


「あぁ、サークルが一緒でさ、一つ先輩」

「ふ〜ん、で、カッコいいの?」


馬鹿な質問をした。聞いてどうする、心が苦しくなるだけなのに。あぁ、無かった質問にしたい。私は瞬時に悔いた。


「カッコいいかどうかは分からないけどさ、何か、好きなんだよ俺、あの人の佇まいっていうか」


折れた。私の心からボキッと音がした。〃あの人〃なんて言うな。私はほとんど泣きそうになっていた。


「付き合ってるの?」


もう聞いてしまいたかった。どうせ諦める恋なんだ、手放す人なんだから。


「いや。告白もしてない」

「でもどうするの?好きなんでしょ?」


「うん。好きだよ」


私の心の二回目のボキッ。その言葉、好きだよって、私が聞く事の叶わなかった言葉。


「さくらちゃんには分からないかもだけど、ゲイの俺がその人と恋人になりたくて男に告るって、どんだけ勇気が要る事か。さくらちゃんの想像以上だよ」

「そ、そうだよね。安易に私、何か…ごめん」


「ふふ、いいよ別に。あ〜プリン美味かったな」そう言って樹はゆっくりと両腕を上げて伸びをした。


ごめんタツキ、私はあんたの何の役にも立っていないね、泣きそうだ。




 頭の中がグルグルしたまま時間だけが過ぎていく。樹への想いを諦め切れない自分。

何で私じゃないの? どうして男なの? もう絶対にダメなの? 女の私じゃ恋してもらえないの?

グルグル、グルグル。


 その日私は偶然にも大学で祥太朗を見た。いや、出くわしたのだ。

次の講義のために三号館へ向かう途中だった。小走りに建物の角を曲がった所であちらから来た樹にぶつかりそうになった。


「うわっ、ゴメンなさい、あ!さくらちゃん」

「私こそ走ってて、あ!タツキ」


樹の隣りには長身の男がいた。品の良い薄茶ブレザーの下に黒のハイネックセーター、漆黒のジーンズの足元に、シミ一つ無いベージュのバスケシューズを履いていた。肩にかかる少し長めの髪を無造作にハーフアップにまとめている。スラリと伸びた長い腕の先の、大きいがしかし繊細そうな手には分厚い画集が抱えられていた。その雰囲気はどことなく昭和の文豪を想起させるものがあった。

二人を見てハッと息を呑んだ私に気付いた樹が、


「あ、さくらちゃんは次の授業?俺ら空きなんだ。えっと、サークルで一緒の先輩のショウさん」


樹は少し顔を蒸気させて私に祥太朗を紹介した。私は慌てて挨拶をした。


「はじめましてッ、タツキと同期の安西桜です!」



「金澤祥太朗です。よろしく」



低く静かな声だった。私を見つめる眼差しが優しい。ハーフアップのほつれ毛が少し風に揺れて頬に流れている。茶色の瞳は涼しげで吸い込まれそうなほど美しく、月のような静けさで祥太朗は優しく私を見ていた。




カッコいいかどうかは分からないけど

好きなんだよ俺

あの人の佇まいっていうか




ペコリとお辞儀をして私は三号館へと走った。


泣きそうだよタツキ、何だよあの男、祥太朗。タツキが言ってた佇まいって、あの事かよ、勝てっこないよ私。



今も思い出す。祥太朗の隣りにいた時の樹の顔を。少し蒸気して頬が赤らんで。そして瞳はキラキラと輝いて、恥じらいと幸福感のおり混ざった、一種バツの悪そうな少年のような表情をしていた。あんな樹を見たのは初めてだった。


確かにあいつは恋をしているんだ。

解ったよタツキ、あんたは今祥太朗に恋をしているんだね。




 いつものゼミの帰り道、樹と並んで歩きながら私は言った。

「タツキがショウさんを好きな意味が何となく解ったよ」


「え、そうかぁ?」

「うん。何となくだけど」


「へー」



「私ね、好きな人がいたんだ」

「… 」


「振られちゃったんだけどね」

「… 」


「その人には好きな人がいて、最初はね、コノヤローって思ったのよ、悔しくてさ。でもねその人、苦しい恋をしてるのが分かってさ。私と同じぐらい苦しい恋をしてるのよ今。心の中の辛さが私と一緒なの。あ、その人は振られた訳じゃないのよ、まだ告ってないらしくて。だから私、その人の恋を応援しようって決めたんだ。理由は自分でもよく分からないんだけど、何か、戦友みたいな?感じ?」


「さくらちゃん、手繋ごうか」


「え!ヤダよッ」

「何でだよ〜」


「嫌だってば〰!!」




樹、幸せになれよ、愛してる。

祥太朗、憎っくき男、お前は永遠に恋敵だ。


そして私、前に進め!




END

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憎っくき男、祥太朗 @yukisnow333

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