第13話 あなたと同じ墓に入りたい

 シオン先輩と別れて、3限目の講義が行われる教室へ向かう。リリアとは、しばしの別れ。


 本当は、二人の話をもっと聞いていたかったが、昼休憩の時間は、一時間。色々と語り尽くすのは、時間が許してくれなかった。


 教室を出る前に、シオン先輩とも、連絡先を交換した。


 自分以外との繋がりを許せないリリアは、友達の先輩が相手ということもあり、シオン先輩との連絡先の交換を許してくれた。



「じゃあね、リリアちゃん、湊くん。三限目も、頑張って♡」

「日曜日、一緒にカラオケ行きましょ!」

「分かった。あとで、また連絡入れておいて」


 別れ際、リリアとシオン先輩は、週末の遊びの予定を交わしていた。ほんとうに、二人が仲良しであるという事実を垣間見たシーンだった。


 3限目のドイツ文化史の教授の早口を必死にノートして、4限目の情報メディア総論の教授のゆっくりな語りに眠気を誘われて、今日の講義はすべて終了した。



 俺は、陽が傾いている空の下の大学内の駐輪場にて、スマホを開いた。


 チャットの相手は、リリアである。



――チャット――


湊:講義終わったよ


湊:駐輪場で待ってる


リリア:今講義終わったところ!


リリア:授業レポート書くの時間かかっちゃった


リリア:あのクソ教授め


リリア:難しい課題出して、私と湊くんの貴重な時間奪うなっつーの


湊:リリアのためなら、いつまでも待ってられるよ


リリア:そんな湊くんを愛してる


リリア:大好き


リリア:一生傍にいて


リリア:同じ墓に入りたい


リリア:大好き


リリア:今日は、どこ遊びに行く?


湊:早く来いよ


リリア:ごめん


リリア:今行く


湊:(笑)



――――――――


『一生傍にいて』とか、『同じ墓に入りたい』という重すぎる愛を羅列したリリアを急かしておく。


 毎朝、目覚めると『おはよう!』と必ず送られてきて、返信が遅くなると『大丈夫?』とか『私のこと嫌い?』とか送られてきて、返信を催促してくる。それが、石蕗つわぶき 莉々亜リリアという女の子である。


「典型的な、めんどくさい女の子なんだよなぁ……」



 たしかに、返信がめんどくさいと思うことはある。しかし、それ以上に、彼女が与えてくれる愛とか、幸福とかが多いために、付き合い続けている。彼女と一緒にいると、新しい価値観と発見に出会えるし、彼女と一緒に時間を共有すると、くすんでいた俺の人生が彩りに満ちる。



――やっぱり、俺は、リリアのことが大好きだ。


 本人の前では、恥ずかしいから絶対に言えないが、俺は、彼女のことが大好きだ。


「つんつん」


 何者かに、脇腹を指で突かれて、俺らしくない「わふっ」という情けない声が漏れた。


 こんな悪戯をするのは、リリアしかいない。


「マジでびっくりした……心臓止まるかと思ったわ」

「そのときは、私の心臓を提供してあげるから、大丈夫」

「……愛が重すぎるなぁ」

「それぐらい、湊くんのことが大好きだってこと」


 照れ隠しで、頭を掻く手が止まらない。彼女の言葉からは、底知れぬ俺への独占欲とか、重く深い好意がにじみ出ている。


 幸い、俺たちがいつもの調子で会話している駐輪場周辺には人がいなかった。



 大学の校舎の大時計は、午後5時を示そうとしており、夕日の茜で空が染め上げられていた。


「さて、帰ろっか」


 リリアは、自転車の前かごにカバンを乗せた。


「なあ、リリア?」

「ん、どした?」

「今日も、リリアの家、お邪魔させてもらってもいいか?」

「あ、いいよ」

「やったぁ」


 快くオッケーを出してくれたリリアは、自転車を漕ぎ出した。彼女の背中を追って、俺もペダルを強く漕ぎ出して、大学を後にした。


 信号待ちでの景色に、俺たちは圧倒された。



「わお、夕日がきれい」

「ああ……すげぇな」


 地平線の先に沈みゆく太陽が、広大な畑を、帰宅する人々を乗せた電車を、葉の散った裸の木々を、並んで建つマンションの窓の数々を茜色に染め上げていた。空気はカラッと乾燥しており、喉がひゅーと鳴って、水筒の麦茶が恋しくなった。


 俺とリリアは、川辺に自転車を停めて、芝生の上に肩を寄せ合って座って、茜の空を仰ぎ見た。背後からは、夜の闇が迫っている。



「……ぐすっ」


 なぜか、リリアはすすり泣いていた。


「え、リリアさん、大丈夫?どうした?」

「え……あ、うん。ただ、ちょっと、景色見てたら、感動しちゃって」


 昨日の夜中に雨が降ったからか、川辺の芝生は湿っていた。リリアと俺は、履いているズボンを濡らして、そこに座っている。


 風が耳元を撫でるゴーという音が、リリアの細い声をかき消そうとしてくる。うるさい。



「……なんかさ、もし、明日、私が死んじゃったら、湊くんと二度と夕日が見れないなって考えたら、悲しくなった」

「そんな縁起でもないこと……」



――ちなみに、その運命の子は、来年の12月17日に、死ぬ。


 いつの日か聞いた神様の声が、蘇ってきた。



 神様が告げた日までは、あと、約一年……



 それを知らないであろう彼女は、膝を抱えて顔をうずめている。


「不安になるのは、分かるよ。俺も、親に似て心配性だから、もしものこと考えて気持ちが落ち込むことあるよ」



 ネットで見かけた「女の子は共感してもらえると嬉しい」という情報は本当だろうか。一応、女性の気持ちを理解するために努力しているつもりだが、それが正しく活用できているかは、リリアのみ知るといったところか。彼女の気持ちに、少しでも寄り添えていれば幸いである。


「あーヤバイわ。今日、メンタル死んでるよ~助けて、湊くん……」

「あるある、そういう日。今日は、金曜日だから、明日は休みだよ。つまり……」

「夜更かしして、はっちゃける!」

「それだ。嫌なこと不安なこと、全部忘れよう!」


 リリアはハッと、顔を上げた。太陽の光が、彼女の頬に残っている涙が流れた跡を照らし出した。


「今日は思う存分、のんびりしよう!」

「だな。俺もご一緒させてもらっても?」

「もちろん!てか、久しぶりに泊ってく?」


 また、お泊りを誘われた。リリアの家にお邪魔するのは、今回で4回目か?お泊りに限っては、まだ一回しかしたことがない。



 ちなみに、俺とリリアが出会って以来、毎週金曜日は、放課後に一緒に遊ぶ日と決まっている。リリアの家にお邪魔させてもらうこともあれば、カラオケやカフェ、ファミレス、ショッピングモールに行くこともあった。


「でも、今、着替えとか歯ブラシとか、持ってないぞ」


 たった今、唐突に誘われたので、用意がない。


「もしかして、私と一緒にお風呂入るの前提で考えてた?……エロすけ

「はぁ?別々で入るつもりだったぞ。本物のエロ助は、お・ま・え」


 と言いながらも、目を細めるニッとした笑みを浮かべたリリアは、満更でもなさそう。


 ズボンの尻に付いた草を払い落としたリリアは、再び自転車のサドルにまたがった。


「よし、家でゆっくりするために、早く帰ろ!」


 よかった、リリアの元気が戻ってきて。


 ダンスで流行中のアイドルのラブソングを鼻歌で歌いながら自転車を漕ぎ出したリリアの後に続いた。



 沈みゆく夕日は、自転車を降りて電車に乗って、リリアの家に到着するまで、俺たちを見守ってくれていた。

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余命宣告されたので、できる限りイチャラブしたいと思います 猫舌サツキ★ @NekoZita08182

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