第12話 仮面が剥がされた
「へぇ……学校では目立ってなかった二人が、お付き合いしてるなんてねぇ~」
飛び入り参加で、俺とリリアの昼食会に参加したシオン先輩。彼女の友達であるリリアは、俺との馴れ初めから現在に至るまでを、事細かに暴露しやがった……一緒にレストランに行ったことも、映画を観に行ったことも、リリアの家で一晩を二人きりで過ごしたことも……全てを、克明に。それも、楽しそうに、ウキウキしながら。
だが、口下手な俺が「そんなことなかっただろ」と言っても、リリアに否定されて、結局、押し黙って歯ぎしりをする他なかった。
――幸い、一緒にお風呂に入ったことは、伏せておいてくれたようだが。
「私、湊くんのことが好きで好きで、仕方ないんですよ」
「ほー、相思相愛で、羨ましい限りだけど……話を聞く限り、リリアの距離の詰め方おかしいような……」
「え……それ、湊くんからも言われたんですけど……おかしいですか?」
「うん。自分の欲求に正直すぎるね。湊くんも、リリアちゃんとお付き合いして、そう思ったでしょ?」
「あ……はい」
シオン先輩から同意を求められて、唐揚げを摘まんでいた箸を持つ手を止め、こくりと頷いておいた。
……よかった。俺がリリアに対して感じていた「距離感がおかしい」という違和感に共感してくれる人が、ここにいた!
「まだ話したこともない、ほぼ初対面の男の子と、いきなり二人きりでごはん食べるのは、ある意味凄いけどね」
ブロッコリー(マヨネーズ付)を箸で摘まんだシオン先輩は、俺とリリアの馴れ初めの話にツッコミを入れた。
「一刻も早く仲良くなりたくって……」
「急がば回れだよ。急いで焦っていたら、本当に自分の【運命の人】も逃しちゃうかもよ。まずは、毎日挨拶するところから始めて、そこからちょっとお話してみて、イケそうだったら、『今日、お昼一緒に食べませんか』って距離を詰めるのが、ウチの考える理想かな」
「私、焦り過ぎですか?」
「うん」
シオンは、縮こまったリリアに対して、首を縦に振った。
「お相手が湊くんっていう、寛容な人だったから、偶然上手くいった感じに見えるな~」
「私がうまくいったのは、湊くんのお陰だったのか……
「ま、結果良ければすべて良し、とも思うけどね。仲良くお付き合いできてるみたいだから、良かったね。これからも、末永くお幸せに♪」
俺は、そんな、シオン先輩の何気ない一言が、まるで魚の骨のように棘を伴って、喉に引っかかった。
――リリアは、来年の12月17日に死ぬ。
そんな不都合な事実を、シオン先輩の『末永く』という言葉によって、無理矢理に引っ張り出されたのだった。
彼女が死ぬ……?ありえない。信じたくない、受け入れたくないと思って、忘れていたそれを思い出して、息が詰まった。
リリアが焦って距離を詰めてくれて、よかったかもしれない。彼女の、過剰ともいえる積極性がなければ、俺は、口下手で内気だから、いつまでたっても、リリアにお近づきになれなかったかもしれない。
「ん?湊くん」
「湊くん?」
シオン先輩とリリアの声は、水の中で聞いているように、籠って聞こえた。
「湊くん?大丈夫?」
「え……あ、すみません。午前中の講義で疲れて、ボーッとしてました」
長く深く思考に溺れてしまっていたようで、シオン先輩からの呼びかけに気が付かなかった。改めて名前を呼ばれて、ようやく、顔を上げていた。
「すみません。何ですか?」
「リリアちゃんのこと、恋人視点で、どう思う?って聞いた」
「あーそうですね……」
俺は、食べ終わったお弁当の蓋を閉じて、顎に手を添えて熟考した。
リリアの良いところ、特徴、俺への態度などなど、これまでの一か月の付き合いの中での彼女の姿を思い浮かべて、言葉にしてシオン先輩へと伝える。
「なんか……表と裏のギャップがある人だなって感じてます」
「へぇ。裏では、リリアちゃんって、どんな感じなの?」
「周りの目を気にしないで俺と手を繋ごうとしたり、急に部屋で服を脱ぎ始めたり、抱き着いてきたり、コーラを吹き出してゲラゲラ笑ったり……とかですね」
「ちょ……湊くん!」
指折り数えて、今までのリリアの奇怪な行動や、過剰な愛情表現を思い出して羅列した。リリアは焦って声を大にして、なんとしても、俺の暴露を声で妨害しようとしている。
が、時すでに遅し。
「リリアちゃんが、清楚の仮面を被っていたっていうこと……!?」
隣のシオン先輩は、紅茶の入ったペットボトルを傾けて飲みながら、ニヤニヤと笑っている。
「あ、あの……まあ、確かに、湊くんの言った私が、本当の私です……でも、幻滅しないでください……先輩」
さらに縮こまるリリアの頬は、紅を刺したように真っ赤だった。先輩に素の自分の姿を知られてしまって、羞恥に苛まれるとともに「嫌われないかな」という不安を募らせていたのだろう。
だが、そんなリリアの肩に腕を回したシオン先輩は、「うふふ」と笑みをこぼして、頬を上げて微笑んだ。
「そんなことで嫌いにならないよ。むしろ、リリアちゃんのことを、湊くんのお陰でもっと知れて、親近感湧いたわ」
「うぅ、ありがとうございます……」
かわいらしいタコさんウィンナーを手で摘まんだシオン先輩は「リリアって、最初、完璧主義の子に見えて、ちょっと距離があるように感じてた」と付け加えた。
「確かに」と、俺は、共感の相槌を打った。
リリアの初対面の印象は、勉強ができる、口数少ない真面目な女の子という色が強かった。
真面目なことには変わりないのだが、しかし、ここ一か月、一緒に遊んだり、さらには、一緒に一夜を過ごしたりしてみて、その仮面が剥がれて、彼女自身の「隠されていた良さ」を発見できた気がする。
どこか気が置けなくて、自分の感情に正直で、しきりに話しかけて絡んできてくれたのは、良かったなと振り返る。
「そうだ、シオン先輩~」
「どーしたんだ、わが友リリアちゃんよ!」
「戸崎教授って、なんかウザくないですか?」
「あ、ちょっと分かる!」
会話のリードは、完全にリリアとシオン先輩にあって、リズムの良い愚痴合戦が繰り広げられていた。
リリアが「宿題が多くて……」と、彼女が取っている講義の担当の先生の愚痴をこぼすと、次いでシオン先輩は「店長がシフト出すの遅くて~」とか「この前着た酔っ払いのお客さんが~」とか、バイト先の愚痴の嵐を引き起こす。
「どうだった、湊くんとの初夜は?……えっちした?」
「ちょっと先輩……湊くん居るから、直球で聞かないでくださいよ」
「どう?ヤッたの?」
「……ヤッてないです。湊くんが、手出してくれなかったんですよ」
「あー、湊くん、そういうタイプじゃないもんね。草食系男子ってやつ?」
「そうです!湊くん、草食系過ぎるんですよ……」
「会って話して数日の男の子を家に連れ込むリリちゃんは、ビッチ過ぎるかもねぇ」
「その言い方だと、私がふしだらな女だと思われるじゃないですか!」
こんな話題だと、尚更、混ざりにくい。リリアとシオン先輩は、恥ずかしげもなく盛り上がっているが。
二人の会話の大波に、俺は、取り残されてしまった。
おとなしく耳を傾けて、彼女たちの会話に対して、適度に相槌を打っておいて、弁当箱に詰めておいた唐揚げを平らげた。
やっぱり、三人で会話をするというのは、取り残されてしまいがちで、苦手意識がある。
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