第11話 憧れの先輩
【12月6日(金):死まで、あと376日】
今日は、金曜日。大学の講義は、2限目が中国語。お昼休憩を挟んで、3限目がドイツ文化史、4限目が情報メディア総論と、けっこう盛り沢山である。
2限目が始まる10時40分、中国語の講義が開かれる教室に行くと、そこには、リリアが待っている。
ちなみに金曜日は、この中国語の講義が、リリアと一緒に受けている唯一の講義である。
「よ」
俺よりも一足先に席に着いていたリリアは、ぴょこっと手を挙げて、こちらをチラッと見た。
「よ」
俺も、短く挨拶を返しておいた。
講義が終わると、お昼休みの時間。今日は、リリアと一緒にお弁当を食べられるかな?
「では、次の人は……
先生が、教鞭で中国語の文章を指し示しながら、リリアを指名した。
リリアは「はい」と、低い声ではっきりと返事をして、予習で書きあげてきた訳文を読み上げた。
「中国は、日本に、パンダのカンカンとランランを贈りました」
「はい、正しいですね。ありがとうございました」
先生が、リリアの訳文の通りに板書をした。どうやら、正しく訳せていたらしい。
リリアは「ふぅ」と、小さく息を吐いて、胸を撫でおろしているようだった。
講義終了まであと5分。ちらっと、リリアのほうを見ると、彼女は、小さく、こくりと頷いてくれた。この小さい頷きが「お昼ご飯一緒に食べてオッケー」のサインである。
小さなガッツポーズを胸の前で決めながら「今日はおしまい!」という中国語の講義の先生の響く声を受けて、配られた資料と教科書をまとめて持って、席から立ち上がった。
――俺とリリアは、頻繁に昼食を共にするまでの仲になった……というより、リリアに、そんな関係にまで引き込まれた、というのが正しいか。
俺は、心をウキウキさせながら、3号館の6階教室へと向かう。
その教室は、リリアと俺が初めて一緒に昼食を食べた、あの教室である。そこで昼食を一緒に食べるのが、週に2,3回の定番になっているのである。
「……?遅いな」
時計の針がチクタクと進む音が、静寂を抱いた教室内に響いている。灰色のフード付きのパーカーを着ているのだが、ちょっと肌寒い。
教室の席に座って、一人、弁当箱を開いたのだが、リリアは、なかなか現れなかった。トイレかな?
「あ、来た」
すると、俺が到着してから3分ほど遅れて、階段を駆け上がってくる足音が、廊下から響いて聞こえてきた。
「ごめん!お待たせ。友達とおしゃべりしてて遅くなっちゃった!」
ドタドタと足音を響かせ、教室のドアをガラガラと開け放ったのは、リリアだった。入室のついでに、暖房のスイッチを入れてくれたようだ。
まあ、3分ぐらいの遅れなら、気にしないでほしいなと思う。重要な会議や、レポートの提出期限ではないのだから。
「そんなに慌てなくて大丈夫だよ。テストとか会議があるわけじゃないんだから、3分ぐらい、俺は気にしない」
「ダメ。湊くんのことを待たせるのは、私が許せないから!」
「そ、そんなに気を張らなくてもいいのに……」
スッと椅子を引いて、ドスっと勢いよく俺の目の前の席に座ったリリア。これまた慌ただしく、弁当箱をカバンから取り出した。
「今日は卵焼き、うまく焼けたから、一つあげるよ」
「ん、ありがとう。じゃあ、私からは、唐揚げをどうぞ」
こんな感じにお弁当のおかずを交換しながら、のんびり雑談タイムだ。
「友達いたんだ、リリア」
彼女は、教室の扉を開けながら『友達とおしゃべりしてたら遅くなっちゃった!』と謝っていた。
いつも一人でいて、表では活発な雰囲気ではない彼女に友達がいることが、ちょっと意外だった。
「失礼な。こんな私だって、友達の一人や二人、いますよ~」
「どんな人なの?同級生?」
「ううん。3年生の先輩」
リリアは、プチトマトを二つ、一気に頬張りながら答えた。……餌を頬袋に溜めたハムスターみたいだった。かわよ。
男友達か、女友達か……まあ、どのような性別でも、俺は別に気にしないが。彼女が気を置けない友人が俺以外にもいると知れて、なぜだか、安心できた。
「横浜
「あー……金髪ポニテで、背が高い人?」
「そうそう!入学して間もない私に、優しく話しかけてくれた先輩で、一目惚れしちゃった~……あ、もちろん、湊くんが一番ってのは大前提なんだけどね!先輩とは、けっこう長く付き合ってて、一緒に遊びに行ったこともあるよ」
好きな人とかモノを語るときの彼女は、かなりの早口だ。リスニングテストかな?
「あくまで、俺が一番なんだ」
「もちろん」
シオン先輩……どこかで聞いたことのある名前だなと思ったら、哲学のグループワークで一緒になったことがある人だった。
金髪ポニテが印象的で、一般的な女性と比較して、背が高かった。立って並んだときの背丈は、俺よりも高くて、170cm前半はありそうな感じだった。(ちなみに、俺は168cm)話し方は、イマドキの「ギャル」みたいな雰囲気で、誰にも分け隔てなく気楽に、そして積極的に話しかけてくるから、内気な俺にとっては、ちょっと怖い存在だった。
「リリちゃーん?」
ちょうど、教室のドアを開けた、こんな感じの人だったような気が……
あれ……?
「し……シオン先輩!?」
「おやおや~最近、お昼にコソコソ一人で何してるのかなって思って後をつけてみれば……男子と一緒にお弁当食べてたのか!それも、こんな
「せ、先輩!声大きい……」
なんと、【横浜シオン】ご本人の登場であった。リリアのことを呼びながら、教室の戸をガラガラと開けて、堂々と入室してきたのである。
あまりに突然のことで、俺はあっけらかんとしていたが、すぐにペコっと小さく会釈して「こ、こんにちわ」と挨拶した。
「あ、ちわっす。大空湊くんだよね?」
「はい、そうです」
「ウチのリリちゃんがお世話になってます。よろしくね~」
シオン先輩は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら俺に向かって手を振って、リリアの隣に座った。
やばい、どうしよう。女子に囲まれてる……
俺は、冬なのに、背中に汗を湧かせていた。
リリアと一対一なら、難なく喋ることができるが、三人の状況になると、とたんに、何を話せばいいのかとか、どうやって話題に斬り込めばいいのかとか、話すタイミングとか……分からなくなってしまう。
「一緒に食べていいかな?ウチもお弁当持ってきたから」
「あ……ぜひ」
リリアの隣に座って、俺に許可を求めてきたシオン先輩。今更、断るわけにもいかず、たどたどしい返事をしていた。
俺の緊張は、ピークに達していた。
こんなに緊張する昼食は、初めてだ。
【横浜シオン イメージイラスト】↓
https://kakuyomu.jp/users/NekoZita08182/news/16818093091527847393
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