第10話 モーニングイチャイチャは朝日に覗かれていた
【10月20日(日):死まで、あと423日】
眠りから目覚めるとき、妙な感覚が舌の上にあった。妙にざらざらしていて、湿っぽいような、奇妙な感覚だ。同時に、息苦しさと、腹の圧迫感があった。
「んん?」
お腹の圧迫感で息が苦しくなって、目覚めた。
瞳を薄っすらと開けた時に見えた、ぼんやりとした白い天井の柄が見覚えのないものだと気が付いて、ああ、俺は、昨日、リリアと同じベットで寝てしまったんだと思い出した。
「んん!?」
妙な舌上の感触と、息苦しさと、お腹の圧迫感の正体は、視界がクリアになったことで判明した。
「おまえ……何やって……」
「んへへへへ、おはよー、
俺の胸の上に覆いかぶさっていたのは、リリア。しかも、俺の口に思い切り
ざらざらとした舌上の感覚は、彼女の舌の感覚だったのだ。息苦しさは、彼女が俺の胸の上に、腹の上に覆いかぶさっていることが原因だった。
――目覚めから、俺は、ファーストキスをリリアに奪われたらしい。
「わ、バカ!離れろ!」
「んへへ、嫌だ~」
リリアの肩を軽く押して退けようとしたが、リリアは、俺の口もとにくっついたまま、離れようとしない。むしろ、首元に手をかけて、より近づこうとしてくる。
首もとを絞めつけられて、口内を侵され、全体重で覆いかぶさられて、苦しいばかりだった。いよいよ、意識に霧がかかったようになってきて、視界が僅かに点滅して見えた。
「待って、死ぬ……んぐ、やめろ……」
俺は、いよいよ命の危機に迫られて、リリアの腰を押した。
だが、リリアは離れない。存外に、力が強いのだ。
「ふへへへへ、かわいい湊くんが無防備に寝てるから、虐めたくなっちゃった」
「んぐ……キュートアグレッションだ、それ!」
ようやく、リリアは首もとから手を離し、口から舌を引き抜いてくれた。
ちなみに、キュートアグレッションとは、かわいいものを見たときに起こる、攻撃的な感情や、衝動のことだ。心理学の教授が、講義での雑談の中でその現象の話をしていたから、記憶に残っていたのだ。
「さ……殺人未遂だ……マジで死ぬかと思った」
まだ、視界がチカチカとしている。
「改めて、おはよ、湊くん。んへへ、初めてのキス、奪っちゃった♪」
リリアは、悪びれる様子の一片も見せず、背中に太陽の光を浴びて、ニコニコと天使のように微笑んでいた。……もしかしたらその正体は、人の形をした悪魔かもしれないけど。
俺を窒息させて殺そうとした代償として、リリアに這って迫った。
「わっ!?」
小さく鳴いた彼女の細く白い手首を右手で押さえつけて、ベットに押し倒してやった。――目には目を歯には歯を!
「お前、覚悟しろよ」
「わ、なになに!?ついにヤる気になった?」
俺は、鬼気迫る表情でベットの上の彼女を睨みつけて、こう告げた。
「さ、鎖骨舐めさせろ」
俺の精一杯の勇気の言葉を受けたリリアは「んへ?」と、情けない声で鳴いた。
「お前が気持ち悪いことをするなら、同じぐらい気持ち悪い方法で報復させろ」
「おお……湊くん、鎖骨フェチか~」
「うっせ、黙れ」
決して、酒に酔っているわけではない。ただ、いつか、この女を見返してやろうと思っていたから、この絶好の機会を逃すまいとしただけだ。悪ノリの気分に近い。
胸揉んでやるとか、あるいは【キス返し】をしてやってもいいかなと思ったが、それは気持ち悪いが過ぎるなと思ったので、鎖骨を舐めさせてもらうに留めた。
――今思えは、鎖骨を舐めるのも、絶妙に気持ち悪いな。
しかし、俺――大空湊に、二言はない。
「あの……いいですか?」
「ん、どした?ほら、早く舐めなよ」
しかし、いざ、リリアのあっけらかんとして美しい顔を目の前にしてしまうと、首元も耳も真っ赤に熱を帯びてしまう。それが、大空湊という人間である。
だって、リリアがあまりに可愛すぎるんだもん。
こんな可愛い人を、俺の欲望のままに
いくら、相手が、寝起きにファーストキスを奪ってくるようなやつでも、流石に、鎖骨を舐めさせてもらうのは、気が引けてしまって……
「隙あり」
「わぷ!?」
そんな気の迷いが、リリアという猛獣にとって恰好の隙となってしまった。
リリアは、俺の右手の拘束からスルリと抜け出して、俺の背中を引き寄せたのだった。
鎖骨どころか、俺は、彼女の豊満な胸にダイブしてしまった。
「ほらほら、女の子のおっぱいですよ~お味はどうですか~?」
「うおおおおおお!!めっちゃ柔らけぇぇぇぇぇ!!!」
これが、夢にまで見た女の子の胸……
この罪深き柔らかさに、歴史上、幾万もの人間が狂わされてきた……!
今まさに、俺も狂わされそうだ……!
「昨日からずっと、私の胸見てたもんね」
「え……あ、バレてた?」
「正面から見たら、明らかに目線が私の目に合ってないから、バレバレだっつーの」
「わぁ……こりゃ参ったな……」
リリアの低い囁き声に脳内思考を侵され、首元や耳の熱さでぼーっとしてきてしまう。
このまま、彼女にペースのリードを握られっぱなしなのは癪に障るので、顔を上げて、舌を出して、遠慮もなく、彼女の浮き出た鎖骨を舐めさせてもらった。
「ひゃん!?」
いい声で鳴いてくれた。その声のおかげで、気分は最高潮だった。
「レロレロレロレロレロレロレロレロ……」
「ねぇ!!マジで舐めると思わなかった!!気持ち悪ーい!犬かよぉ……」
「お互い様だろうが」
彼女の覆いかぶさる形で、俺は、念願の鎖骨にありついた。たぶん、一分近く、なめ尽くしていたと思う。
彼女の首と鎖骨部分は、俺の唾液で濡れて、陽光でキラキラ輝いていた。
流石に、これで放置は申し訳ないので、ティッシュを一枚とって、唾液を拭った。
「ねぇ、もう一回ぎゅーしよ」
ベットの上で、リリアが手招いている。招き猫みたいだった。
「……俺のこと『気持ち悪ーい』と言いつつ、満更でもないな?」
「うん。積極的な湊くんも大好き」
「はぁ、しょうがないな」
溜息を漏らしながら、俺は、ベットの上のリリアの隣に座った。今度は、彼女が、俺のことを押し倒してきた。
――その後、たぶん、一時間ぐらい、布団の中で抱き合っていたような気がする。
ようやく俺の腕を離してくれたリリアは、こう言った。
「朝ごはん、一緒に食べようか」
リリアと、バターを塗って焼いたトーストを食べて、ようやく、俺は帰宅した。次、大学で会うとき、すげー気まずいなと思いつつ、電車に揺られて。
初めての朝帰りの俺の帰宅に母は「楽しかった?」と訊いてきた。
「ああ。ゲームいっぱいやらせてもらって、楽しかったわ」
まあ、ある意味「ゲーム」だったなと、リリアとの思い出に浸りながら、寝不足から目を擦り、自分の寝室のベットへ横になった。
――好きだな、リリアのことが。
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