解決篇

「……さて。それじゃあ犯人に立ち向かうとしようか」

「一体犯人は何処に……!?」

「よく床を見てみれば血の付いた足跡があるはずだ」

「あっ、普通に足跡あるんだ」


 血が飛び散っていたおかげで、足跡は普通にあったのでした。


「だがこの足跡でかすぎじゃあないか? それに素足だ」


 足跡の先は玄関に続いており、扉は開け放たれておりました。


「まさか犯人はこの猛吹雪の中を逃げていったというのかね?」

「それに犯人はこの猛吹雪の中から屋敷に入ってきたのだよ」

「まさか、こんな猛吹雪の夜に出入りできる人間がいるのですか」

「猛吹雪をものともしない大男といえば彼しかいない……雪男だ」


 扉の先には、必死で雪を目元に当てている白い毛むくじゃらの雪男がいたのでした。


「あれはまさしく雪男! 宇宙人ラッコだけでなく雪男まで出てくるなんて!」

「一体何をしとるんだ?」

「目に入った血を落とそうとしているのだろう。恐らく、寝起きの悪い水鳥川氏はUFOの衝突音で目覚めたものの、寝ぼけていて賊の侵入か何かだと思ったんだ。咄嗟に手近にあった宴会芸用のノコギリを持ち、階下へと向かった。そこで運悪く、近くを散歩していてUFO衝突に驚き野次馬根性で洋館に侵入した雪男と鉢合わせしてしまった」

「宴会芸用のノコギリ?」

「このノコギリには切断マジック用の仕込みがあって、ノコギリで切ろうとすると中に入れた血液が吹き出す仕組みになっているのさ。雪男との遭遇に驚いた水鳥川氏はノコギリで切りつけてやろうとして血が噴射され、飛び散った血が雪男の目に入った。たまらず雪男は外の雪で血を落とそうとし、その拍子に突き飛ばされた水鳥川氏は頭をぶつけて気絶したという訳だ」

「気絶? じゃあ水鳥川氏はまだ生きているのか!」

「頭についているのも全てマジック用の血だからね。ついでに云うと、この血はおそらくジビエなどを捌いた時のものだろう。観客の快不快よりもリアリティを追求するところが水鳥川氏の宴会芸の独りよがりさをよく表しているね」

 慌てて人々が水鳥川氏の元へ向かうのを見送ると、木戸探偵は雪男の方へ向き直りました。

 もはや雪男の視界は回復しており、その目は怒りで燃えています。


「先生、雪男の奴こっちへ向かってきますよ」

「いきなりノコギリで叩かれて目に血が入ったのだから、怒るのも無理はないだろうね」


 すると、今まで話の聞き役でしかなかった警部がここぞとばかりに銃を取り出しました。


「ここは警察の出番のようだな」


 そう云って銃弾を撃ち込みましたが、効いている様子がありません。


「まずいな……拳銃じゃびくともせんぞ」


 これはいけません。いくら我らが木戸彦太郎がチート級の強さを誇る名探偵必須の武術バリツの使い手であるといえども、この雪男相手では分が悪いと云わざるを得ないでしょう。

 それでも我らが名探偵木戸彦太郎は慌てず騒がず、ポケットから平べったい石を取り出して見せました。


「な、なにぃっ!? それは我の宇宙船のリモコンではないか!?」


 ラッコは慌てて秘密のポッケを探りましたが、勿論何も出てきません。


「流石先生! こんなこともあろうかとお掠め遊ばされていたのですね!」

「はっはっは。なに、実に簡単なことだよ田中君」

「貴様等には倫理観というものがないのかー!?」


 ちなみに警部は急に爪の横のささくれが気になった振りをしてやり過ごしています。

 木戸探偵がおもむろに石を撫であげると、多少ぐらつきながらもラッコの宇宙船が飛来してきました。


「何故宇宙船呼び出し機能の使い方が分かったのだ!?」

「先生は天才ですからね!」

「ぐぬぬ……我は機械に疎いところが玉に瑕だからな……ここは任せておいた方がいいかもしれん……」


 皆が見守る中、探偵は素早い石捌きを披露します。


「上上下下左右左右BA!」

「い、いきなり必殺ビームだとぉ!?」


 宇宙船のエネルギーが収束してビームが……発射されるかと思いきや、なにやらバチバチと火花が見られるばかりで何も起こりません。


「故障してしまっているようだね」

「ぐお……? ぐおおっ!」


 身構えていた雪男は攻撃がやってこないのに気づいて逆に宇宙船に襲い掛かろうとしてきましたが、そこは名探偵、難なく避けます。ちなみに事件篇で聞こえたぐおおも水鳥川氏ではなく目に血が入った雪男の悲鳴だったのですが、だから何という訳でもありません。


「よろしい、ならば最後の手段といこう」

「な、なにか嫌な予感が……」

「体当たりだ!!」

「のわ〜っ!!」


 ラッコの叫びもむなしく、勢いをつけて頭部にぶつかった宇宙船は豪快に爆発、ついに雪男を倒したのでした。


「やった! 先生すごいです!」

「我の宇宙船が……」


 嬉しそうに抱きつく田中少年を受け止めながらも、がっくり項垂れるラッコを哀れに思った木戸探偵は云いました。


「すまなかったね、ラッコ君。責任を持ってうちの事務所で君を飼ってあげようじゃないか」

「我を飼うだと!? なんたる不敬! もうこんな所にはおれん、もっと話の分かる奴を探しに行く!」


 大見得を切ってラッコは出ていきましたが、寸刻もしない内に寒い寒いと云いながら戻って来て、おててをおめめに当てました。

 ラッコは手のひらに毛が生えてないので、おててが冷たいときよくこうして温めるのです。


 結局ラッコは空いてる部屋のベッドですやすや眠り、朝には朝食をもりもり食べました。オムレットのケチャップがとてもお気に召したようです。

 水鳥川氏も命に別状はなく、朝の陽光のごとく晴々と快活に笑ってみせました。


「いやあ、昨日は大活躍だったそうだのう木戸君! わしの仇を取って雪男をふん縛ってくれるとはたいしたもんじゃ。こいつはわしも負けてはおれん。どれ、ここでとっておきの手妻てづまを……」

「いえ、これまでの歓待でお心は充分伝わりました」


 名探偵がやんわりお断りしたものの、今にも何かの理由をつけて宴会芸を始めそうな水鳥川氏を見て、招待された人々は次々と暇乞いを始めたのでした。

 

「本当にうちに来ないのかい? ラッコ君」


 洋館からの帰り道、車を運転しながら木戸探偵は尋ねました。


「誰が下等生物のペットになどなるものか。我はこの星で一番偉い者に会い、ルートリス星大使として友好の架け橋となるのである」

「昨日はこの星を支配してやるとか云ってたじゃないか」

「我は気付いたのだ……争いは何も産まないということにな……」

「自分の武力がなくなったからというだけのくせに」


 助手とラッコの一触即発の雰囲気に、木戸探偵はちょっとエモめの空気で切り込んでいきました。


「寂しくなるね。ほんの少しの間柄だったというのに、共に難事件を解決したせいか、心の通じ合った旧友と別れてしまうような心持ちだ」


 探偵と共に事件を解決したのはラッコの宇宙船の方な気がしますが、ラッコの心には刺さったようです。


「フン、……まあ一度ぐらいは我に供される豪邸へ貴様等を招待してやってもよかろうなのだ」


 その後、ラッコは立派な建物の門番に宇宙人であることを伝えて入れてもらおうとするものの面妖なイタチだと思われて追い出され、喋るラッコに目をつけた見世物小屋の主人に捕まり「宇宙海獣対雪男」という演し物に無理矢理出されてピスンピスンと泣いていたところを我等が名探偵木戸彦太郎に助けられて正式に探偵事務所のマスコットとなるのですが、それはまた別の機会にお話しましょう。

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名探偵木戸彦太郎シリーズ『宇宙海獣』 十晶央 @toakio

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